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とある教師の日記 / 著者不明・編者レサトステ・イマベシュ  作者: 夕藤さわな


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8/12

7月

【7月1日】

 立て続けに中央軍が敗北したせいだろう。街の雰囲気は最悪。王都を目指す勇者一行は十中八九、この街にやってくる。それが多くの者の見解。そのため金銭的に余裕があったり、伝手つてがある者は王都をはさんで反対側にあるシュピリ〔王都の北に位置する街。王都に次ぐ大きな街であり、多くの市民級魔族が暮らしていた5大都市の1つ〕に引っ越したり避難したりしている。空き家、留守宅に勝手に侵入して我が物顔で暮らす避難者たちも。今朝、不運にもそんな無法者と鉢合わせしてしまった老夫婦が殺された。しかし、これは氷山の一角。中には殺した住民を庭に埋め、完全に家を乗っ取ってしまった者もいるという噂。


【7月3日】

 行商組合から連絡。思ったよりも早く〝次の仕事〟の機会がやってきた。アイエネのことは妻に託し、昨夜遅くに街を出発。荷馬車で国境の方角へと向かう。シナーが半数以上。1名は全く人族と見分けがつかない姿。重度の皮膚病患者のように頭以外の毛がない。どうしても嫌悪感を覚えてしまう姿。しかし、話をしてみるととても気さくな青年。そういう見た目だからこそ努めて気さくに接する癖がついているのかもしれない。道中、彼から仕事の内容を教えてもらう。

 瘴気のせいで住民がいなくなった街の畑や倉庫から食料や物資を回収するのがシナーたちの役目。シナーたちが運び出した荷物を瘴気がまだ薄い街から私たちの街へと運ぶのが私の役目。これらの荷物は回収不能、存在しないことになっているため税をかけられることも、一部を上納する必要もない。バレさえしなければ。

 避難者が押し寄せたことで食料や薬、あらゆる物資が不足しているのだと思っていた。よく考えればわかること、当然のことなのに。避難してきたのは畑を耕し、小麦をき、私たちの街に売りに来ていた者たち。手入れがされない畑は荒れ、製粉機には蜘蛛の巣が張る。今、倉庫や畑にある物を回収した、その後は? 想像するだけで暗い気持ちになる。


【7月4日】

 王都とは反対方向に向かう職工と度々、すれ違う。その方向はやつら勇者一行が迫っているはずなのになぜ? 不思議に思っていると例のシナーの青年が教えてくれた。なんでも富裕層のあいだで隠し部屋を作るのが流行っているのだとか。

 勇者一行は無遠慮にも屋敷に上がり込んで家中を漁る。目的はフィリオの葉。死者蘇生魔法を使うのに必要らしい。人族の領地では貴重なようだが私たち魔族にとっては当たり前のように台所にある物。そのフィリオの葉を狙って屋敷を漁り、ついでに宝石や毛皮、美術品なんかも盗んでいく。住民がいても逃げるどころか襲い掛かってくる。殺された者も数えきれない。だから、やつらに奪われて困る物は隠し部屋に隠しておき、やつらがやってきたらさっさと避難する計画。

 しかし、単純な隠し場所ではいけない。なにせ、やつらはよそ様の家を破壊することに躊躇ちゅうちょがない。タンスの中身を引っくり返す、水瓶みずがめを叩き壊すなんて当たり前。テーブルを引っくり返し、床板をはがし、壁を叩き壊して隠された宝がないか、隠し部屋がないかを探し回る。

 大切なのは床板や壁をいくらかはがされ、いくらか叩き壊されたとしても、これ以上やっても何も出てこなさそうだと思わせること。やつらをだます技術、演出。腕とセンスの良い職工たちは大忙しなのだとか。


【7月6日】

 私が下ろされたのはセッルマ。ユフフムとセグテーベの中間にある街。私のような純血の魔族が瘴気で窒息せずにすむ限界がこの街なのだそう。それでも息苦しさを感じる。

 到着するなり重苦しい雰囲気。シナーたちが向かう予定だったグマレンに人族の姿があるらしい。ユフフムにはすでに人族が暮らしている。倉庫も畑も燃やされ、回収する予定だった荷物はなくなってしまった。

