人生のどん底まで落ちたけど、幸せになった話
最後の最後で目線がコロコロ変わります。
なんで、誰も話を聞かないのか。本当に腹が立つ。
わたしはそれをやってほしいと言った。誰もやらなかった。みんな暑いから動けない、疲れたから由愛やって。いいよ、やるよ。全部引き受けてしまった私が悪いのだろうか?
誰もその場を回そうとしなかった。だから私が回した。けど、隣にいた仲のいい子には難色を示された。
「由愛がやらなくても他の子がやってくれるよ」
何故そんなに他人事なのか。何故そんなにも気に食わなさそうな顔をするのか。そんなに私が少しでもあんたより優れた場所があるのが気に食わないのか? じゃああんたがやってよ。―――それが言えたらどれだけ良かったか。
「由愛は馬鹿だねぇ!」
けらけらと笑う声がする。私も笑う。それがいつも通り。私は馬鹿だ。それは自分でも認めるし、他の子からイジられるのもなんとも思っていない。…けど、しつこいとどうなのだろうか。馬鹿。そうだね、私は馬鹿だと思う。にわとり。そうだね、私は記憶力良くないと思う。でも、毎日、毎日、毎日毎日毎日言われると飽きる。流すのも、笑いに変えるのもめんどくさくなってくる。流せなくなった「馬鹿」「にわとり」「のろま」。それは、ただただ胸に突き刺さった。
…別になんとも思ってない。この子に暗に「由愛の代わりなんていくらでもいる」みたいなこと言われてもなんとも思ってない。
でも、なんか、
疲れた。
みんな回せなかった。だから私が回した。みんな疲れてなにもやらなかった。だから私がやった。なのに、いつの間にかみんなの雑用のようになって、最近は見下されているような気がしてきた。
ああ、なんで私、こんなことしてるんだろう。
よくそう思うようになった。
でも、まだ良心は残っていたようで、いつも仲がいい子たちが言っている悪口に心が痛んだ。
なんでそんな事言うの。奈々だって江里だっていい子でしょ。どうして人の悪い面しか見れないの。なんで、なんで、なんで。
全部イライラに変わった。どうしてそんな酷いこと言うの?そんなに私は意味のないことをしてたの?そんなに私は必要ないの?
…なんであんたたちが勝手に価値を決めるの。
でも結局怒りの元は悲しみだという。私は怒るのが得意じゃない。ほぼ怒ったことがない。
だから、現実は自分の部屋に駆け込んで部屋の隅で泣くだけだ。
…なんて馬鹿なんだろう。でも、もう疲れたんだから仕方ないよね。
「ねえ、なんでママはここに傷があるの?」
鈴を転がすような声が風呂場に響く。…随分と懐かしいことを思い出していた。
「んー、これはねぇ、ママが疲れちゃったから出来ちゃったんだよねぇ」
えー!疲れたら傷が出来ちゃうの!? そう無邪気に驚く可愛い娘を見る。…この子も随分大きくなった。
―――わたしは中2の頃自殺しかけた。
だが、急所に当たりきらなかったようで死に損なった。病院に入院し、鬱だと判明し、家族が異常に過保護になり、世間的に高校卒業頃にはなんとか日常生活は送れるようになり、なんとか大学に入学し、その大学で出会った人のおかげで完全に復活し、結婚し、息子を産み4年後に娘を産んだ。
自殺しようとした人間なのにいいのかというほど幸せになった。あの頃、わたしは相当思い詰めていたと思う。誰も信用できなくて、自分だけを見てくれる人が欲しくて、でもそんな人いなくて絶望して。まわりは好きな人が出来てなんとその人を振り向かせて付き合ってなんてザラにあったのになんで私だけが、と。でも、わたしは「私」から「わたし」になった。あの頃のわたしを捨てた訳ではないが、生まれ変わったのだ。そういうことにした。旦那様に出会って、幸せになった。
そう、そうよ。それでいいのよ。
「ママー!! なーちゃんボタンとめられるようになった!」
「ママー!! ゆーくんはお片付け出来るようになったよ!」
「ママー!! 髪結べるようになった!」
「ママ、テストいい点とれたよ!!」
「ママー!! あのね、好きな人できたの!」
「ママ、あのね、行きたい高校決まったんだ」
「ママー!!! あのね、あのね、結婚したい人が出来たの」
「母さん、子供が生まれたよ。妻も無事だ」
―――この子たちの成長を最後まで、わたしが見れる最後まで見れたんじゃないかな?
