2月
【2月3日】
1週間ほど前、国境近くの森で勇者一行らしき人族が目撃された。10代半ば、せいぜい20代前半だろうとのこと。まだ子供じゃないか! 覚束ない手付きで短剣や杖を振り回して小型の魔物を追い回しているらしい。逃げられ、反撃に遭うこともしばしば。その程度の腕で魔王陛下を倒そうとはどういう冗談なのか。勇者一行とはなんと愚かなのだろう。人族とはなんと惨いことを子供にさせるのだろう。
【2月11日】
パンの値段がついに210リスティになった。新年が始まってすぐは160リスティだったというのに。パンの値段は月に週にとあがるのに教師の給料は1年も10年も変わらない。3つ目のパンに手を伸ばそうものなら妻に手を叩かれる。このままでは餓死してしまう。勇者一行も人族もいい迷惑だ。本当に。
【2月15日】
酒屋をやっている生徒の父親から密告。うちの学校の生徒らしき子供をベルゲーシェウェン通り〔セグテーベにあった歓楽街〕で見かけたとのこと。同じ男として気持ちはよくわかるから出来るかぎり穏便に、内密にすませてやりたいと生徒の父親。同じ男として気持ちはよくわかるが生徒の保護者から、学校内の、それも職員室で報告を受け、話を聞いている同僚がいるとあってはいち教師として対応せざるを得ない。しばらく夜の見まわりをすることに。一体、どこの学年のどの子なのか。厄介事に巻き込まれていなければいいのだが。
【2月17日】
ベルゲーシェウェン通りの見まわりを始めて2日目。うちの学校の生徒らしき子供の情報は集まらないのに勇者一行の情報はどんどん集まる。酔っぱらっている行商たちの話題のほとんどがそれだからだ。あいかわらず国境近くの森で魔物を追いかけまわしているとか。最近は小型だけでなく中型も狩るようになったよう。どういう仕掛けなのか、魔物を倒すと陽気な音楽が流れ、ケガがすっかり治り、〝レーヴィルアップーオメデトオー〟と歌うらしい。
猟師が仕掛けた罠にかかって逆さづりになっていたことも。木の枝で突きまわし、散々に笑い者にしてから解放してやったとのこと。その猟師も、そんな話を広めて笑い転げている酔っ払いたちも子供相手におとなげない。
【2月19日】
酔っぱらい行商から聞いた勇者一行の話。森で偶然、木こりたちと鉢合わせ。斧を振り上げて追いかけてくる木こりに泣きながら逃げ出したとか。国境近くの森にはえる木はいずれも太くかたい。あの木を斧一本で切り倒し、軽々と肩に担いで運ぶ屈強な木こりたち。小・中型の魔物を倒すのがやっとな勇者一行にはバケモノに見えたことだろう。
勇者一行の情けない話が広まったおかげか。彼らを理由に値段をつりあげることに限界を感じたらしい。パンの大きさは今年の初め頃に戻り、値段も210リスティから200リスティに下がったと妻。
勇者一行に怯える老年者たちの奇行もすっかり聞かなくなった。70数年前の襲来がどれほど惨いものだったとして、今回の勇者一行は拍子抜けするほど弱かったのかもしれない。彼ら彼女らの心配が取り越し苦労に終わって何よりだ。だが、不安に駆られて無謀な旅に出た者や自死した者、大切な者の命を自らの手で奪った者がいることを考えるとやりきれない。
【2月20日】
いたずらズウォッティ、またあの子だった。ベルゲーシェウェン通りの見まわりを始めて数日、ついに出入りしている店がわかったのだ。ヌィクークメルという店。いわゆる娼館。
店の従業員の青年はズウォッティの友達の兄。好きな女の子に嫌われてしまったかもしれないと相談され、店の女性たちに助言を貰うべく連れて行ったらしい。気を引きたいがためにその子が父親にプレゼントした万年筆を盗んで見せびらかしてみせたのだとか。好きな子の気を引きたい気持ちはわかるがそのやり方ではダメだと店の女性たちに徹底指導され、連日のように通うことになったとか。
基本中の基本は教えたからひとまず卒業扱いで大丈夫よ、と店のナンバー1からのありがたいお言葉。バックヤードで話をしていただけ、開店準備が始まる前には帰っていたということでズウォッティに厳重注意するだけ、見事な拳骨を繰り出す母親への報告はしないでおこうということになった。いち教師としてではなく同じ男としての恩情。
好きな女の子のために努力することは――その努力の方向性に少々、問題があったとしても――素晴らしい。いち教師としては微笑ましく思う。しかし、いち父親としては複雑な心境。
【2月28日】
国境近くの森で遊んでいた子供が勇者一行に襲われ、殺害された。一緒に遊んでいた友達が必死に走って街のおとなたちを呼びに帰ったが戻ってくる頃には息絶えていたという。やつらは死んだ子供を取り囲んで陽気な音楽を流し、〝レーヴィルアップーオメデトオー〟と歌い踊っていた。
切れ味の悪い短剣や杖で散々に痛めつけられ、恐らく長く苦しんだ。我が子の変わり果てた姿を見て母親は卒倒したという。魔物を追い回している分にはまだよかったのだが。やつらは超えてはならない一線を超えた。




