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とある教師の日記 / 著者不明・編者レサトステ・イマベシュ  作者: 夕藤さわな


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9/12

8月

【8月2日】

 妻が昼も夜も食べてくれた。やっと。

 行商組合の使いだという者が小包を届けてくれた。行って帰ってくるだけになってしまったあの旅で世話になったシナーの青年。彼が人族のフリをして潜入しているユフフムから私の娘にと乾酪かんらくを送ってきたのだと。アイエネの好物。パンに挟んで食べるのが特に。病気のあの子に食べさせたいとあの旅で話したのを覚えていてくれたのだろう。

 事情を知っているのだろう。使いの者は気まずい顔をしていたが話を聞いていた妻が言ったのだ。せっかくだからパンにはさんで食べましょうかと。パンはほんのわずかしかない。久々の食事で妻はほんの1口、2口しか食べることはできなかった。それでも、こんなに心満たされる食事は久々だった。本当に、久々だった。

 使いの者に彼には娘の病気は治ったこととお礼をよくよく、ただ、それだけを伝えてほしいと頼んだ。彼が帰ってきたら私に出来得る限りのお礼をしなくては。


【8月6日】

 ネーナムにやつら勇者一行が現れて約半月。この暑さで放置された死体がひどい臭いを放っている。埋葬するのに男手が欲しいと肉体労働とはとんと縁のない私にも声がかかった。元々、避難してきた者たちで過密状態だがウルクスル、さらにはシュピリからも続々と避難民が押し寄せている。瘴気が届いていない貴重な街。しかも、すでにやつらが通り過ぎた街。ネーナムは打ち捨てておくには勿体ない街だと魔王城に引きこもる無能な方々も思ったようだ。

 ネーナムに発つ前にズウォッティの見舞いに行った。私が具合を尋ねるより先にあの子はアイエネの具合について尋ねてきた。アイエネが元気になったらあの子といっしょに見舞いに来る。そう告げるとズウォッティは嬉しそうに笑っていた。嘘をついてはいけない。そう子供たちに教えてきたというのに、私は。


【8月10日】

 元々、力仕事は得意としていないがそれにしても。あまりにも体が思う通りに動かない。ネーナムに到着してからずっと墓穴を掘り、腐敗して悪臭を放つ遺体を投げ入れる作業。ひどい空腹のせいでスコップを一振りするだけで眩暈めまいがする。非業の死を遂げた者たちをいたむ余裕も、遺体の損傷のひどさに眉をひそめる余裕もない。慢性的な食糧不足は街に避難民が押し寄せてから徐々に悪化し、いまだ続く大問題。今回の労働の対価として配給されるのは質の悪い小さなパン1個。1食1個ではない。1日1個。こんなまずいパンを1日1個。それでも、多くの者たちが大喜びで食べているのだから事態は深刻。かく言う私も大喜びで食べている者のひとり。


【8月14日】

 息絶えた親に泣きもせず寄り添う子供を見かける。この街だけではない。避難民が押し寄せてきてからの私たちの街でもよく。残念なことにすっかり当たり前になってしまった光景。そんな異様な光景にすっかり慣れてしまった私たちだが今日、見た光景には戦慄を覚えた。

 死んでから1日と経っていないだろう女性にしがみつく5才頃の子供。あまりにも薄汚れ、痩せ細っているせいで男の子か女の子かもわからない。その子が母親だろう女性の胸に顔を埋めて口をもごもごさせている。最初、空腹に耐えかねて赤子のようにお乳を吸っているのだと思った。しかし、実際には柔らかな乳房の肉を噛み千切り、食べていた。

 慌てて止めるとその子は不思議そうな顔で言った。でも、あいつらはパパを食べていたよ、と。あいつら。勇者一行。やつらは私たち魔族を食べている。きちんと下処理をして、香辛料をたっぷり振りかけて焼いて、スープで煮込んで。空腹に耐えかねてではなく当たり前の食事の風景の一部として。食材の一つとして。私たち魔族を食べている。そして、それを見た子供が学習している。親を、兄弟を、同胞を、食材なのだと学習している。

 私は――私たち魔族はこれまで自身が生き延びるためにやつらを倒さねば、殺さねばと思ってきた。しかし、事態はもっと深刻なのかもしれない。シナーの彼のように例え、命を落とすことになるとしても危険を冒さなければならないのかもしれない。子供たちの未来のために。


