第弐拾壱章 闇色の足音
若干グロイのでご注意を
紅い水が広がり、無機質なアスファルトを濡らす。 四方に散った肉片、生温いそれで飽きる事無く遊ぶ『罪』。
渇かぬ喉の渇き。だが、それは気配無く現れた影により、意識を失うと同時につかの間掻き消える事となった。
・・・穢なき純白の獣によって。
「雪怜、貴方も来ていたか。椿様には平気だと申し上げたのだが」
〈姫様の命でもあるが、貴殿の姉君にも頼まれていたので。暴走している『罪』を保護するのは至難の技です〉
朔真に応える雪怜、その声は普段より低く響いた音をしていた。
「姉上もか。…永遠の過保護だなこれは。それより雪怜、元の姿でいて大丈夫なのか?」
そう問われた雪怜は肯定するように大きく翼を広げた。
〈待ち望んでいた時が来たのです。我の力も戻りつつあります〉
穢なき純白の体、鋭く英知に満ちた深い金色の瞳、嘴も足も鋭利で力強い。
雪怜は小さな小鳥から大きな鷹へと姿を変えていたのだ。それが彼の封じられていた真の姿。
「そうか。 …此処に長くいてはいけないな。『罪』の保護も済んだことだし、椿様の下へ戻ろう」
〈そうですね。『罪』は我が運びましょうか?〉
「いや、俺が運ぶよ。あいつとは、知己の仲だしな」
深い夢の意識の中、創太は眠っていた。冷たい氷のような世界で。
「姉、姉、ごめんなさい。ごめんなさい」 罪の意識に捕らわれながら眠る。
だが、しばらくすると世界に優しい温もりが広がった。彼を労るような温もりは創太の心に安らぎを与える。
「姉だ」
創太は嬉しそうに呟き、そっと目を開けた。
「創太、良かったですわ。もう目を開けないんじゃないかと」
目に映ったのは、ホッとした表情の椿だった。その瞳には涙が滲んでいた。
「…姉、ごめんなさい…僕の性で…七宝」
「大丈夫です。必ず取り戻しますわ」
優しく微笑む椿。
「…あっ! 姉! 『罪』が!!」
「あの子の下には朔真と雪怜を向かわせました。しばらくすれば戻ってきますわ」
その言葉に創太は一安心した。暴走した『罪』は無差別に殺戮を行うのだ、例えそれが一族の人間だとしても。それを止められるのは椿か朔真達力が強いもののみ。創太はまだ未熟故に止める以前に逃げる事が精一杯。
「もう一眠りなさい。次起きたら戦いの準備をしなくては行けませんからね」
悲しい筈なのに何処までも優しく椿は微笑む。優しく、穏やかに。
星が輝く夜の闇の中、椿は空を見上げていた。
「…」
その表情だけを見れば酷く悲しげだった。だが、瞳には悲しみとは異なる感情の色が映っていた。深く鋭い色が。
「…絶対に阻止いたします。どんな手を使ってでも。私の願いを叶える為にも」
椿の影が一瞬、深い闇色へと色味を変える。
まるで全てを飲み込むような色へと…。