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戦力外と火の洗礼

 ――登校初日、自己紹介が終わった直後だった。


 教室の扉が開き、ひとりの男が入ってきた。


「お前ら、全員いるな。編入生も。ホームルーム始めるぞ」


 低く、少し気だるげな声が響く。

 白髪混じりの短髪に、目つきの悪い男。目の下の泣きぼくろが色気すら漂わせるが、口に咥えた棒付きキャンディが全てを台無しにしていた。


佐渡(さわたり)先生、今日もだるそうですね」


 麗華が、微笑を浮かべながらも容赦のない一言を投げる。


「え、先生……?」


 太陽は、思わず言葉を漏らす。

 ――この人が先生……?このSクラスの?


「だって、お前らみたいな規格外を相手にすんのは疲れる。……ま、それが仕事なんだけどな」


 佐渡は、頭をポリポリと掻きながら答えた。


「お前が麻倉太陽だな。俺は、Sクラス担任の佐渡 楯矢(じゅんや)だ。能力はシールド生成……防御系だ。よろしくな」

「よ、よろしくお願いします……」


 太陽は、軽く会釈をした。


「さっそくだが太陽、お前の実力を見せてもらいたい」


 教室の空気が、ピリッと変わった。


「……え?」

「まぁ、模擬戦だな。お前らも気になるだろ?」


 佐渡は、太陽以外の六人に目を向ける。


「そうですね。であれば、私がお相手させていただきますよ」


 麗華が静かに手を挙げる。

 その所作は上品で、場の空気も和らぐ。

 

「アタシもやる。てか、やらせて。こいつがどんなもんか、自分の目で見てみたい」


 茜がニヤリと笑い、脚を組む。


「ミーも、太陽クンと戦いたいデス!彼の力をジャッジしたいネ〜!」


 キャサリンが、何やらノリノリで拳を構え、シャドーボクシングを始めている。


 (ちょっと待って、なんでみんなこんなにやる気なんだ……)


 太陽は、居心地悪そうに目を泳がせた。


「おいおい、志願者多いな。全員でボコボコにするわけにもいかねぇしな……」


 佐渡は頭を搔いてから、後列に視線を送る。


「念理、眠、真宵。お前らはどうだ?」

「わ、私は……」


 念理がビクビクと肩を震わせながら佐渡を見る。

 深紫の前髪が揺れ、その下から怯えた瞳がのぞいた。


「私は……無理です……戦うの、苦手なので……」

「……ねむるも、パス……眠い」


 浮遊していた眠が、ぬるりと一回転して背を向ける。

 枕をぎゅっと抱きしめて、アイマスクをずり下げた。


「私は……」


 真宵がやや躊躇いながら、口を開く。


「戦闘向きの能力ではないので……辞退させてください」


 一歩引いたその瞳は、まるでこれから起こることを、すべて知っているかのようだった。


「きっと、ここは……私の出番じゃないです」

「そっか、しゃーねぇな。じゃあ――」


 ――パンッ!

 佐渡は唐突に手を叩いた。


「立候補者の中から選ぶ。……茜、いけ」

「よっしゃ!」


 茜が椅子を蹴って立ち上がり、ギラリと瞳を光らせた。


「編入生、覚悟しとけよ。火傷しても泣くんじゃねぇぞ?」

「茜、手加減はしろよ。あくまで太陽の実力把握が目的だからな」


 佐渡は笑いながら肩を竦めた。

 その姿はまるで、飄々としたベテランの役者のようで――だが、どこか観察者のような視線が冷静だった。


「――お前ら、体育棟行くぞ」


 ◇


 柔らかな午前の陽光が差し込む――体育棟、第七演習場。

 まるで兵器実験施設のような重厚な扉が開かれ、Sクラスの面々が静かに中へと入っていく。


「二人ともいいか?ルールは簡単。多少のダメージは許容範囲だが、過度な攻撃は禁止だ。まぁ、危なくなったら止めに入るから、安心しろ」


 佐渡は緩慢な口調で言いながら、白線が引かれた中央のステージを指差した。


「じゃあ――茜、太陽。準備しろ」

「よぉし、やるぞ!」


 茜が火花のような笑みを浮かべ、軽やかに跳ねながらステージに向かう。

 太陽はと言えば、ぎこちない足取りで後に続く。


 (ほんとにやるのか?……俺、まだ何もできないのに)