 もったいないことをと思っているのが顔に出ていたらしい。例のシナーの青年が教えてくれた。人族にとっては魔族の土、空気、水で作られた物は毒が入っているようなものなのだと。

 結局、仕事らしい仕事をしないまま引き返すことに。


【7月10日】

 1週間ぶりに私たちの街に帰ってきた。行商組合は約束の後払い分の食料をきちんと渡してくれた。口止めのために共犯関係を成立させることが目的。お代はきちんと貰っているから遠慮なく持っていってくれと。負い目を感じるのなら時間があるときに組合員たちに文字を教えに来てくれとも言われ、遠慮なく受け取ることに。

 アイエネの体調はずいぶんよくなっていた。熱は下がり、少しずつだが食べられるようになっている。ただ行って帰ってくるだけの旅の途中に幾百の亡骸なきがらを、幾千の近いうちに亡骸になるだろう者たちを見た。ずいぶんと元気になった娘を抱きしめるまで生きた心地がしなかった。それと同時に旅の途中や目的地で聞いた話を思い出して不安になる。この先、私は娘と妻を守り切れるだろうか。


【7月11日】

 わずか数日、街を離れていただけだが様々な出来事が。妻から聞いた話。中央軍第2部隊が勇者一行を討つために魔王城を発ち、全滅。やつらは一歩、また一歩と王都に、私たちの街に近付いてきている。病気の者たちをネーナム〔著者が暮らす街・セグテーベから国境の方向に2つ隣にあった街〕の病院に輸送、治療を受けさせると魔王城からの通達。それらしいことを言っているがていのいい追い出し、隔離。私たちの街に蔓延まんえんする病が王都に入り込むことを恐れているのだ。ネーナムで元々、暮らしている住民に指示はないが自主的に避難する者も多いよう。

 亡くなった者たちのなんと多いこと。避難者はもちろん、避難所の職員、近所に住む者。生徒の親族や、生徒本人も。多くは病気、飢餓。中には強盗に遭って殺された者、そのときのケガが原因で亡くなった者も。

 生徒たちを避難させる案が出ている。保護者の親族がテウェトに広い別荘を持っているそう。王都をはさんで反対側にある、国境から一番遠くにある街・テウェト。やつらが魔王城と魔王陛下を目指していること、病気を理由にろくな治療も看病も期待できない場所に隔離されようとしていることを考えると今、選べる最善の選択肢のように思える。かつて毎朝のように正門前のベンチに座り、子供たちが通学して来るのを見守っていたアゼエラばあさん。彼女もテウェトに、テウェトの先にあるゴルァルタの森に避難するようにと言っていた。彼女の助言は正しかったのかもしれない。彼女の助言をもっと早くに聞き入れるべきだったのかもしれない。

 妻から話を聞いてすぐに校長の自宅を訪れたがタイミング悪く留守。今夜、改めてお邪魔することに。


【7月13日】

 ネーナムに輸送される病者リストにアイエネの名前が入っていることがわかった。確かに長いこと熱に苦しめられた。でも、もうほとんど治っている。ネーナムに輸送する必要なんてない。

 医師に治癒証明書を書いてもらい、リストから名前を削除してもらえるよう輸送担当者に頼みに行った。何か付け届けを持っていきなさいと医師にアドバイスされたが、なるほど。事情を説明しても証明書を見せてものらりくらりとした反応。ところが干し肉を出した途端にあっさりと頷いてリストに載っているアイエネの名前に横線を引いてくれた。アイエネがリストから削除されてほっとしたが、同時に不安にもなる。この街は、この国はこんなにも腐ってしまったのか。

 輸送担当からの帰り道、行って帰ってくるだけになってしまったあの旅で世話になったシナーの青年と会った。彼を含め、人族と見分けがつかない姿のシナー数名でユフフムとグマレンに人族のふりをして潜入するのだと。運が良ければまだ燃やされていない荷物を回収できるかもしれない。運が悪ければ命はない。拷問されて殺されることになる。

