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フロートゼ魔法学院の恋愛簿  作者: Iriwo
文学少年とダウナーギャル
3/3

静かな風が止む場所で

「なあ。最近さ、ククリ昼休みにいなくならねえ?」


 昼休み直前、後ろの席の男子たちがそんなことを話しているのを耳にした。


「確かに。んで終わる直前に帰ってくるよな」

「まさか彼氏とか?」


 いつもの軽口。いつもの、根拠のない噂話。

 それなのに、胸の奥がわずかに冷えた。


 ——その日、第二図書室にククリはいなかった。

 窓際の一番奥の席に座り、本を開く。

 だが文字を追っても、内容が頭に入ってこない。

 ページをめくる音だけがやけに大きく響く。


 ……今日の四十分は、驚くほど長かった。


 翌日も、その次の日も、ククリは来なかった。

 図書室は元の静けさを取り戻している。そのはずなのに、僕の中だけが落ち着かない。


 ——迷惑だっただろうか。


 かぶりを振って追い出そうとしても、そんな考えが浮かんでは消え、消えては浮かんだ。


◆ ◆ ◆


 ククリが図書室に来なくなって五日目の昼休み。

 なぜか少しだけ重い足取りで、今日も僕は図書室に向かう。

 扉に手をかけた時に無意識に吐いたため息に自分で驚く。

 思考を切り替えようと、今日読む本を思い浮かべながら扉を開く。


 ——そして、いた。

 いつもの席に、ククリが座っていた。


 だが、いつもと違う。

 机に突っ伏しているが、肩が小さく上下している。

 眠っている、わけではなさそうだった。


「……ククリさん?」


 遠慮がちに声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げる。

 その目が、少し赤かった。


「あ、ジュダ」


 いつもの気だるげな声。でも、どこか掠れている。


「……最近、来てなかったですね」

「……うん」


 それだけ言って、二人とも視線を落とす。

 ……沈黙。

 耐えきれず、僕は尋ねた。


「……何か、あったんですか」


 ククリはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと溢した。


「……噂、出ててさ」

「噂?」

「私が、誰かと付き合ってるって」


 ドクンと、胸が嫌な音を立てた。


「否定するの、面倒で。でも、放っといたらさ、クラスで……色々言われるでしょ。だから、昼、避けてた」


 そう言って、彼女はほんの小さく笑った。

 まるで、「ごめんね」と、そう伝えるように。


「ジュダと一緒にいるの、見られたくなかった」


 ズキリと、その言葉が胸に刺さる。

 だが、次の一言がさらに深く僕の胸を刺した。


「巻き込みたくなかったから」


 僕は、しばらく言葉を失った。

 何を言えばいいのか、わからない。


 そこでふと、気づいた。

 彼女の周囲の空気が、わずかに揺れている。

 微風。だが、今まで見たどの生活魔法よりも安定していて、柔らかい。


「それ……」

「あー、これ?」


 ククリは指先を軽く動かす。


「私の固有魔法。近くにいる人に、自分の感情をちょっとだけ流しちゃう」


 纏う微風はただの風じゃない。

 そこに混じる気配、温度、重さ。

 ククリの感情が、ほんの少しだけ感じられる。


「うまく使えば友達づくりには便利なんだけどさ……好きな人には使いたくないんだよね」


 静かな声だった。

 風が、僕の頬を撫でる。

 その風にあったのは、不安と、戸惑いと——期待。


「……ククリさん」


 言葉を切り、僕は深く息を吸った。


「僕は、巻き込まれてもいいです」


 彼女は少しだけ目を見開いた。


「あなたと一緒にいる時間が、僕は好きです」


 声が、少し震える。


「図書室で、何も話さなくても、同じ場所にいるだけで」


 胸が苦しい。でも、止めない。


「それがなくなる方が、僕は嫌です」


 ククリは目を見開いたまま僕の言葉を聞いていた。

 やがて、ふっと息を吐く。


「……ずる」

「え?」

「そんな静かな言い方でさ……」


 独り言のようにぽつりと呟き、彼女は立ち上がる。

 そして、僕の前に立った。


「……ううん。ずるいのは私の方だ」


 ——風が止む。


 さっきまで流れていた感情の気配が、完全に消える。

 ククリが、真っ直ぐに僕を見た。


「私も、ジュダといるの、好き」


 少し照れたように、けれど、はっきりと。

 派手な演出も、劇的な魔法もない。

 だけど、胸の奥がじんわりと暖かくなるような、そんな言葉。


 午後の授業の鐘が鳴る。


「……明日も」


 僕が言う。


「うん」


 ククリが頷く。

 もう、それだけで十分だった。



 ——第二図書室の、窓際の一番奥。

 そこはもう、ただの特等席じゃない。

 二人で静かに恋を育てる場所になった。



 「フロートゼ魔法学院の恋愛簿」

 最初の一冊は、こうして静かに書き終えられた。

 だが、二人が紡ぐ物語はきっと、これからもずっと続いていく。

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