 汗が額を伝う。頭の中では「逃げたい」の文字が回り続けていた。


「よーし、準備できたな。太陽、気ぃ抜くなよー」


 佐渡のだるそうな声がコートに響き渡る。


「行くぞ、編入生」


 茜の瞳が業火のように燃えている。


「――開始!」


 その一言と共に、茜の足元に火が灯り、彼女の両拳から、淡い熱の揺らぎが立ち上った。

 その瞬間――茜の背後に無数の火の玉が出現する。


「ひ、火……!?」


 思わず後ずさる太陽。

 だが、彼女の攻撃は、容赦なく太陽に浴びせられた。


「喰らえっ!」


 バシュッと音を立てて火球が放たれる。反射的に身を伏せた太陽の髪が焦げ、制服の袖口が黒く焼け焦げた。


「う、うわっ!あっぶなっ……」

「ちょっとは動けるみたいだな、編入生!」


 茜の攻撃は止まらない。

 彼女の両手から火炎が放たれた。

 蛇のようにうねる炎が、太陽に向かって猛然と突っ込んでくる。


「ちょっ、待って!」


 太陽はなんとか地を這うように転がってかわす。

 しかし、火炎が地面と衝突した爆風が太陽の身体を吹き飛ばす。


 ドンッ!


 背中から床に叩きつけられた太陽は、咳き込みながらも起き上がった。


「ッ、やば……。ぎ、ギブ……」

「逃げてばっかじゃ、つまんねぇぞォ!」


 茜の声が響く。

 それに反応する間もなく、連続の火球が襲いかかる。


 太陽は必死に逃げる。転ぶ。立ち上がる。そしてまた逃げる。


 (避けるので精一杯……!近づくとか、反撃とか……無理!)


 汗が滝のように流れ、足がもつれそうになる。

 服は所々焼け焦げ、身体中にアザや擦り傷を作っていた。


 もう、走りたくない――。頭がそう命じても、足だけは勝手に動いていた。

 それは恐怖ではない。――生きるための本能だった。


「テメェ、ちょこまかちょこまか……」


 茜の額に青筋が浮かぶ。


「ネズミみてぇに逃げ回りやがって……やる気あんのか!」


 ――完全にキレた。

 

「マズいッ……!」


 佐渡が跳ね起きる。


「アタシを、ナメんなぁあああああッッ!」


 轟音とともに茜の周囲の空気が震え、灼熱の熱気が演習場全体に満ちる。

 炎が渦巻き、空気が焼ける。

 彼女の両手のひらに、真昼の太陽のような巨大な火球が生まれていた。


 周囲の生徒たちが息を呑む。


「茜、待っ――!」


 手を前に出し、太陽の前にシールドを生成しようとするが、距離がある。――間に合わない。


「消し炭になれッ!」


 ――ドォン!

 茜の怒号とともに、巨大な火球が放たれた。

 その迫力は、模擬戦とは思えぬほどの圧倒的な殺意を孕んでいた。


「う、うわぁあああッ!」


 太陽は思わず後ずさり、足を滑らせて尻もちをついた。

 目の前に、灼熱が迫る。


 (無理だ、もうダメだ……!)


 両手を前に出し、顔を背ける。

 ――その時、太陽の心の中で”何か”が起きた。半年前に感じた、あの妙な感覚。

 空っぽのバケツに、水が満たされていくような。


 次の瞬間――


 ドォンッ!


 太陽の両手から、茜の放った火炎と同じ波長の火球が放たれた。

 まったく同じ形、同じ熱量。


「「「「「「えっ……?」」」」」」


 Sクラスの面々の瞳が、驚きの色に染まる。

 ふたつの火球が空中でぶつかり合い、凄まじい閃光と爆風を生み出す。


 ゴォォォォン……!


 爆煙が演習場を覆った。

 視界が白く染まり、誰もが目を細めた。


「太陽!大丈夫か!」


 佐渡が声を荒げ、太陽の名前を呼ぶ。

 そして――


「うわぁぁぁっ!て、手が!手が燃えてるぅぅ!」


 爆煙の中から、太陽の悲鳴が上がった。

 確かに、彼の手のひらには未だに赤々とした火が揺らめいていた。


「え、ちょっ、待って、助けてぇぇ!」


 パニックに陥ったまま、太陽は尻もちの姿勢で手をぶんぶんと振り回す。


 (どうして俺の手が燃えてるんだ……!もしかして俺、死ぬ!?)


