9月
【9月2日】
青い顔をした行商組合の組合員に会った。人族のふりをしてユフフムやグマレンに潜入していたシナーが次々と捕まり、殺されていると知らせが入ったそう。街中を引きずりまわされ、散々に殴られ蹴られ、生きたまま火あぶりにされていると。行って帰ってくるだけになってしまったあの旅で世話になったシナーの青年。彼も捕まって殺された。しかし、組合員が青い顔をしている理由は彼ら彼女らが殺されたからではない。彼ら彼女らが運び出し、この街に送っていた食料や薬、生きていくために必要な品々が入ってこなくなることに青くなっているのだ。今のうちに買い占められるだけ買い占めたほうがいい。いくら金を積んでも何も手に入らなくなる日が近いうちに来る。そう言って組合員は足早に自分の仕事に戻っていった。組合員の彼を薄情だと責めることはできない。なぜなら私も〝彼〟とか〝君〟とばかり呼んでいてあの青年の名前すら知らなかったのだから。
クイナヘ、それがあの青年の名前。
【9月6日】
イザイェ陥落。次にやつら勇者一行がやってくるのは恐らく私たちの街。悪魔に、あるいはやつらの神に捧げられる生贄は私たちだ。ネーナムに避難しないかと妻に聞いてみたがアイエネと暮らしたこの家を離れたくないと。私はよく知っている。ああやって微笑むときの彼女は意見を曲げない。決して。
【9月8日】
街に残る男性が集められた。つい先日、陥落したイザイェから逃げて来たという男から爆弾の扱い方を教わる。やつら勇者一行を道連れに自爆するための爆弾。試しに体に括り付けてみたが重い。ただ歩くだけでもふらつく今の私たちがこの重みに耐えながらやつらに近付くことができるだろうか。建物の影に隠れて気配を消し、ごく至近距離で背後から、特に回復役の一番小柄な人族を狙って襲うようにと男。
男はシュピリの花火師で花火用の火薬で爆弾を作ったと言う。家族や仲間、見知らぬ者たちの手を借り、犠牲にして、火薬と作った爆弾と共にここまで逃げ落ちてきた。しかし、残る火薬はごくわずか。今回は男自身も自爆に参加すると。
花火師の男の話を聞きながら他の者たちはどう思ったのだろうか。命を落とすことになるとしても。そうすべきとわかっていても。私には、まだ。
【9月12日】
避難者から聞いた話。彼はとある屋敷の隠し部屋に隠れている方々にやつら勇者一行が去ったことを知らせる役目を担っていた。やつらが街を去り、すっかり安全になったと確信して彼は隠し部屋に向かった。しかし、声を掛けても返事がない。隠し部屋の扉をこじ開けると中に隠れていた方々は死んでいた。窒息死。空気口がなかったのが原因。
隠し部屋に隠れていた者たちの話。三家族で隠れていたがやつらが迫ってきた、まさにそのときに赤ん坊がぐずり始めた。母親は泣き声が漏れ聞こえないようにと必死になって我が子の口をふさいだ。やつらが去り、ほっとして見ると赤ん坊はすでに死んでいた。意図せず我が子を手にかけることになってしまった母親はいまだに正気を失ったまま。
【9月15日】
夜、花火が打ち上がった。1発、時間を置いて2発、3発。例年なら収穫祭が行われる日。秋祭りが開かれる日。すっかり忘れていた。秋祭りには毎年、盛大に花火が打ち上がる。あの花火師が残りわずかな火薬で作れるだけの花火を作って打ち上げたそう。
妻も街の者たちも笑顔で花火を見上げている。久々の明るい表情。和やかな雰囲気。それなのにどうしようもなく居心地が悪い。
【9月19日】
妻が死んだ。やつら勇者一行が現れたと聞くなり飛び出して行ったのだと。近所の者から聞いて慌てて追いかけたが間に合わなかった。見つけたときには妻はやつらの目の前。大男が巨大な斧を振り上げるのを、妻が包丁を手に向かっていくのを、妻の体が巨大な斧に叩き潰されるのを、私はただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。話には何度も聞いていた。実際にこの目、この耳で見聞きすると動けなくなる。あんなにも楽し気に〔〝レーヴィルアップーオメデトオー〟と〕歌い踊るのか。怒りよりも恐怖。理解できないモノへの恐怖。
あの子〔恐らく、いたずらズウォッティのこと〕はなんて勇気のある子だったのだろう。あの子の勇気の半分でもあったなら妻を助けられただろうか。腕一本でも我が家に連れて帰れただろうか。アイエネと暮らした我が家に。
妻は凄い。彼ら彼女ら〔人族のふりをして潜入したシナーたちのことか、自爆した市民たちのことか〕は凄い。捕食者を前に身動き一つできない被食者と成り果てた私とは大違い。しかし、このままみっともなく隠れているわけにはいかない。私も行かなくては。行かなくては。行かなくては。命を落とすことになるとしても。子供たちの未来のため。このまま、おめおめと生き延びは……〔ここで日記は終わっている〕




