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リアルファンタジーゲーム  作者: 一条 欅
プロローグ
3/14

記憶無き現実

 風に揺れた木々の葉が擦れ合う音。けれど風は強いと言うほどではなく、感じるには心地よい風だ。


 遠くから聞こえる一定のタイミングで何度も聞こえる音は──何だろうか。何かを打つ音。聞いたことのある様なない様な音だ。スコン、スコン──そんな音。


 いや、それ以前に俺は……


 自分自身の疑問が浮かんだその直後、割れるような、あるいは折れるような大きな音で意識がはっきりした。


「うおっ!?」


 目が覚めたと言うよりは、反射的に驚いて無理矢理起こされた様な感覚で、驚く声を挙げながら目が覚める。


「なんだ?……と言うより、此処、どこだ?」


 目が覚めて周りを見渡すと、そこは森の中だった。まばらの高さの木々が生い茂り、緑が鬱蒼としている。地面は当然の事だが土で、雑草が所々にぼうぼうと生えている。


 緑である。いや、森と言ったのだから、森でいいだろう。


 ──え? 森?


「いやいやいやいや、俺が住んでいたところはこんな所じゃ──」


 こんな所じゃ……ない、はずだ。


「……あれ……」


 頭が痛い。ハッキリと覚醒したはずの意識が、朦朧としてくる。


 何故、森の中なんかに。いや、そもそも住んでいたところって、どこだ? 家。街。──なにもない。


 混濁、朦朧。思考がはっきりとしてくれない。その所為か、覚えているはずの事が思い出せない。


 記憶喪失?──あり得ない。あり得ない訳じゃないが、単に意識が朦朧としているだけで、思い出せないだけだ。


 ……と、信じたい。


「あ……くっ……」


 無理に動こうとすると、意識が持っていかれそうになる。少し動かずに休んだ方がいいかもしれない。


 そこで、意識を手放した。





 ◇





「んっ……」


 暖かい日差しを受けて目が──


「……は?」


 天井があった。──いや、天井があるのは普通の事だ。だが、確か俺は森の中にいたような気がする。


 夢だったと言うのならば、なんて下らないオチなんだろうと自嘲する所だし、実際に自嘲すべき所だろう。


 けれど、やはりどこか違和感が拭えない。違和感と言うか──


「ここ、どこだ?」


 結局何も知らない場所だった。


 恐らくあの森で目が覚めたと言うのは事実で、誰かに見つけられてこの場所に運ばれてきたんだろうと予想するのが一番現実的だが、そもそもどうして森なんかで目が覚めたのかが不明だ。


 少々混乱してしまうが、とりあえずは記憶を辿ることにする。


 俺は──


「……あれ?」


 いきなり躓いた。


「え、あ、ちょっと待て」


 誰に向ける訳でもないのに右手を前に出して、左手で頭を抱える。どんな一人漫才だ。


 いや、そうではなく。


「思い、出せない?」


 記憶は色々と抜け落ちているように穴だらけで、ちぐはぐな記憶として思い出せるが、肝心なところが思い出せない。


 例えば、自分が誰かだとか。


 例えば、家族はどんな人だったかとか。


 例えば、自分が何処に住んでいて、どんな風に暮らしていたのかとか。


 けれども、思い出せることもある。


 それはこんな木造建築の家に住んでいた訳ではないことや、あからさまに木で急造したような家具やらがある家ではないこと。太陽の光が差し込む窓は木窓でガラスが使われていないことに何時の時代だと言いたくなるくらいで、テレビとか、電気とか、そう言う類の物がない。それは逆に、そういった物が──家電製品があった事を意味していて、そして理解している。


「っ……」


 ズキン、と頭に痛みが走る。訳が分からない。


 身体を起こそうとすると、上手く力が入らずにベッドに倒れ込む。何度か試行して、八回目で起き上がると、窓の外の景色が目に入った。自然豊かな場所だ。遠くには山が見え、時折人の声が聞こえる。もしかするとここは、街と言うよりは、村と言った方がいいのかもしれない。まあ、規模としての問題だ。


