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とある教師の日記 / 著者不明・編者レサトステ・イマベシュ  作者: 夕藤さわな


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7/12

6月

【6月3日】

 子供たちと共に炊き出しの準備。教室が使えないため課外授業ばかりだ。しかし、それも近いうちにできなくなるだろう。避難者たちのあいだで病が蔓延まんえんし始めている。高熱、下痢、発疹ほっしん。流行性感冒、それとシラミが媒介となっている病ではないかと医師たち。確かに。炊き出しの列に並ぶ者たちはひどい有り様。皆、やせ細り、服はボロボロであかまみれシラミまみれ。何日も体を拭うことすら出来ていない。有志によって衣食住の提供はされているが全く足りない。行き渡らない。

 医師の手も同じ。薬や包帯が行き渡らず治療も看病も不十分なまま。息絶えた者たちが次々と街はずれの墓地に運ばれていく。身寄りがなく2日も3日も亡くなっていることに気付かれない者も。

 早く瘴気を何とかしてもらわないともっと多くの犠牲者が出ることになる。病だけではない。飢餓の危機も迫っている。


【6月10日】

 やつらの侵攻は避難者たちが次々と伝えてくれる。しかし、魔王城の動きは少しも伝わってこない。やつらを倒すために何か動いているのか。避難者たちを助けるために何か考えているのか。王都から出てきた行商を見かけると誰かしらが声をかけ尋ねる。しかし、特にそんな話は聞かないと首を横に振るばかり。


【6月13日】

 瘴気を防ぐための壁を建設する計画は絶望的。窒息の心配がなく、その中で最も国境に近い街に資材を運搬し、職工が向かったが勇者一行と鉢合わせ。多くの犠牲が出た。何十人もの屈強な荷運びや職工、彼らを護衛する兵士が束になっても歯が立たない。範囲攻撃魔法で一瞬にして1区画〔一例として、著者の暮らす街では1区画に2~4階建ての共同住宅が6~8棟建っていた〕を焼け野原にしてしまう。もう人族の領土に追い払おうだとか諦めて帰ってくれたらいいだとか、そんなことを言っている状況ではない。

 私たちに迫る危険は瘴気だけではない。やつら勇者一行もとっくに直接的な危険になっている。たったの数か月でやつらに何が起こったのか。へっぴり腰で小型の魔物を追い回していた子供がいつの間にバケモノに変わったのか。なんにせよ、やつらは早く倒さなければならない。そうしなければ避難者たちの受け入れで街はパンク。私たちセグテーベ市民の生活も立ち行かなくなってしまう。


【6月15日】

 情報が混乱している。勇者は死んだ。大きな斧を持ったやつも、攻撃魔法を使うやつも。街に常駐する兵士たちによって殺された。体をバラバラに切り刻まれ、首と頭も切り離され、あれで生きているわけがない。そんな情報が出回った次の日にはどこそこの街が勇者一行の攻撃を受けたという知らせが届く。必死に逃げ回る中、自分にとって都合の良い幻を見てしまうものなのか。それともやつら勇者一行に精神魔法をかけられたのか。


【6月16日】

 パンが買えないと青い顔の妻。ユフフムからの避難民を受け入れるようになった5月下旬以降、パンの値段はあがる一方。ひと月前は250リスティ、2週間前は500リスティ、一昨日は980リスティ、昨日はついに1000リスティ。だから、てっきりお金が足りなくて買えなかったという意味かと思った。

 パンの材料を安定して仕入れることができず、小麦粉も次に入るのがいつになるかわからない。そこで街中のパン屋で話し合い、1日に製造するパンの個数に制限を設けることにした。それをどこかから聞きつけた耳聡みみざとい者たちが買い占め、開店から1時間もしないうちに売り切れてしまったのだという。

 明日は開店前に並ぶと妻。必要最低限の物すら手に入れるのが難しくなってきた。


【6月18日】

 開店前から並んでもなお、買うことができない妻を手伝ってアイエネがパン屋の行列に並んだ。運良くパンを買うことはできたが物乞いに襲われ、買い物カゴごとパンを奪われた。物乞いを追い払い、ケガをしたアイエネを家まで送ってくれたのはいたずらズウォッティ。あの子だったそう。

 有志で行う炊き出しだけでは到底、避難者全員に行き渡らない。物乞い、略奪が横行。店から出た瞬間に群がり、取り囲み、手を差し出し、時には買い物カゴに手を突っ込み、カゴごと奪い取っていくことも。客や店主に殴られ、蹴飛ばされ、追い払われてもすぐに戻ってくる。中には3、4才の子供も。押され、転び、踏みつけられ、2度と立ち上がることのない子供もいる。しかし、誰も駆け寄って助け起こそうとはしない。あまりにも頻繁に見かける光景に気を留めることも足を止めることもなくなってきている。

