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第陸章 大樹の芽吹き

 廃屋の校舎が落日の光に照らされて赤く染まる。

 その校舎を背に、二つの背中が森の中へと消えてゆく。


「まさか宝を置いて行ってくれるとはな。詰めの甘い連中だぜ」 


 完全に視界から消えた頃を見計らったように、突如男の声がした。

 同時に、校舎の屋上に二つの人影が現れる。

 一つは二十代前半と見て取れる、体躯の良い長身の青年のもの。

 もう一つは、小学生ほどの背丈のまだ幼さの残る少女のもの。


「ね? 奴等をつけてきて正解だったでしょ、倖介(こうすけ)君?」


 少女はどこか自慢げに笑って見せる。

 対して倖介と呼ばれた青年は不揃いな金髪を荒々しく掻き揚げ、やや不機嫌そうに「そーだな」と返す。


「さ、あいつらが戻ってくる前に早く回収しなきゃ」


 フリルの付いたスカートを躍らせながら階段を駆け下りる少女。

 その姿は、まさに無邪気という言葉を体現しているかのようだ。


(さえ)! はしゃいで転ぶんじゃねーぞ!」


 乱暴な口調ながらも、倖介は保護者のように声をかける。

 下層から「だいじょーぶ!」と返ってくる快活な声をききながら、倖介も足早に階段を下りた。





 校舎を出た二人は祠を一瞥した。

 その周囲には先客(なぐも)が施した結界が張り巡らされている。


「結界……ねぇ? ……ハッ、しゃらくせえ」


 倖介が宙で印を切り、結界に触れた途端、結界は鈍い音を立てて呆気なく崩壊した。


「この程度の結界で俺たちを阻もうなんざ……馬鹿にしてんのか?」


 阻むもののなくなった道を進み、倖介と冴は祠の前に立つ。

 しかし、二人はそこに眠る『誓いの指輪』に手を伸ばそうとはしない。


 七宝は、然るべき人間にしか触れることが許されない代物だ。

 先の南雲の二人がこの宝に触れられなかったように、倖介と冴もまた、宝に直接触れることは叶わない。

 それを克服するために、南雲は特殊な『箱』を使って七宝を眠らせ、一時的に宝に触れられる状態を作出しようとした。尤もそれは、肝心の『箱』の不在で失敗に終わったわけだが。

 そして方法は違えども、倖介と冴もそれを克服する対処法を講じていた。


水羅(すいら)!」


 倖介が天に向かって声を上げる。


 すると、周囲の森の中から一羽の鳥が飛来した。

 全身に鮮やかな瑠璃色の羽毛を纏い、長い尾が特徴的な、品に溢れた美しい鳥だ。


 その青い鳥は祠の前に降り立つと、小さな嘴で難なく指輪を銜えた。


《これで、二つ目の宝を回収できましたね》


 女性の声がした。冴のものとは違う。穏やかで気品に満ちた女人の声。


《わたくしは先に屋敷に戻ります。当主様にご報告申し上げなければなりませんので》

「ああ。頼んだ」


 倖介が視線を送る先で、水羅は指輪を銜えたまま天高く飛翔した。

 その姿を見送り、倖介は天に向け両手を伸ばす。


「さて、と。あとは『盾』の封印を解くだけ、なんだけどな……」


 冴は倖介の言葉に頷き、天を見上げた。

 沈む夕日が雲ひとつない空を赤く塗り替えてゆく。


「明日も、晴れだって」

「この先一週間もな」


 投げやりな様子の倖介に、冴は似つかわしくないため息をつく。


「やっぱり、明日やってみるしかないね」


 言って、冴は何かを思い出したように倖介に呼びかける。

 振り向いた倖介に、冴は有無を言わせぬ満面の笑顔で告げた。


「明日、十二時で終わりだから、迎えに来てね」




      *




 とある私立中学の校門前。

 下校する生徒たちの中にざわめきが起こっていた。


 生徒たちの視線の先には、大型のバイクに跨る一人の青年がいた。


 紺のレザージャケットに黒のレザーパンツ。

 ざんばらの髪は金に染め上げられ、目元は黒のサングラスで完全に覆い隠されている。

 首からは髑髏を模ったシルバーアクセサリーを下げ、腕や腰にも同様の装飾品をつけている。

 かかわりたくない世界の人間の臭いのする青年だ。

 