 よくよく見ると、木々が低く見え、ここが多分家の二階であるであろうことが分かる。まあ、此処が何処だと言う所から理解しなければいけないことだが、とりあえずは二階か、あるいは三階かもしれないが、兎に角、見覚えがないことだけは確かだ。


 はっきりとは思い出せないが、こんな辺鄙──いや、自然の溢れた場所に住んでいたと言う覚えはない。どちらかと言えば都会だ。──そう、自動車の音が聞こえない時点で、ここが田舎だと言うことが頭に浮かでもおかしくはない。


 でも、それ以上の事を思い出そうとすると、霞がかった様に思い出せず、時にはぽっかりと穴が開いた様に全く思い出せないこともある。


「ん……?」


 その時、生い茂る木々の中に何かが動いたのが見えた。森の中なので影になっているところも多く、距離もあるためよく分からない。


 人、だろうか。けれど、人にしては随分と小さい──子供か?


 動くと言うよりは、蠢くような挙動。それが木々の間に差す木漏れ日で照らされた瞬間──


「ッ!?」


 ゾクリ──と悪寒が走る。


 一メートルほどの身長だが、隆起した筋肉質の身体に、ボロ布を巻いただけの服装。手に持つ木の棒は、刺々しい棍棒だ。顔はあまりにも醜悪で、茶色の肌は日に焼けたというよりも、元々がそうであったように茶色。けれど褐色人種ではなく、それはまるで、ゲームに出てくるモンスターのようだった。


 日常からかけ離れた、別の日常。


「あ……《クロア・クロニクル・オンライン》?」


 咄嗟に頭に浮かんだそれは、自分が良くやっていたVRMMORPGと言うジャンルのネットゲーム。仮想現実に全感覚を没入(ダイブ)させるフルダイブシステムを使ったゲームだ。


 けれど、感じたことの無い悪寒。それまるで、現実で感じる感覚に酷く似ている。


「まさか、寝オチしたのか?」


 ふと仮説──と言うよりも馬鹿なオチを思い付くが、でも記憶がちぐはぐになっていることの証明が付かない。


 慌てて「コール」と声をあげて、クロア・クロニクル・オンライン──CCOの仮想世界で存在していた音声入力コマンドを口にする。けれど、反応はない。今度は逆に冷静になって、左手の人差指と中指を立てて、縦に振る。すると、いつもの展開音こそしなかったが、あの仮想世界(CCO)で出現するメインメニューがホロウィンドウとなって現れた。


 だが、そのメインメニューはあまりにもおかしなものだった。


 項目が足りていないのだ。上から順にステータス、装備、アイテム、スキル、クエスト、コミュニティ、オプションと七つのアイコンがあるはずなのだが、表示されているのはステータス、装備、アイテム、スキルの四つだけ。


 そこでふと気付き、顔を動かさずに眼だけを動かして視界の隅々を見る。CCOなら、いや、VRゲームならあるはずの表示が何も無い。まっさらだ。自分のプレイヤーネームも、HPバーも、レベルも、マップも、全て何も無い。


 こうなっては逆に混乱してくる。どうなっているのかが分からなくなってくる。


 メニューが出現したから、これは仮想世界である可能性が最も高い。と言うか、仮想世界でなければ理解不能だ。けれどもあるはずのアイコンはなく、視界の拡張表示も何も無い。それどころか、メニューからオプションのアイコンが消えている時点で肝心のログアウトコマンドが使用できない。


「何なんだ、これは……」


 その時、悲鳴が響き渡った。


「何だ今のッ」


 慌ててベッドから降り、確認に向かおうとドアへと近付こうとするが、カクンと力が抜けて床に転がった。


「ぶっ!?」


 ゴンッ、と言う音と情けない声が出た時点で、転がったと言うよりはぶつかったような感覚だ。


「痛ぅ~……」


 あれ?、と疑問が浮かぶ。


「痛い……?」


 何故、痛いんだ?


