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第弐章 運命の胎動

 温かく柔らかな光の中に小さな薄紅色が舞った。


 眼下に広がる一面の早緑が静かに大きく波打つ。

 見上げる先には澄み切った青蒼が果てなく続いている。

 心地よい風に揺れる鈴なりの薄紅が、日の光を浴びて眩いばかりに輝いた。

 穏やかな空間に鳥の歌声が響く。


 ……平穏なひととき。


 突然、どこからともなく響いてきた凛とした鈴の音がそれを遮った。すると。


「戻ったか」


 落ち着いた少年の声とともに障子戸が静かに開かれた。

 年の頃は十五、六といったところだろうか。

 黒一色に身を包んだその少年は後ろ手で障子を閉めると縁側に立ち、眼前に聳立する薄紅を見上げて言葉を投げる。


「何があった」

奴等(・・)が動き出した》


 間髪あけず、少年の問に対する返答があった。

 だが、声の主の姿はどこにも認められない。


《いよいよ、戦いは避けられなくなる》


 しかし少年はそれを意に介す素振りを見せず、やおら縁側に腰を下ろした。


「……そうか」


 小さく呟いて、少年は口元に不適な笑みを浮かべた。

 動揺するでもなく、焦燥を見せるでもなく、寧ろ満悦の表情を窺わせる少年に、叱責の色を含んだ言葉が飛んでくる。


《布陣に抜かりはなかろうな? 間違っても奴等に遅れを取るようなことは許されんぞ》

「愚問だな」


 向けられた非難を軽く受け流し、少年はただ一言そう短く言い放った。

 しかし、少年を非難する声は尚も続く。


《だが全ての封印の在処を突き止めたわけではあるまい。その体たらくでなんとする》


 声音こそ静かなままだが、そこからは明らかな苛立ちが感じられる。


「そう急くな。急いたところで、時が来なければ封印は開かない」


 それを知ってか知らずか、並べられる小言に少年は余裕の体のまま鼻で笑った。

 そして相変わらずの抑揚に欠けた口調で続ける。


「既にファルコンとサーペントが動いている。明日にはループスも戻る。いつでも動けるようヴァルペスにも指示を出してある。……手筈は全て整っている。時さえ満ちれば、こちらの鍵は全て揃う」


 少年の短く切られた漆黒の髪が風に靡く。

 鮮やかな色が満ちるこの空間に、少年は明らかに異色だった。


《失敗は許されないことをよく肝に銘じておけ。……我々の目的を、ゆめ忘れるなよ》


 一段と低く発せられたその言葉に、少年の放つ空気が変わった。

 口元からは笑みが消え、表情も険を帯びる。

 それまでの余裕は一瞬にして緊迫へと姿を変えた。


「……ああ、分かっている」


 少年の漆黒の双眸に鋭い光が宿った。

 見るもの全てを射抜くかのような強い光。


「……天城(あまぎ)の名にかけて……。お前もしくじるなよ」

《無論だ》


 短い返答と共に、再び鈴の音が空気を振るわせた。

 その瞬間、淡い薄紅の中から黒い何かが躍り出た。

 ひらりと早緑の上に舞い降りたそれは――美しい漆黒の毛並みを持つ一匹の黒猫。


 一陣の風が吹いた。

 無数の小さな薄紅色が宙高く舞い上がる。


「……俺は必ず……」


 言い差して、少年は天を仰ぎ見た。


 少年の見つめる先で、小さな一羽の鳥が天高く飛び立った。





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