【8月17日】

 ネーナムでの作業が終わった。久々の私たちの街、私の家。虚ろな目の者たちばかりで街は灰色。帰ってきたという安堵感よりもすっかり変わってしまったという落胆の方が大きい。妻が微笑んで出迎えてくれたことが唯一の救い。


【8月19日】

 いたずらズウォッティ、あの子が死んだ。そして、彼の母親も。見舞うためにあの子の家を訪れ、息絶えているところを見つけた。この街に帰ってきたとき、長くはないとわかるほどの怪我を負っていたズウォッティ。あれからひと月。よく頑張った。横たわるあの子を見守るように母親は首をくくっていた。ズウォッティの姉と弟はネーナムに輸送され、そこで死んだ。病気のせいか、やつら勇者一行に殺されたのかはわからない。もう何年も前に夫を事故で亡くし、女手一つで子供たちを育て、その子供たちを一時いちどきに亡くした。自ら命を絶つことは決してやってはならないことのひとつだと教師として生徒たちに教えてきた。しかし、彼女を前にして私は同じことを言えない。私が教えてきたことはなんだったのか。今となっては何の役にも立たない綺麗事ばかり。


【8月23日】

 人族の言葉がわかるシナーがやつら勇者一行の話を盗み聞きしてわかったこと。やつらは魔物や私たち魔族を殺すことで力を得ている。例えば、小型の魔物数百匹で魔法使いは火球魔法を、私たち魔族数万名で回復役は死者蘇生魔法を覚えた。悪魔に、あるいはやつらの神に捧げられる生贄。魔王陛下を倒すための力を得るまでやつらは生贄を捧げ続ける。私たち魔族を殺し続ける。

 隠し部屋を作る職工が再び大忙し。7月頭に流行ったのは大切な物を隠すための部屋。今、流行っているのは自分自身と大切なを隠すための部屋。命を懸けたかくれんぼに勝つために隠し部屋を作らせている。


【8月24日】

 行商組合の組合員に読み書きを教える約束は果たせていない。しかし、帳簿の記帳の手伝いは時々。その礼にと干し肉をもらって帰ってきた。久々の肉。妻も喜んでくれると思ったが見せた瞬間、嘔吐。食べたくも、それどころか見たくもないと。理由を聞くとやつらはアイエネをスープにしたのかと妻。心臓が止まるかと思った。ネーナムで見たあの子供。母親の乳房をむあの子供の話も、子供から聞いたやつらの話もしていない。しかし、目撃しているのはあの子供だけではないはず。目撃した者から話を聞いたのは私だけではないはず。避難者からも似たような話を聞いた。どこから聞いたのか。誰から聞いたのか。まさか。そんなわけない。咄嗟とっさにそう答えたが妻はどう思っただろうか。そう答えるのは正解だったのだろうか。


【8月29日】

 例え、命を落とすことになるとしても。そう考える者は私以外にもいたようだ。私との違いは彼ら彼女らがすでに行動を起こしていること。

 やつら勇者一行はウルクスル、シュピリの住民の命を生贄として捧げ、今はイザイェ〔王都の西に位置する街。王都に次ぐ大きな街であり、多くの市民級魔族が暮らしていた5大都市の1つ〕の住民の命を狙っている。ウルクスルもシュピリもイザイェも魔王城に引きこもる無能な方々が何かしてくれるとはもう少しも期待していない。中央軍第1部隊は絶対に魔王陛下殿のおそばを離れない。魔王城の連中にとって魔族とはすなわち魔王陛下とその血族のこと。連中が思う〝魔族〟と連中自身、連中の家族が無事なら市民級魔族がいくら死のうと構わない。

 そして、やつら勇者一行も市民級魔族を軽視している様子。中央軍の兵士たちを相手にするときのように範囲攻撃魔法を使うことはほとんどない。しかも街中には身を隠すのに適した建物がいくらでもある。建物の影から隙をついて飛び出し、やつらに――特に死者蘇生魔法を使う回復役に迫り、あらかじめ体にくくりつけておいた爆弾で自爆する。命を懸けた攻撃はやつらを殺すには至っていないものの、幾度となく深い傷を負わせている。失敗を繰り返し、改善を繰り返し、やつらを追い詰めている。きっと、間違いなく。

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