 VRゲームなら痛覚の接続は98%がカットされているはずだ。そうでなければ法ゲームと言う商品にならないし、そもそもVR技術のパッケージ自体は確か開発者の意向で設定されている値からそれ以上へ変化させることはできないはずだ。オプションの《ペインアブソーバ》と言う項目で完全に痛覚を遮断したりできるが、痛覚の接続率を高めることはまず不可能だとされていた。


 けれど、痛かった。それはもう、まさにぶつかりました的な現実感たっぷりな痛みがあった。


 疑問に思っていると、また悲鳴が聞こえる。さっきの悲鳴とは違う人の悲鳴だった。


「こんなことしてる場合じゃねぇ」


 現状の確認のためにも外を目指す。力の入らない身体に気合を入れて、部屋から飛び出た。やはり二階だったようで、降りる階段を見つけて跳び下りる。着地した瞬間衝撃と痛みが走ったが、逆に気付けにはちょうど良かった。


 家は木造で、時代を感じる造りと内装だ。玄関らしきドアを見つけて勢い良く開き、外に出ると──


「うわああああっ!!」


 ザシュッ──


 目の前で、中年の男が斬られた瞬間を目の当たりにした。


 男を斬ったのは、さっきの部屋から見たあの醜悪な顔の小人の様なモンスターと同じヤツだった。覚え違いさえなければ、《ゴブリン》と言うモンスターだ。けれど、自分の目の前に居るゴブリンの手に持つ得物は部屋から見た別のゴブリンとは違って剣を持っている。それも、血塗れになっている剣だ。


「血……?」


 そんな訳がない。血の表現がされている装備やアイテム、グラフィックがあったりはするが、傷から血が流れ出すと言う表現はない。血に似せたエフェクトはあったし、流体エフェクトも中々の再現度を誇るが、それでも男の負った傷から流れ出すそれは、あまりにもリアルだった。


 リアル過ぎて、逆に現実味がない。現実味のないそれは、自然に恐怖を植え付けてくる。


 脱兎の如く逃げ出そうと身体が反射的に動く。けれど、逃げた所でどうすればいい?──そう考えた途端、もう充分な覚悟ができていた。


 どれだけリアルでもこれはゲーム。VRシステムで作られた仮想世界。だから死んでも生き返る。なら、どうすればいい? 戦うんだ。例え無理だろうと、そういうイベントだと──


 ──思い込めばいい。


 左手の指を立てて縦に振り、メニューの呼び出す。開いた瞬間に装備とアイテムの項目を選択して、現在の装備品と所持アイテムを瞬時に確認する。


 何故かホロウィンドウで映し出された装備フィギュアの胴装備に何もない──って半裸かよ。数瞬だけ心の中でツッコミを入れて、現在の装備にもアイテム欄にも武器が無い事を知る。舌打ちをしたい気分だが、そんな訳にもいかない。


 武器になるものは、倒れた男が持っている剣ぐらいか。


 ゴブリンがフシューっと荒い息を立てているのを僅かに見てから倒れた男の手にある剣を拾おうと動く。が、手を伸ばした瞬間、目の前にゴブリンの握る血塗れの剣が振り下ろされた。手を伸ばした左手が斬り落とされる、なんて事には幸いならなかったが、右手を伸ばしていたら完全に斬り落とされていただろう。


 慌てて後ろに下がって、改めてメニューから自分のステータスを確認する。RPGでよくあるステータスの羅列。けれど、自分がよくやっていた──と言う覚えのある──《CCO》とは少し違う。意味こそは分かるが、どれも数値は低い。と言うか、レベルが1じゃ仕方ない。


「チィッ──」


 周りを見て手頃な長物を手に取る。すると、視界にホロウィンドウが展開された。


 アイテム名 《ロッド》 ──杖かよ。魔法でもあんのか?