 しかし当の本人は遠巻きに自分を見やる生徒の視線など意に介す様子もなく、携帯の画面を凝視している。

 携帯の画面に映し出されているのは、一通のメールの文面だった。


 ――若からの伝言。「早急に宝を回収しろ」以上――


「……へーへー、分かってますよ」


 ――追伸。無から有は生まれない。無い知恵絞るだけ労力と時間の浪費だ。くだらない意地を張らない方が身のためだと、一応念のため忠告しておくよ――


「ッ、余計なお世話だよッ!!」


 額に青筋を立て、おもわず携帯の画面に向かって吼える。

 すると突然、携帯が振るえ、画面に着信の表示が現れた。


「おい、冴! お前どこにいんだよ!?」


 開口一番怒鳴りたてる。

 だが通話先の相手はそれにも勝る怒鳴り声を上げた。


〈倖介君の馬鹿っ!! あれだけ目立たないようにしてって言ったのに! そんな目立つ格好で正門の前で陣取っててどうするの!?〉

「……っんなこと言ったって、お前――」

〈いいから、裏回って!〉


 予想外の気迫に若干及び腰になりつつも反論に転じようとする倖介を、冴は一言で遮ると一方的に通話を切る。


「……っつたく、(ひと)をタクシー代わりに使っといて偉そうに……。迎えに来いっていうからわざわざ来てやったのに、少しは感謝しろってんだ!」


 愚痴をこぼしながらもエンジンをかけ、倖介は言われたとおりに学校の裏手にバイクを回した。




      *




「で? 本当にやるのか?」


 車両の合間を縫うようにバイクを走らせながら、倖介は後ろに乗せた冴に投げかけた。


「やるしかないでしょ? あたしたちに『指輪』を奪われて、いい加減南雲も動き出すだろうし……。いつまでも待ってられないもん」


 冴は落ちないように倖介にしっかりとつかまりながら、しかし声音だけはきっぱりと言い切った。

 だが一方の倖介は乗り気ではない様子でさらに問いかける。


「けど本当に上手くいくのかよ?」

「やってみなきゃわかんない! でも何もしないでただ待ってるよりはマシでしょ!?」

「そうだけどよ……」

「男だったらグズグズ言わないの! 分かったらさっさと急いで!」


 倖介の視界に黄色を灯す信号が飛び込んできた。

 突然加速するバイク。そのまま交差点に突っ込み、強引に右折する。


 急の事態にバランスを崩し、危うく落下しそうになりながらもなんとか体勢を整えた冴は抗議の声を上げた。


「あぶないなっ! もっと丁寧な運転してよ! 落ちたらどーするのっ!?」

「あー、もううるせえ!! 大体お前、今自分で急げっていったばっかじゃねーか!」


 交通量の少ない道に差し掛かり、倖介は速度を大幅に上げる。


「それとこれとは話が別でしょ!? 本当、デリカシーないんだから!」

「相変わらずちっせーくせに態度だけはデケーな! あんまり騒ぐと放り出すぞ!?」

「そんな言うほど小さくないよっ!」

「どー見たって小学生だろ? この前だってお前、地下鉄子供料金で乗ってたじゃねーか」


 取り留めのない舌戦は、目的地に着くまで延々と続けられた。




      *




 そこにあったのは、大きく枝を広げ、見上げるほどの高さを誇る一本の大木だった。


 注連縄の巻かれたそれは、大昔、七日七晩続いた大嵐の際に、避雷針となり落雷から村を守ったと言い伝えられている御神木だ。

 更に、なんでも、その時に落雷をその身に受けたにもかかわらず、以後現在に至るまで衰えることなくその形を保っているのだとか。


 昔から『命の大樹』と呼ばれ大切に守られてきたこの御神木こそ、今回二人が目をつけている『宝』の封印場所だった。


 冴は黄土色のブレザーを脱ぐとそれを倖介に押し付け、ブラウスの袖を捲り上げると大樹の前に立った。


「行くよ、雷毘(らいび)!」