 たったひと月。たったひと月で平和だったこの街がひどい有り様。荷馬車が積み荷を落としてもうちの生徒たちが拾い集めるより先に物乞いたちがすべて持ち去ってしまうだろう。避難者たちを街から追い出すべきだという声も出始めている。全てはやつら勇者一行と魔王城におわす無能な方々のせい。


【6月20日】

 中央軍第4部隊、通称・セレパルマ部隊が勇者一行を討つために魔王城を発った。ようやく! 誰が行くかで幹部4名がめていたという噂。人族の子供4名ごときを倒すために出陣するなんて我が部隊の名折れ、と言っていたかどうかは知らないがあり得そうではある。実にくだらない。さっさとやつらを倒して瘴気を防ぐための壁の建設に注力できる環境を整えてもらいたい。


【6月22日】

 ほんの2日前に魔王城を発ったセレパルマ部隊が全滅。戦果を報告するため従軍していた下っ端兵士がパニックであれこれ叫びながら私たちの街を駆け抜け、王都へ、王城へと向かったものだからこの衝撃的な情報はあっという間に広まった。魔王陛下殿は大層、ご立腹。対する我々市民の反応はおおむね2つに分かれる。怒り、あるいは失望。

 下っ端兵士が街を駆け抜けて行きながら言い残した情報にはこんなものも。前衛の勇者と戦士は何度、殺しても死なない。生き返る。回復役が死者蘇生魔法を使うのだと。勇者が死んだのを見たという避難者たちが大勢いたが彼ら彼女らは幻想を見たわけでも嘘をついていたわけでもなかった。

 殺しても死なないバケモノを相手にどうすればいいのか。


【6月25日】

 今度は中央軍第3部隊、通称・ハヴィフ部隊が勇者一行を討つために魔王城を発った。なぜ残っている全部隊で行かないのか。やつらは日々、王都に、王都の隣にある私たちの街に迫っているというのに。瘴気も、飢餓も、病も、私たちの足首を掴めるほどの距離にまで迫っているというのに。


【6月27日】

 アイエネが流行性感冒にかかった。高熱、嘔吐、下痢。平時ならそこまで心配することのない病。しかし、昨日も今日もこの病で命を落とした者たちを散々に見聞きしている。妻の表情も険しい。どうか無事に熱がひいてくれますように。


【6月28日】

 下っ端兵士たちが街を駆け抜け、王都へ、王城へと向かったのが昨日昼のこと。ハヴィフ部隊もやつら勇者一行に負けたらしい。王城に出入りする者たちの話。ハヴィフ部隊は死者蘇生魔法を使う回復役をまずは倒そうと考えた。しかし、魔法使いの攻撃魔法の範囲が広すぎて弓矢は届かず、当然のように近付くこともできない。勇者と戦士は何度、殺しても死なない。バラバラに切り刻み、肉塊にしてやっても生き返る。発狂しないのだろうか。その疑問には酔っぱらった下っ端兵士が答えてくれた。戦士は発狂しそうな気配があった。しかし、勇者が笑顔で何事か、恐らく励ましの言葉だろう何事かを呟くとつられるように笑い出すのだと。甘い言葉で正気を失わせる悪魔。それこそが勇者の正体なのかもしれない。


【6月30日】

 アイエネの熱が下がらない。薬を飲み、栄養のある物を食べ、清潔なベッドでゆっくりと休めば滅多なことでは命を落とすことのない病。しかし、今はそれらを整えてやることが驚くほどに難しい。結婚するときに妻と揃いで買った指輪を手放すことにした。そういえば今年の初めにもアイエネは感冒に罹った。あのときと比べて薬の値段は10倍以上。それでも昔からの顔なじみだから、先生のところの娘さんだからと残り少ない在庫から融通してもらえたのだから私たち家族はまだ恵まれている。

 食料は行商組合を頼った。密輸品を高値で取引しているという噂を行商をやっている生徒の保護者から聞いていたが本当だったらしい。一般の商店には並ばなくなった品々が奥の部屋から次々と出てくる。口止め料として次の仕事を手伝うことを条件に食料を購入できることになった。宝石付きの指輪一つで小麦粉と野菜、果物、干し肉を袋にたっぷり。これが前払い分。仕事を手伝ったあとに後払いとして同量を受け取る約束。

 密輸は犯罪だ。捕まれば何らかの罰を受けるし、教師の職も続けることはできない。しかし、やつらの件も瘴気の件もいつになったら解決するのかわからない現状。アイエネを助けるためにはこうするより他、手段が思い浮かばない。

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