「うおっ!? くそったれ!!」


 馬鹿な思考にかまけていると、またゴブリンが剣を振り下ろし、慌ててそれを避けて罵声を挙げた。


 ホロウィンドウは既に閉じてしまったが、手元にある状態ならアイテムストレージから選択できるはずだ。ゴブリンから距離を取って再びメニューの中からアイテムを選択し、アイテムストレージのウィンドウを展開する。


 ロッドの項目は何も無いストレージの中の一番目にあった。所有アイテムの表示ではなく、どうやら一時的な所持状態になっているようだ。用途はさておき、武器としての役割は果たすらしい。武器カテゴリ《片手鈍器(クラブ)》。武器としてのステータスは底辺と言っても良い一桁の羅列がある。攻撃力、魔法力、衝撃力、要求ステータス値、攻撃属性。追加効果と書かれた一覧もあるが、そこは空欄となっている。まあ、ゲームらしいっちゃゲームらしいと言えるのだろう。気になる所としては、覚えている限りでVRゲームに存在しなかった《魔法力》──魔法攻撃力らしきものだが、今はそんな無駄な事を考えている暇はない。


「ふぅ……やってやるよ。これはゲーム──気にする事はないんだ」


 ロッドの頭ではない下の方を右手で持ち、右半身を下げて腰を落とす。ロッドの先辺りを持つのはVRゲームならではの特徴で、武器の重量を活かした重い攻撃を繰り出すためだが──木製のロッドでそれに縋るのは正直言って微妙だが、今は何であろうと縋るしかない。


 定かではないが、構えが自然とできるぐらいにはVRMMORPGなんてジャンルをやり込んだはずなんだ。ある程度の知識が記憶から抜け落ちている様子もない。ゲームなら、ゲームとして戦えばいい。生憎スキルが何も無いから、武器の熟練度やアーツスキルも皆無。上手くいくかはわからないがCCOで慣らした動きで対応するしかないだろう。視界に目の前のゴブリンの名前やレベル、HPなどが確認できないのは心もとないが、贅沢も言っていられない。


 これがゲームだと言うのなら、モンスターさえ倒せば成長だって当然ある訳だ。


「フフッ……」


 あまり良い状況ではないし、いきなりで混乱はしているが、妙に思考は冴えて、余裕なのか、あるいは追い詰められてなのか、笑みがこぼれた。


「うぉらァ!!」


 左足で地面を強く蹴って、間合いを詰めてロッドを突きだす。狙い通り喉元を打突したが、ノックバックはない。威力が足りていないのだ。振り下ろされた血塗れの剣をゴブリンの左側へ回り込む事で回避し、同時に横っぱらを思いっきりロッドで打撃する。さっきの打突より効果があったのか、あるいは避けられた事が癪だったのか、異様な声を挙げて剣が横薙ぎに振るわれる。地面に転がりそれを回避すると、丁度良い所に倒れた男の剣が手の届く位置にある。すぐに剣を拾い上げ、ずしりとした重みを感じながらもまた距離を取ってロッドをゴブリンに投げつけ、剣を構えながら左手でメニューの展開を行った。ロッドの一時所有権の破棄を確認して剣を装備状態にしようとするが、アイテム欄には剣が存在しない。慌てて装備ウィンドウを展開すると、そこにはショートソードと言う定番の武器が右手装備のスロットに嵌っていた。


 所有者が死亡したことによって所有権が放棄されたのだろう。それを拾って武器として構えた所為で、装備スロットに自動的に宛がわれたのか。


 左手の指を立てたまま右から左へ振ってウィンドウを全て消し去ると、改めて右手に持つショートソードの感触とその重さを確かめ、杖を構えた時と同じ構えを取る。


 ゴブリンの動きはそう早くはない。数回避けただけでヒヤッとしたところが大きいが、落ち付けば今の自分でも避けることは容易い。なら、後は着実にダメージを与えればいいだけだ。


「ッ!!」


 ゴブリンが追い付いてきた所で右足で踏み込むと同時に、身体が覚えていた《シングル・スタブ》の動きでショートソードを真っすぐ突き出した。身長が低い所為もあって見事にゴブリンの顔面を貫き、ビクンと痙攣したあとにゴブリンの動きが停止する。


 血の臭いが充満し始め、顔を顰めながら一息に剣を抜いた。


「ハァ……ハアッ……!」


 集中力を上げていた反動か、それとも緊張の糸が切れたのか、突然息が辛くなって肩で息をする。


 息苦しい。突き刺した時の感触は、妙にリアルだった。感じている血の臭いも、あまりいいものではない。


 込み上がってきた吐き気を飲み下す様に落ち付かせ、ステータスウィンドウを開く。そこには変動があった。レベル1だと確認したそれが、レベル5へ。倒した──いや、殺したゴブリンがレベル1から見てそれなりにレベルの高いモンスターだったのだろう。VRMMORPGはレベル上げが困難なゲームばかりだと覚えていることから、いきなり1が5まで上がるとは到底思えないが……。


