第伍章 誓いの指輪
鋭い光を宿した青年、感情の見えぬ少女。少女の胸元には一つの勾玉が…。
「あれは…『泰平の勾玉』…?」
光の加減で金色にも見える色素の薄い茶髪が揺らめく。淡い琥珀色の瞳がゆるりと開いた。
「…朔羅。…視えたの?」
声が聞こえた方を見れば、そこには幼い容姿をした少年が立っていた。
「創太。来てはいけないと言ったでしょう? 風邪が移ってしまうわ」
困ったように言う朔羅に創太は、頬を膨らませる。
「だって…心配…僕…もう十四歳…大人」
柔らかな黒髪を撫でつけ言うと、更に言葉を続ける。
「天城は…何がしたいのだろう…」
その瞳には悲しみが浮かび、今にも泣いてしまいそうだった。
「私にも分からないわ。でも、きっと椿が悲しむ事よ」
椿は力の酷使により意識を失っていた。優しすぎるその心はいつも全てを救おうと必死であった。だが、天城の行いはいつも椿の願いを打ち砕いてしまう。
「姉が…泣くのは…嫌」
「えぇ。私も嫌よ。だから護らなくては」
一族最年少の創太は、椿を当主としてではなく『姉』のような存在として見、どんな時でもその姿勢を崩さなかった。だからこそ大切な『姉』が嘆く姿を見るのは辛かった。その為、椿の願いを護ろうと次の宝捜索に出ることにした。
「創太。外に赴けない私の分まで椿をよろしくね」
朔羅は体が丈夫ではない為、半年前まで山奥の屋敷で療養していた。今回、天城が動き出した事で無理を押し通して本家へ戻ってきたのだ。
「ん…次の宝は…僕と美夜」
「気をつけてね。怪我をしないように」
「…僕…強いよ?」
「それでもよ。美夜を護ってあげて」
一族中で母親的存在の朔羅。『癒しの母』の異名を持つ彼女はそっと、創太の頭を撫でた。
「ごめんなさいね。貴方のような子供まで狩り出してしまって。どうか無事で」
「…ん」
創太はほにゃりと笑みをこぼした。まさに『天使の王子』の異名を持つに相応しい表情であった。
*
口に紅を指すと真紅の小袖を羽織り、その下にキャミソールとズボンを纏った美夜はため息を零した。
「ったく椿ったら三週間は絶対安静だなんて、無茶しすぎなのよ」
「…心配」
若葉色の狩衣に似た衣装を纏い、創太は呟いた。そんな彼の頭を美夜は、ぐしゃぐしゃとかき回した。
「大丈夫よ! 起きたら説教してやんなきゃ!!」
*
『空と大地に羽ばたくもの 藍と紅 重なりし時 誓いの印 現れん』
木々に囲まれた校舎。十数年前に廃校となった、とある学校に隠されたように在ったのは一つの祠だった。一見ただの祠のように見える其処には常人の目には捉えられぬ泡のような膜が張られていた。
「ここが『約束の祠』よ」
美夜は祠を見つめ、一目した。そして口の紅を人差し指でそっと拭うと、躊躇う事無く祠の目の前の黒土へ鳥の絵を描いた。それを確認すると創太が小さく声を上げる。
「…雪怜」
夕日が落ち始めた瞬間、それは飛び立った。純白が夕焼けに染まり金色の瞳が光り輝く。黒土の鳥に雪怜の影が被さった瞬間、大地が静かに振動した。
「来たわね! 創太、動くんじゃないわよ!!」
「…うい」
美夜は怒鳴るように言うと右袖を捲くる。腕には幾重にも布が巻かれており、その上に墨で2対の鳥が描かれていた。
「我は藍 空に羽ばたくもの 我が名は美夜 誓いを受け継ぎしもの」
言葉を紡ぎ終わると、美夜はそっと右手を地へつける。そしてゆっくりと目を閉じた。すると布に描かれた絵が命を吹き込まれたかのように動き出し、腕から手を伝い地に溶け込んだ。
「…祠が…」
祠の周囲に張られた膜が溶ける様に消え、扉がゆっくりと開く。其処には仄かに光を放ちながら浮く小さな何かが在った。
白銀で作られた一対の指輪、指輪にはそれぞれ紅玉と蒼玉の石が嵌め込まれており、二つは白金の華奢な鎖で繋がっていた。輝きを損なう事無くあり続け、けっして離れる事なき誓いの印と詠われるそれは『誓いの指輪』と呼ばれており、代々美夜の家が守護してきた七宝の一つであった。
「椿がいれば、このまま持って帰れるんだけどね」
美夜はため息をもらした。『誓いの指輪』はある特定の人間にしか手にすることはおろかさわる事すら出来ない。守護してきた一族の者であってもそれは変わらない。その特定の人間の一人が椿であった。
「まぁ、いいわ。創太、『箱』出して」
七宝を一時的に眠らせる事が出来る箱。それを使う事により、美夜達でも宝を手にすることが出来るのだ。
創太は背に背負っていたリュックを下ろし探ったのだが―。
「………」
「創太?」
「……忘れた……」
「…はぁ!?」
美夜が覗き込んでみるが、リュックに入っているであろう『箱』の姿は見当たらない。つまりこのままでは宝を取ることが出来ないのだ。
「…っ、急いで戻るわよ!!」
美夜は怒鳴ると土に描いた鳥を消し、新たに結界を張る体制に入った。草木がざわめき、風が鳴る。音無く、新たな結界が張られた。
それを確認すると二人はその場を後にした。
背後で結界がひび割れた事に気付かずに…。
唄の解説は来月までお待ちください。