 シナーの立場はとても弱い。学校に通えず、真っ当な仕事に就くことも難しい。迫害されていると言っていいだろう。それなのになぜ、この社会のために危険を冒すのか。だからこそだと彼は答えた。運が良ければ自分のため。運が悪くても若いシナーの未来のため。

 帰ってきたら読み書きを教える約束をして彼と彼ら彼女らを見送った。


【7月14日】

 生徒たちを避難させる計画がなかなか進まない。原因はネーナムへの輸送計画。ネーナムに輸送する予定の病者たちが逃亡をはかろうとしているという噂が広まって輸送担当たちが神経質になっている。どこに逃げようと構わないが王都に逃げられたり通り抜けられたり隠れられたりしたら上から大目玉を食らう。そんなわけで街の出入りが厳しく制限された。生徒たちの避難はネーナムへの輸送が完了してから実行するしかない。病床リストに名前が載っている生徒もいる。輸送の途中で逃亡させるか、避難が決まってからネーナムまで迎えに行くか。


【7月15日】

 病者リストに名前を載せられている者たちが列をなしてネーナムに向かう。子供が病者の場合、親は輸送担当者を押しのけて病気の子供についていく。親が病者の場合は悲惨。祖父母や親族、近所の者に子供を預けていくことになる。小さな子供が親を呼び、置いていかないでと泣き叫ぶ声が響く。病気のせいか、飢餓のせいか。骨と皮だけになった者たちがふらふらとした足取りで街を出ていく様子はゾンビかミイラの行進。ボロボロ、垢だらけで黒ずんだ衣服。頭どころか全身シラミだらけ。ほとんど裸足の者も。哀れに思うがあの列にアイエネが加わらずに済んでよかったとほっとしている自分もいる。

 いたずらズウォッティ、あの子の姉と弟もネーナムに向かう列にいる。だというのにあの子は私を見つけるとアイエネについて尋ね、元気になったと知るとよかったと笑ってみせた。


【7月20日】

 ネーナムへの輸送が完了したからか。厳しく制限されていた街の出入りがかなり緩んだ。明日、生徒たちの避難を実行することに。突然の知らせに泣き出す保護者も。早く避難をと言っていた保護者の中にも泣き出す者が。気持ちはわかる。私もアイエネを送り出すのがつらい。しかし、やつらは迫っている。子供たちだけでも早く避難をさせなくては。


【7月21日】

 街の出入りが比較的自由になったとはいえ大勢で動けば警戒されたり止められたりするかもしれない。東門を出てすぐの場所に時間をずらして待ち合わせ。見送りも最低限。妻とアイエネは玄関先で別れを済ませた。男親1名が付き添い、友達同士、近所に住む生徒同士で連れ立ってやってくる者がほとんど。女性だけ、子供だけで街を歩かせることはできない。かつての平和で穏やかな私たちの街はもうない。避難先であるテウェトに付き添うのは教師5名。ネーナムに輸送され、隔離されている生徒やその兄弟たちを迎えに行き、テウェトに送り届ける役が教師2名と養護教諭1名。連絡係、手が足りない場合の補助としてこの街に残るのが校長と私の2名だ。他の生徒、他の保護者の手前、テウェトへの引率役は遠慮した。本当は病み上がりのアイエネに付き添いたいのだが。

 パンに水筒、我が子がこれからの季節を快適に過ごせるようにとあらゆる季節の服をありったけ詰め込んでいるものだからどの生徒のリュックも丸々と太っている。アイエネのリュックもパンパン。今となってはどれほど役に立つかわからないがお金もあるだけ持たせた。病み上がりのアイエネにこの大荷物、何日にも渡る徒歩での移動はつらいのではないか。心配する私をよそにいたずらズウォッティが娘のリュックを持ってくれていた。感謝はする。だがしかし、その程度で父親たる私はほだされたりはしない。


【7月23日】

 ネーナムに輸送、隔離されたら最後。逃げるか病気で死ぬまでネーナムの外に出ることもこの街に帰ってくることもできない。そんな悲壮な気持ちで見送った病者たちが今日、帰ってきた。それも病気は治って元気いっぱい。あかもシラミもなくきれいさっぱり、すっきりした様子で。