「キャアアアアッ!!」


 悲鳴が響き渡る。いや、違う。悲鳴自体はあちらこちらから聞こえている。今のは近い所為で非常に大きく聞こえたのだろう。


 NPCか、それともプレイヤーか。何にせよ、ゴブリンに斬られ事切れた男や、そのゴブリンも死んだのなら、誰であろうと死ぬのだろう。それは自分も然り名のではと言う恐怖があるが、そう、思い込め。


 思い込めばいい。──そうすれば、今だけでも動けるはずだ。


 血を払う様にショートソードを一振りし、一気に駆けだす。


 周りを見れば木造の家が立ち並ぶ、まさに村だ。多くはないが所々に人が倒れ、中には先程のゴブリンと同じゴブリンが数体だけ倒れている。襲撃イベントが無い訳でもないが、あまりにリアル過ぎる表現ではもう地獄絵図だ。


 人と魔物の争いなんてゲームじゃ良くある事だが──


「考えるな!」


 叱責するようにそう声を張り上げ、視界に捉えたゴブリンを後ろから突き刺す。狙いは当然首だった。生物的に弱点となり得る急所は通常よりもダメージが大きい。


 その仕様はVR規格のMMORPGでは共通の概念とも言うべきものだ。リアルに忠実で、けれどリアルではない。それが仮想現実で、仮想世界で、電子世界だ。


 再度走り、ゴブリン二匹に囲まれた生存者を見つける。しかし同じくしてゴブリンの剣が振り上げられる。間に合わせる為に前傾姿勢で無理矢理走る速さをあげ、ステータスの敏捷値(AGI)が足りないせいかもつれそうになりながらも、剣を振り上げたゴブリンの背中からショートソードを突き立てる。


 異様な叫びを耳にしながら、剣の柄をねじる様に回し、肉を抉る。突き刺している間に持続ダメージを追加するための小技のようなものだが、当然有効的だ。


「がッ……」


 直後、頭に衝撃が走る。剣を突き立て傷を負わせたゴブリンが振り向き様に小柄ながらも丸太の様な太い腕を振り回し、それに当たったのだ。視界が揺れ、意識が途切れそうな感覚に捕らわれながらも、無理矢理剣を引き抜いてすぐさま間合いを詰め直す。こっちに気付いたもう一匹のゴブリンも剣を振り上げて迎撃にでてくるが、とりあえず生存者のヘイトは減少したらしい。


 なら、あとは自分が踏ん張るだけだ。


 もう既に聞き飽きた異様な叫び声でゴブリンが剣を振り下ろしてくるが、切っ先を下げていたショートソードを思いっきり振り上げて強制的なパリィングを行うと、左足で踏み込んでタックルをかまして仰け反り(ノックバック)による硬直(ディレイ)を誘発させる。傷を負ったゴブリンも剣を振ってくるが、手負いのためかその速度は明らかに遅い。剣を戻して軽くいなし、そのまま丁度良い高さにある醜い顔に右足をくれてやる。裸足だったので気持ち悪い感触が足裏から伝わり悪寒を齎すが、恐怖と比べればなんてことはない。──と言うよりは、いちいち気にしてはいられなかった。蹴りで倒れた手負いのゴブリンの顔に剣を振り下ろし、すぐに硬直から復帰したゴブリンと相対する。単調と言えるほどの剣の振り下ろしを避け、そのまま首を斬り払った。切断とまではいかなくとも、それで絶命したらしく、痙攣した後に地面へ倒れた。


