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とある教師の日記 / 著者不明・編者レサトステ・イマベシュ  作者: 夕藤さわな


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1月

【238年1月1日】

 年が明けた。アイエネ〔著者の11才になる娘〕が寝ずに年を越せたと喜んでいる。妻は夜更かししてと渋い顔。今年も家族皆、病気をすることなく穏やかに、こんな風に日々を過ごせるといい。

 感冒かんぼうが流行っている。1週間もすれば冬休みが明けて学校が始まる。全員、元気に登校してくれるといいが。


【1月7日】

 休み明け初日。心配していた通りになった。担当学年では2名、学校全体では20名ほどが感冒にかかって休み。半分以上の子供が休んでいる学年もある。休みが明けたばかりだが休校も考えなければ。これ以上、休む子が増えなければいいが。


【1月9日】

 アイエネが高熱を出した。やはり流行性感冒。恐らく学校でもらってきたのだろう。今は薬を飲んで少し落ち着いている。妻が部屋に入れてくれない。感染うつって学校を休むことになったらどうするのか、他の生徒に感染うつしたらどうするのか、先生なのに! と至極真っ当な意見。だがしかし、熱を出したアイエネは〝あーん〟をさせてくれるのだ。もう子供じゃないからと普段はさせてくれない〝あーん〟を!

 しかし、妻の監視が厳しくて部屋に入れない。


【1月10日】

 生徒の父親によってもたらされたとんでもないニュース。彼は行商を生業なりわいとしている。勇者一行が国境近くの人族の国を魔王陛下を、倒すために出立したという。華々しいパレードと大勢の歓声に見送られて旅立ったそう。勇者一行は4名。わずか4名! 数千万、数億の魔族が暮らし、数千、数万の兵士が守る魔王領内を進んで王都を目指し、魔王陛下を倒すつもりだというのにわずか4名! 実に愚かなこと。


【1月13日】

 万年筆が見当たらない。去年の誕生日に妻と娘が贈ってくれた名前入りの万年筆。娘や生徒たちに物を大切にするようにといておきながらこのていたらく。情けない。もし見つけたらこっそり、特にアイエネには知られないように教えてほしいと妻に頼んだ。大笑いして了承してくれたことがせめてもの救い。


【1月16日】

 パンの値段があがったと妻。先週、買ったときには160リスティだったが今日は190リスティ。勇者一行の一報を受けて不安が広がっていることが原因とのこと。いつもは4つ目のパンに手を伸ばしたところで渋い顔をされるのに今日は3つ目で渋い顔をされた。勇者一行も人族もいい迷惑。


【1月17日】

 万年筆が見つかった。いたずらズウォッティ、あの子の仕業だった。アイエネと同じ学年の問題児。私の担当学年ではないというのに一体、いつの間に、なぜ盗んだのか。見覚えのある万年筆をズウォッティが持っているのを見つけてアイエネが問い詰め、のち、激怒。大喧嘩になり放課後の校庭はお騒ぎ。私とママのプレゼントを失くしても気付きもしないのね! とアイエネは部屋に閉じこもっている。妻がとりなしてくれているけれどいまだ部屋の扉は開かれない。あのいたずらっ子を殴ってやりたい気持ちだが、しかし、先に見事なまでの拳骨を彼の母親に披露されてしまった。いち教師としてはあれ以上、怒ることはできないし、謝罪を受け入れるより他ない。だがしかし、いち父親としては許すことはできない。アイエネが一生、口をきいてくれなかったら私はあの悪ガキを一生、許さない。


【1月21日】

 最近、よく耳にする愚かな老年者たちの話。

 とある街の老翁はお手製の爆弾を体にくくりつけて徘徊。家族や近所を恐怖におとしいれている。いわく、この身を犠牲にしてでも勇者一行を倒さねば、とのこと。

 とある街の老婆は誰彼構わず掴まえては勇者が魔王領に現れる前に死んだ方がいい、自死しろと言ってまわっていた。ところがある日からぱたりと姿を見かけなくなった。不思議に思って近所の者が様子を見に行くと家で首をくくっていた。

 幼い孫娘を手にかけた者も。かつては医者であり有徳の士だったという彼は目に入れても痛くないと豪語していた孫娘の口を枕でふさいで殺した。いたぶられ、長く苦しむよりはずっといい。責める周囲に老翁はそう言ったという。殺された孫娘もだが、愛娘を父親に殺された娘も哀れ。なんと愚かなことか。


【1月22日】

 パン含めた様々な物がまた高くなったと妻。今日、パン屋の前を通ったが190リスティで先週と変わっていなかった。それを妻に伝えると鼻で笑われてしまった。値段は変わっていないけれどひとまわり小さくなっているとのこと。勇者一行の一報により不安が広がっているせいと言っているが絶対に足元を見ているだけ、とも。商魂の逞しさにも感心するが主婦の目利きにも感心する。


【1月28日】

 高齢者施設で働いている生徒の保護者から聞いた老年者たちの話。

 足は悪いが頭はしっかりしていた老婆。勇者一行の一報を聞いてからというもの通りかかる職員、通りかかる職員に避難しましょう、避難しなきゃと言っていた。大丈夫ですよ、魔王陛下の兵士たちが守ってくれるから心配しなくていいんですよとなだめているうちに何も言わなくなり、そのうちに自分で食事を取ることもできなくなってしまった。ボケる前兆だったのかもと保護者。

 老翁たちは各々、武器を用意して勇者一行討伐に向かおうとしている。その武器と言うのが傘や杖、火かき棒なのだからたまったものじゃない。止める職員たちは一苦労。ボケてはいるが体は元気だからよけいに困るとも。必要不可欠、崇高な仕事ではあるが生傷が絶えなくて大変。


【1月30日】

 正門前に置かれたベンチに座って子供たちが通学してくるのを毎朝、見守っていたアゼエラばあさん。ここ2週間ほど見かけず子供たちも心配していたが亡くなったそう。王都に向かう道の途中で倒れ、そのまま。

 最後に会ったとき、彼女は私や他の教師、保護者たちにこう言っていた。やつらが来る前に子供たちを避難させなさい。テウェト〔旧王都をはさんで国境から一番遠くにあった街〕に、いいえ、ゴルァルタの森〔テウェトの先にある旧魔王領最果ての森〕に隠しなさいと。誰もかれも皆、適当な相槌あいづちを打っていた。しびれを切らした彼女はたったひとりでテウェトを、その先にあるゴルァルタの森を目指したのだろうか。

 大昔、70年以上前にも勇者一行が襲来したことがあるという話。当時の識字率を考えれば当然のことだが資料は残っておらず、そのときのことを知る彼ら彼女らが語ろうとしないため何があったのかはわからない。しかし、勇者一行出立の一報以来、老年者たちが取る数々の奇行を老いによるものと切って捨ててよかったのだろうか。

 備えることは悪いことではない。勇者一行の情報を少し気を付けて聞き集めてみることにする。

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