 冴の呼び声に呼応したように、何処からともなく金色の大蛇が現れた。

 全長はゆうに三メートルを越えようかというその大蛇は、緩慢な動きで頭をもたげる。


《手加減は必要ありませんわ。全力でやっておしまいなさい》


 女性の声だ。気位の高そうな、きつい印象を与える声音。


「オーケー、雷毘」


 隣に寄り添う大蛇にそう返す冴の表情にはもはやあどけなさはなく、まさに真剣そのものだった。

 色素の薄い茶色の瞳には強い光が宿っている。


 すると、冴の周囲で何かが弾ける音がした。それは一つではなく、幾つも重なるようにして徐々に大きくなってゆく。

 風が唸った。冴のウェーブのかかった栗色の髪が不自然に踊りだす。


 黄金の大蛇――雷毘の双眸が深紅に煌めいた。


「倖介君、さがっててよ!!」


 冴は一言そう注意を呼びかけると、やおら右手を天に掲げた。


「言霊と共に鳴神が一つの命を奪う。祈りと共に奪われる命から、守りの証、目を覚ます」


 次の瞬間、冴の周囲を激しい閃光が包み込んだ。同時に空気が破裂するかのような轟きが耳朶を打つ。


召雷波(しょうらいは)!!」


 冴の声が響いた。


 直後、晴天の空に雷鳴が轟き、目の前の大樹に稲妻が落ちた。

 轟音とともに、狂ったように吹き荒れる風が土煙を巻き上げる。


 やがて粉塵の中から姿を現した大樹は、無惨にも中央から左右に真っ二つに割れていた。


「……おい。少しは加減しろよ! 周りの人間に気付かれたらどうするつもりだ、お前らは!?」

《お黙りなさい。わたくしがきちんとセーブしていますから問題ありませんわ!》


 衣服についた砂埃を払いながら非難の声を上げる倖介だが、雷毘が真っ向から反論する。

 そのやりとりを後ろに聞きながら、冴は大樹の周りを一周する。


「……おかしいなぁ。やっぱ自然の雷じゃなきゃダメなのかなぁ?」


 割れたこと以外に目立った変化のない大樹を見つめ、冴は落胆の声をもらした。

 同様に倖介もため息を一つ付くと、胸ポケットから小さな紙切れを取り出した。


「……解釈(よみ)は間違っちゃいねーはずなんだが……」 


 そこには、先ほど冴が唱えた唄と同じものが書き殴られていた。


 この唄はもともと南雲の一族に伝えられてきたものだった。

 それを、倖介たちがうまく盗み出すことに成功したにすぎない。

 故に、ここに封じられているのが『盾』であるということ以外何も、『盾』の呼称すら、二人は知らない。


「やっぱ、南雲を縛りあげて吐かせた方が早いんじゃねーか?」


 うんざりした体でぼやく倖介に、呆れ返った冴の声が飛んでくる。


「倖介君、馬鹿? 南雲が封印の解き方知ってたら、もうとっくに『宝』回収されてるよ」


 その言い草に内心ムッとしながらも、正論を突かれて倖介は渋々引き下がる。


「……しょうがない。一旦帰ろう」


 暫く大樹を凝視していた冴だが、やがて諦めたように立ち上がった。


「帰って斎君たちにも訊いてみたほうがよさそうだし」

「うぇ、アイツに借りつくんのかよ?」


 冴の提案に心底嫌そうに返す倖介。


「そんなこと言ったって仕方ないでしょー? 斎君が一番頭いいんだもん」


 納得がいかない様子の倖介に「それとも倖介君、斎君に勝てる自信ある?」と冴は更に問いかける。

 その問に、倖介は返事の代わりにヘルメットを投げた。


 バイクのエンジンをかけながら、数時間前に送られてきたメールの内容を思い出し、倖介は憎憎しげに舌打ちした。

 帰ったらきっと(アイツ)は、ほら見ろといわんばかりの顔をするに違いない。


 倖介の内心とは対照的に、晴れやかな空は遥かどこまでも澄み渡っていた。


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