 だが次第に、その火はスッと消えた。

 まるでフッと息を吹きかけられたロウソクのように。


「ど、うして……」


 ――ドサッ。

 太陽は、その場に倒れ、意識を失った。


 ◇


「念理、運んでやれ」


 佐渡の声が静かに響く。


「は、はいっ……!」


 念理は慌てて目を開き、両手を前に突き出す。

 床に倒れた太陽の身体が、念力の波動に包まれ、ふわりと浮かび上がった。


「医務室まで、頼んだぞ」

「わ、わかった……!」


 念理が焦りながらも小走りで、太陽を医務室まで運んでいく。

 火傷を負い、意識を失いながらも、太陽の両手はまだ微かに熱を帯びていた。


 ――静まり返った演習場。

 やがて、沈黙を破るように、佐渡がぽつりと呟いた。


「――さて。お前ら、今のをどう見る?」


 佐渡の視線が、五人を順に見渡す。


「……あれが、彼の”能力”……ですよね」


 麗華が静かに口を開く。

 群青色の瞳に、わずかな動揺が揺れている。


「正確には、”能力の片鱗”ってとこだろうな」


 佐渡が腕を組みながら答えた。

 その目は、倒れた太陽のいたステージに向けられる。


「でも、発動の仕方が普通じゃなかった。能力の暴走や覚醒なんかじゃない」

「私も、そう思いました」


 麗華が言葉を続ける。

 

「茜と同系統の能力……つまり”火”に特化した能力とは違いました。構成された火炎の性質、圧力、温度。どれも茜の攻撃と極めて近かった。……まるでコピーしたみたいに」


 その言葉に、他の少女たちがざわめきを見せる。


「……コピー?アタシの攻撃を……?」


 茜が唇を噛む。


「アタシの攻撃……全力だったんだ。怒りで手加減なんてできなかった。それを、アイツは真正面から……」


 拳をぎゅっと握りしめるその姿に、悔しさが滲んでいた。それは、自身の力に対する誇りの裏返しでもあった。


「……こんなこと、私の予知にはなかったです」


 ぽつりと、真宵が口を開いた。


「……もっと小さな衝突か、彼が逃げ切る未来しか見えなかったのに……。太陽さんが火球を返すなんて……」


 その言葉に、一瞬空気が凍りつく。

 予知能力者の視界すら、太陽の行動は”例外”だったということ。

 佐渡は飴を口から外し、ぼそりと呟く。


「あれは、攻撃をコピーしたなんて優しいもんじゃねぇ。能力がコピーなら、攻撃を打ち返して終わりだ。でも、火球を返した後の太陽の手は燃えていた」

「佐渡先生、それって……」


 麗華が驚きを隠さず、佐渡に問いかける。

 

「……能力の”トレース”だ」


 佐渡の言葉に、キャサリンが目を丸くした。


「そんなクレイジーなアビリティ、あり得るんデスか?」

「前例は無い。攻撃の反射や、吸収ならともかく、トレースなんてもんはな」


 佐渡は首を傾げ、感心したようにため息をついた。


「それに、あれだけの再現性を無意識で、それもぶっつけ本番でやったとしたら、とんでもない能力だぞ」


 そして、天井を見上げながら続ける。


「そりゃ測定不能にもなるわな。うちの測定員は無能力者、トレースする能力がねぇんだから。トレースする能力がねぇ限り、あいつ自身の”能力”は何も現れない。つまり、何も測れねぇ」


 ――佐渡の口元が、わずかに持ち上がる。


「普通は一人につき一つの能力だ。それをあいつは、ひとりで無限に使えるってことだ」


 その衝撃的な事実に、少女たちが一様に息を呑む。


「ま、あいつはまだ、自分の能力を理解しきれてねぇ」


 佐渡は肩をすくめて、飴を咥え直した。


「じゃあ、アイツが成長したら……」


 茜がぽつりと呟く。


「どんな能力者よりも厄介になるかもな」


 飄々とした表情の奥に、確かな興味と、予感のようなものが灯っていた。


「――こりゃ”戦力外”なんて可愛いもんじゃねぇぞ。とんでもない”規格外”が学園に来ちまったかもな」


 その言葉に、誰もが口をつぐんだ。


 ――麻倉 太陽。


 その名は、静かに――だが確かに、Sクラスの歴史に刻まれ始めていた。

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