「ママ、ママ待って、…まだ嫌だよ!!!ママ!」
「母さん…早いよ。もうなの?早いよ…」
「おばあちゃん…大丈夫? 目あけて! 眠いの?」
妻―――由愛は、出会った時酷い状態だった。酷い顔色で、流石にと思い話しかけてみると、酷く萎縮されたのを今でも思い出せる。
でも、生来は明るく芯のあるしっかりした女性だとなんとなく話したり一緒にいるうちに気付いた。…そして少しずつ惹かれていったのだ。
付き合ってほしいと、大学卒業間近に告白した。沈黙が続き、耐えかねて顔を上げてしまった。だが、彼女の顔には喜色が滲んでいた。どうやら泣くのを堪えていたらしい。
そこからお互いの仕事が安定するまで会えない時もあったが、連絡を毎日とり支え合った。仕事が安定したとき、満を持してプロポーズした。あの時の由愛の笑顔を俺は一生忘れないだろう。そう思った。
子供が産まれるまでは2人とも働き、子供が産まれてからは話し合った末由愛は仕事をやめることにした。由愛は特別仕事に思うことは良くも悪くもなかったらしく、子供と過ごせる時間が増えると嬉しそうだった。
そこからはあっという間だった。首が座るまで目が離せなくて必死だったというのに気付いたら立っていて、歩いて、ランドセルを背負って、制服になり、バイトに出るようになり、大学に進学し、2人とも結婚した。そして、いつの間にか互いのことを母さん、お父さんと呼ぶようになっていた。
はっと目が覚めた時には、孫が産まれ、俺たちは70歳手前だった。妻は…出会った頃を思い出すと本当によく長生きしてくれたと思う。けど、それでも、目の当たりにすると受け入れられないものがある。
「母さん…由愛…由愛…早く、ないか? もう置いていってしまうのか…?」
母さん…いや、由愛の周りは息子の優斗、娘の那雪、そしてその家族たちが取り囲んでいた。
…ありがとう、由愛。たくさんの愛をくれて。2人もの子供を産んでくれて。
俺と出会ってくれて、ありがとう。
ピッ、ピッ、ピッ、という音が不穏になってきた。…最後の時が、近いのだろう。孫たちは小さく、あまり理解できてないようだった。その時、由愛の口が動き、振り絞るようにして話し出した。
「…っ、お父さ、……律。ありがとう、ね。こんな、わたし、を愛してくれて。見つけてくれて、あり、がと…みんな、ありがと、ね。優斗、那雪、わた、したちのところ、来てくれて、ありがと、ね、…ふふ、ちびっ子、たちも大きく、っ…なるのよ。」
「ママ…ママ待って! やだ! まだ、この子たちの制服見せてれないでしょ! ママ! 待ってよ! また…これからもよくできたねって、褒めてよ…」
「母さん! ……っ、今まで、ありがとう。僕の反抗期は褒められたものじゃなかったし、大変だったと思う。なのに、見捨てないでくれた。ありがとう……、……早いよ、母さん」
「おばあちゃん?? どうしたの? 眠いの? なんでよー、まだ話そうよ」
「ばあば、手、冷たいよ。大丈夫…?」
どんどん視界が滲んでいく。由愛の姿をはっきりとみたいのに見えない。由愛、由愛…
「律…大好きよ。これまでも、これからも」
「ああ、俺もだ。だから、由愛、待ってくれ、まだ逝かないで……」
「…ふふ、幸せでした。ありがとう。愛してるわ」
「俺も、愛している…」
由愛は、苦しむことなく眠るように息を引き取った。それでいい。それでいいんだ。由愛は中学のころ自殺しようとした。それと比べれば、穏やかにそちらに送れたんじゃないかと思う。
由愛の棺桶は、由愛が好きだった花、服、お菓子、みんなからの手紙で埋め尽くした。
由愛、ありがとう。心配しないで、もう少しそっちからお義母さんとお義父さんたちと見守っていてくれ。俺は、君に土産話がたくさんできるように、頑張って生きるよ。
「父さん…ありがとう」
お義父さんが亡くなって10年が経った。お参りに来た優斗の顔をのぞき見る。
「…行こうか」
「…もういいの?」
「うん」
Fin.
作中に出てきた優斗は、作者の拙作「勘違いで合コンに行ったらスパダリに捕まった話」の優斗です。最後の視点は、優花視点です。もしよろしければ、そちらの作品も見ていただければ幸いです。




