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第弐拾玖章 剥がれた偽り

 鈍く輝く無数の鎖、身動き一つとれることなく繋がれたその姿は、蜘蛛の巣に捕らわれ死に行く蝶を思わせた。

「『罪』が二人……」

「いいえ、私の代での『罪』は一人ですわ」

 思わず漏れた花音の言葉に椿は不愉快そうに言った。

「だ……れ」

 声が聞こえたのか美夜が顔を上げた。虚ろな瞳で周囲を見、そして花音の姿を映す。そして、花音の膝近くに広がる深紅の着物に視線を向けた瞬間―。

静夜(しずよ)母様の着物! なんで貴女が持ってるの!!」

 先ほどまでとは打って変わり、息を吹き返したように怒鳴った。だがその瞬間、鎖が生きているからのように彼女を締め付けた。

「お客様に失礼ですわよ。それは、私が彼女に貸した物です」

 鋭く、冷たく、椿は言った。その顔は無表情に近く、話すのも不快だといわんばかりだった。

「ごめんなさいね。改めて紹介いたしますわ。こちらで眠っているのが『罪』の要彰人、…いいえ南雲(・・・)彰人ですわ」

 そっと牢に入り、優しく彰人の頬を撫でながら椿は続ける。

「先ほど『罪』は一人、と申しましたけれど、それではあれは何なんだという話ですわよね。こういえば分かるかしら? 南雲の『穢れ(けがれ)』と」

「……!」

 『穢れ』、その言葉が意味するのは花音の知る中でただ一つ。

「十八年前に北里家に生まれた一人娘のことですわ。南雲の裏切り者と一般人の二つの血が流れる穢れた者。南雲の分家の血を持つという理由だけで生かされている娘。北里(きたざと)美夜乃(みやの)、今の名前を北斗美夜」

「九年前、美夜乃の父である(ゆう)が起こした妻の静夜含む一族大量虐殺の生き残りさ」

 椿の言葉に続けるように男の声が響いた。

「朔真、支度はできましたの?」

「大方は出来ましたよ。後は生贄の血を吸わせ、七宝を用意するだけです」

現れた朔真の報告を聞くと椿は嬉しそうに笑った。

「『穢れ』、ようやく貴女の晴れ舞台の準備が出来ましたわ。もうすぐ念願の喜劇を始められる!」

「七宝は天城の下よ!椿、あんたの言う喜劇は始められない!」

 締めつけられてから言葉一つ発さなかった美夜が叫ぶ。

「くっ、だから甘ちゃんなんだよお前は。椿様はやろうと思えばいつでも七宝を奪い返せる。それこそ、最初からな」

 馬鹿にしたような笑いが牢に響き渡る。すると、今まで彰人を撫でていた椿が手を離し、溜息をついた。

「朔真、彰人が目覚めますわ」

「ひゃは、ひゃはははは! 『癒しぃ』椿様を怒らすんじゃねぇよ。眼、覚めちまったじゃねぇか」

 狂ったような笑い声と共に眠っていたはずの彰人が眼を覚ます。そして、枷を揺らし椿を仰ぎ見た。

「椿様ぁ、枷取ってくんないですか? そろそろ喜劇始めるんでしょ? 参加させないなんて言わないっすよね」

「一つお仕事をしたらいいですわよ」

 柔らかな微笑みと共に枷が外される。

『ー』

 囁かれた言葉。

 それは彼にとって歓喜の叫びを上げさせるには相応しかったようだった。後一言命じられればすぐ行なうといわんばかりに、彰人は立ち上がった。

「さてと、そんなに『罪』が怖いのですか『穢れ』?」

 彰人が目覚めてから先程のように喋らず、打って変わって拘束された体を必死に丸めて怯える美夜。

「トラウマってやつだな。まぁあんだけお土産(・・・)貰えば怯えもするか」

 仕方ないと言わんばかりに息を吐く朔真。そして、興味を無くしたように振り返り花音を見た。

「じゃあ椿様、俺はヴァルペスを入り口まで送ってきますね」

「お願いしますわ。くれぐれも怪我一つ付けないように」

 朔真に念を押し、椿は懐から扇子を取り出した。花音は構えようとするが、その間も無く振りかざされたそれを見た瞬間、意識が闇に沈んでしまうのだった。



 花音と朔真が牢を後にしてから、椿は目を閉じ意識を集中させた。

 わざと綻ばせた結界の一部付近に近づく気配、一度対したからこそ分かる気配の持ち主。

「さぁ、行きなさい」

 彰人に最後の命令をする。その命と共に放たれた獣は、獲物のもとへ向かう。

 椿は彰人を見送ると、そっと溜息を吐いた。

「本当に羨ましい」

 近づく気配、斎の底知れない感情の渦は椿の元に届く程、強く深い。激情を隠すことないそれは、ただ真っ直ぐな想い。

「敵で無かったらよかったのに」

 彰人には命令した。歯止めが効くように暗示も掛けた。

 けして殺すな、と。

 致命傷ギリギリまでしか傷付けるな、と。

 本当は傷付けるな、と命じたかった。だが、それは南雲家当主として許される事では無い。

 許されるはずが無い。

 あの日、あの瞬間、優しい光が椿のもとに舞い降りた時から椿は南雲椿になったのだから。

 過去の業が優しすぎることを許さない。

 先人の叫びが椿を強く縛るのだ。

 南雲から目を背ける事は赦さない、と。

 何より椿がそれを赦さない。優しい光を忌み嫌い『鬼』と蔑む一般人が憎かった。

 先人達が続けた偽りを椿は引き継いだ。

 南雲は『鬼』では無く『神』であると。

 微笑みと言う名の仮面を被り、十六年あまり椿は偽り続けた。


 全てはたった一人の為に。


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