 なんでもネーナムに現れたやつら勇者一行がゾンビかミイラと勘違いして病者たちに回復魔法をかけたのだとか〔人族が使う回復魔法にはアンデッドを浄化、消滅させる力がある〕。ゾンビかミイラのようだった病者たちは病気も飢餓も、遥か昔に負った傷すらも完全治癒。元気いっぱい逃げ出し、あるいは反撃してくるものだからやつらはびっくり。訳が分からないまま袋叩きの目に遭った。久々に胸のすく話題にネーナムから帰ってきた者たちはどこでも引っ張りだこ。あちこちで酒を奢られ、食べ物や菓子を振る舞われ、やつらの笑える話を披露してまわっている。

 ネーナムから避難先のテウェトに向かう予定の生徒や同僚たちはどうしているだろう。運良く勇者一行に遭遇して回復魔法をかけてもらえていると良いのだが。


【7月25日】

 いたずらズウォッティ、テウェトに向かったはずのあの子が帰ってきた。王都を突っ切れないためにぐるりとまわり道をしてテウェトに向かうその途中、やつら勇者一行に遭遇したらしい。皆、殺されてしまった。67名の生徒も、その子たちを引率する5名の教師も。生き残ったのは俺たちだけ。でも、彼女だけでも無事にお父さんとお母さんのところに連れて帰れてよかった。そういうズウォッティが握りしめている手は肘から先がない。だけど、それをズウォッティに伝えられる者は誰もいない。彼の母親も、私たち夫婦も。連れて帰ってくれてありがとうと妻はズウォッティを抱きしめた。

 薄桃色のカーディガン。夏用の、薄手の。元々は妻の誕生日に私が贈った物。アイエネがずっと欲しがっていた。テウェトはここよりも少し涼しいと聞いて持たせたのだ。前夜、着ていくと言うアイエネとリュックにしまって行きなさいと言う妻でケンカになった。結局、リュックに入れて行ったはずなのに。一体、アイエネはどこで取り出して着たのだろう。ママの言うことを聞かない困った娘。


【7月26日】

 ネーナムに輸送、隔離された病者の家族たち。勇者一行に回復魔法をかけられて元気いっぱいで街に帰ってきた元病者たちを見て希望を胸に親を、伴侶を、子供を、兄弟を迎えに行った。そこで見たのは焼かれ、バラバラに斬り刻まれた死体の山。帰ってきたのはほんの一握りの運の良い者たちだけだった。他の者たちは見分けもつかない悲惨な状態。私の親は、伴侶は、子供は、兄弟は、きっと生きているとネーナムを探し回り、彷徨さまよい、いまだに帰ってこようとしない者も。

 この惨劇の目撃者であり数少ない生存者の言葉でわかったことがある。王都を真っ直ぐに目指すと思われたやつら勇者一行はネーナムの街を壊滅させたあと東へと向かった。王都に出入りしている行商からの情報では現在、ウルクスル〔王都の東に位置する街。王都に次ぐ大きな街であり、多くの市民級魔族が暮らしていた5大都市の1つ〕がやつらの攻撃を受けているという。

 やつらは王都を真っ直ぐに目指すだろう。そんな私たち教師や保護者の予想は外れ、アイエネや生徒たち、引率の教師たちはやつらと鉢合わせた。もっと早くに、あるいはもっと後に避難させていたら。いっそ避難などさせない方が、もしかしたら。


【7月31日】

 7月が終わる。アイエネをどうするべきか、いまだに決められずにいる。妻は変わり果てた姿の娘を胸に抱きしめたまま。もう何日も、ほとんど何も口にしていない。声をかけても返事もない。生徒67名と引率の教師5名の合同葬をという話も出たが多くの者たちがまだそんな状態ではない。我が子だけはズウォッティのように逃げることができたかもしれない、まだどこかで生きているかもしれない。そう信じて多くの、特に母親が我が子を探しに行った。教師たちの老いた母親も。

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