「…………」


 言葉はない。以前はやっていたと言う覚えがある《CCO》の時とは全く違う、リアルな手応えに気持ち悪さを感じながらも、妙に冷静だった。


「あ、あなたは……」


「……?」


 声が掛かって、声の方へと顔を向ける。ああ、そうか。生存者が居たんだったか。


「大丈夫か?」


 そう訊ねながら、上半身裸の男が見た感じでは自分と年の差が無さそうな女性に話しかける構図が妙に犯罪的だと妙に冷静な思考で考えてしまい、内心苦笑する。


 まだそんな馬鹿な想像が出来て苦笑できる余裕があると思うと、少しだけ気分が軽くなった。


「は、はい。と言うか、目が覚めたんですね」


「ん? 目が覚めた?」


「覚えていないんですか? 森の中で倒れていたのを、私が見つけたのですが……」


「ああ……」


 なるほど。一応は納得がいった。森の中で一度は目が覚めたのは事実で、その後にこの女性に助けられたのか。詳細はさておき、その後あの家に運ばれた、と。


 けれど、それは可能なのだろうか? VR規格のゲームならプレイヤーに過剰に触れることはできないはずだ。プレイヤーの意思に反して過剰に触れる、もしくは無理矢理動かそうとした場合や、メニューの操作をさせようとすると犯罪防止用のコードが発生して、例え睡眠状態であったとしてもブロックエフェクトで弾かれる。となると、この女性はNPCだろうか。


 ……NPCのようなプログラミングされた台詞とは思えない。でも、そう考えなければ──今は耐えられない。


「少し前に目が覚めたんだ。そしたら悲鳴が聞こえてきて、外に出たらゴブリンに襲われてな」


 そう答えながら、周囲を警戒しておく。またゴブリンが出てきても困る。


「そうでしたか……。今、村が魔物の群れに襲われていて……目覚めたばかりで頼み難いことなんですが、もしよろしければ村の皆を助けていただけませんか? この村には常駐兵が居なくて、魔物と戦える人が少ないんです」


 常套句とでも言うのだろう。ゲームとリアルの狭間に揺られているようで、あまりにも良い気はしないが、あのゴブリン程度なら何とかなるだろう。


 もしNPCだったとしても──目の前で殺された男のように、嫌にリアルな光景はさすがに目の毒だ。ゲームならゲームらしくポリゴン片になって消えてくれればいいのに。それなら……まだ踏ん切りが付く。


「……ああ。一応俺も助けてもらったみたいだからな。出来る限り手は貸すよ」


 女性に答えながら剣を持ちかえて右手を差し伸べるが、差し伸べた右手は血に塗れていた。慌てて左手を差し出すが、剣の柄に血が付いていたのか左手も真っ赤だ。


「悪い、両手が血まみれで」


「い、いえ。何とか自分で立てますから」


 頭を下げると、女性は慌てて立ち上がった。何故か悪い事をした気分になってしまう。半裸に血塗れ。うん、絶対に警察に連行されるわ。そもそもこの良く分からない仮想世界に警察があるかは知らないが。ファンタジーなら、騎士団かなんかか?


 どうでもいい話はさておき。


「それで、他の村の連中がどの辺りにいるか分かるか?」


「えっと……多分、村長さんの家に逃げ込んでいるかと。あそこは自警団の拠点でもありますから、そこで守りに入っているはずです」


「分かった。案内してくれるか?」


「はい」


 自分を拾ってくれたらしい女性の案内に従って村の中を行くその道中、何度とゴブリンに遭遇して戦闘になり、他の生存者を助けながら移動を続ける。






 十分くらい経って聞く限りではようやく村長の家近くまで来たところで、ゴブリンの群れに遭遇してしまった。


 正直に言って目覚めてすぐ訳の分からない状況に放り込まれ、村を襲撃しているゴブリンとの連戦で、あとどれだけ体力が続くか不安だ。さすがに無傷とも言えず、半裸な身体に掠り傷ではあるが傷を負っているし、考えるよりも動いた方がいいだろう。


