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フロートゼ魔法学院の恋愛簿  作者: Iriwo
文学少年とダウナーギャル
2/3

紡ぐ日々、動く心

 第二図書室で初めてククリと会話をしたその翌日から。

 昼休みの四十分間、第二図書室の窓際の一番奥の席は、「僕の特等席」から「僕たちの特等席」になった。


 特別な取り決めがあったわけじゃない。

 声をかけられたわけでも、約束をしたわけじゃない。

 ただ、昼食を終えて僕が図書室に向かうとすでにククリがそこにいて、あるいは僕が先に座っていると少し遅れて彼女がやってくる。

 それだけのことだ。


 最初は気まずさもあった。

 彼女は本を読まない。

 ただ机に突っ伏したり、窓の外を眺めたり、時折爪や髪をいじったりしている。


 会話も毎日あるわけじゃない。


「今日寒くない?」

「ちょっとだけ」

「そうだよね」


 それで終わりの日もあれば、


「その本、前の続きのやつ?」

「いえ、別の短編集です」

「へー」


 それで終わる日もある。

 それでも、不思議と「気まずい沈黙」にはならなかった。むしろ、会話がない時間の方が自然だった。

 まるで同じ空間でそれぞれ別のことをしているだけの、昔からの知り合いみたいに。

 ……いつの間にか、僕はそれをひどく心地よく感じていた。


◆ ◆ ◆


 ある日のことだった。

 この日は窓の外で雪が降り、一月の気候に加えてさらに寒さが増していた。

 真後ろにある図書室の暖房はついているが、わずかに窓から漏れ出る冷気が直接こちらに伝わってくる。

 ページをめくる指先がわずかにかじかんでいるのを自覚した、その時。


「寒い?」


 ククリがいつになくこちらを見ていた。


「……少しだけ」

「ん」


 そう短く返事をすると、彼女は指先を机の上に置き、軽く息を吐いた。

 次の瞬間、背中から吹いた暖かく柔らかい風が僕の指先に触れた。


「指が寒そうだったから」


 ククリはなんでもないことのように窓の外を見ている。


 生活魔法。

 風の向きをほんの少しだけ調整する。それだけのことだ。

 学院の生徒なら誰でもできるレベルの、小さな魔法。

 それでも——


「ありがとうございます」

「ん」


 それきり彼女は何も言わなかったが、その横顔はどこか満足そうに見えた。

 ……気のせいかもしれないけど。


◆ ◆ ◆


 クラスでは、相変わらず僕とククリは交わらない。


 彼女は彼女で女子の輪の中心にいて、男子とも適度な距離感で話している。

 笑うときは笑うし、気だるそうな表情のまま冗談を言うこともある。

 僕は僕で、窓際の席で静かに授業を受け、クラスのみんなとも必要最低限の会話しかしない。


 昼休みの図書室のことを知っているのは、今のところ僕と彼女だけだ。

 その「秘密」が、妙に僕の胸の奥をくすぐる。


◆ ◆ ◆


「ねえ、ジュダ」


 その日、ククリは珍しく僕の本を覗き込んできた。


「恋愛もの、好き?」

「……ジャンルでいえば、あまり」

「ふーん。でも詩は読むよね」


 今僕が読んでいるのは「レイシャ・ノワール詩集」。多くの詩が収録されているのだが、その中にはもちろん恋愛に関するものもある。


「僕は人で読むことが多いので」

「ふーん」


 そう答えると、ククリは少し考えてから言った。


「ちなみにさ、ジュダ的に一番いい恋愛ってどんなの?」


 突然の質問に僕は息を呑む。


「……どうしてそんなことを聞くんですか?」

「気になったから」


 それだけ言って、ククリは僕の答えを待つ。

 僕は眉間に皺を寄せて言葉を探した。


「……静かなもの、でしょうか」

「静か?」

「お互いの邪魔をしないで、でもいなくなると困る、みたいな」


 言葉にしてみて少し恥ずかしくなる。自分でも随分と理想論だと思った。

 ククリは目を瞬かせ、それからふっと小さく笑った。


「それ、いいね」

「……そうですか?」

「うん。わかる」


 その一言が胸にすとんと落ちた。

 誰かに理解されることに、慣れていなかったせいかもしれない。


◇ ◇ ◇


 その日の帰り道。

 校門を出たところで偶然ククリと並ぶ形になった。


「あれ、ジュダ」

「……偶然ですね」


 夕方の風が彼女のプラチナブロンドを揺らす。

 先だけ染められた青色が、夕焼けに溶けるように淡く光っていた。


「ジュダ」

「はい」

「明日も、来る?」


 それは質問じゃなく、当然の前提を確認するような問いだった。


「……はい」

「そっか」


 それだけ言って、彼女は軽く手を振り別の方向へと歩いていく。


 その背中を見送りながら、僕は思う。


 この気持ちは、恋なのか。

 それとも、また別の感情なのか。


 答えはまだわからない。

 けれど、明日の昼休みを少しだけいつもより楽しみにしている自分がいることだけは確かだった。


 しかし、変化は唐突に、けれど当然にやってきた。

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