「くそっ! まだこんなに居やがったか!!」


 そう叫ぶように文句を吐いたのは、村長の家までの道中で助けた大柄の男。ゴブリンに囲まれながらも応戦し続けていた人物だ。名前はまだ聞いていないが、そんな余裕もない。


 その大柄の男に続くように同じく助けた他三名が騒ぎ出すが、それを無視してゴブリンの群れに突っ込む。


 数は六体。鈍器持ちが二匹、剣持ちが三匹、そして他のゴブリンより体格の大きい鎧を纏ったゴブリン。──あいつが群れのリーダーだろう。ここまで十数体のゴブリンを殺してきたし、その道中で死体となって転がっていたゴブリンのどれよりもその体躯は大きい。


「っらァ!!」


 接敵するや否や、剣持ちのゴブリン一体の剣を可能な限りの力で思いっきり打つ。切り返しで袈裟がけに一閃し、そのまま首を突き崩す。抜き放つとすぐ横まで来ていた鈍器持ちの重々しい攻撃を脇腹に掠りながらも直撃を避け、すぐに間合いを取る。


 追いついてきた男たち四人も戦闘に加わって、乱戦状態になるが、自分はすぐに目標を変えてリーダー格であろう体格の大きいゴブリンに接近する。


 体格の大きいゴブリン。見るからにリーダーなのだが、その大きさは人並みのサイズだ。他のゴブリンと比べて威圧感が強く、正直な気持ち以前に恐怖が駆られる。


 でも──


「フフッ……」


 俺は笑っていた。


 覚えている限りでは──いや、知っている限りでは、こうして笑うことはなかったはずだ。


 訳の分からないままに戦って、確かな痛みを感じ、傷から血を流しながらも、笑うだなんて。


 どうかしているにも程があった。


「ああああっ!!」


 雄叫びと共に横薙ぎに一閃。でかいゴブリンの持つ木製らしき盾に阻まれるが、その盾に亀裂が入る。振り下ろされた刀身の長い剣を身体を無理に捻って避け、回り込むように転がって防御の薄い足を裂く。直後、長剣がすぐに自分を捉えて横薙ぎに振られて慌てて剣を立てて防ぐが、衝撃が強く転倒してしまう。こけた状態からすぐに起き上がるが、追撃が来てまた剣で防ぐ。今度はこけることなく耐えたが、衝撃で手が痺れ、刀身の腹を支えていた左手は自分の刃に触れて僅かに掌が裂けた。それから数度剣を交わし、可能な限り鎧を避けて防御の薄い足や手を狙うが、その度に長剣が自分を襲う。


 もはやそれは持久戦だった。


 HP(ヒットポイント)と防御力の高いモンスターを相手にする持久戦。それは回復手段があったり、パーティーで戦闘してこそのものだ。──となれば、これは単なる消耗戦か。


 そう考えながらも着実に一撃を加え、長剣を避け、無理ならばこちらの直剣で受ける。


 更にその状態が続き、ようやくリーダー格のでかいゴブリンが膝を付く。チャンスだと理解して突きを放つ──が、同じくしてゴブリンが半分壊れた盾で突きを防いだ。その反動で完全に盾が壊れて突きがゴブリンの胸を深く突きさしたが、いつの間にか振り下ろしの動作に入っていた長剣が、半裸の横っぱらに斬り込んだ。


「グッ──!!」


 攻撃を防御していた時よりも衝撃はなかったものの、まともに喰らって異常なまでの痛みが身体を襲う。弾かれる様に僅かに飛ばされ、直後に頭に衝撃を受ける。


 そこで、意識がブラックアウトした。

どうも、おはこんばんちは、初めまして(?)作者です。


以前も二次創作の方を投稿していた時期があったのですが、それが止まってからは特に何もありませんでした。

放置状態だった上に暇だし何か書こうか、と言う気分で書いちゃった訳ですが、自分は書き物が得意と言う訳ではないので何とも言えない気分です。


プロローグは四回続く予定ですが、プロローグの内容は結構適当だったりするのでいきなり挫折するかもしれません。


後書きに書くのもあれですが、こんなものでも読んで下さる方が居たらやっぱり少し嬉し恥ずかし(黙れ)なところもありますね。


更新は週一~を予定していますが、結局のところ不定期になる可能性が高いので、再度こんなものでも読んで下さる方が居りましたら嬉しい限りです。


12/9

見やすいように改稿。様子見のあと全話改稿予定。

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