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戦力外とSクラス

 ――かつて、奇跡と呼ばれた力は、いまや「日常」になった。


 炎を生み、水を操り、空を飛び、物を動かす。

 他者の心を読み、時間を止め、世界そのものを書き換える者さえいるという。

 それは、神話でも幻想でもない。

 人類は、ついに”超能力”という名の進化を手に入れた。


 これは、超能力者が存在する現代の物語。


 とはいえ、その力を得る者はごく稀だ。

 超能力者の出生率はおよそ十数%に満たず、大多数の人間は何の能力も持たずに生まれ、死んでいく。

 しかし、「氷室家」や「炎堂一族」のように、まるで運命のように力を宿す者もいる。


 特別な血筋、突然変異、あるいは科学と運命の悪戯によって生まれる力。

 時に人々を救い、時に破滅を招くそれを、人々は敬意と畏れを込めてこう呼ぶ。


 ――『超人』。


 その数が世界人口の約十%を超えた時、世界はある決断をした。

「力は制御されるべきだ」と。

 そして世界各国が出資し、数名の能力者の協力の下で、設立された超能力者育成機関。

 それが――


 ()()()()()()()()()。通称『超人学園』。


 世界各国から能力者の卵たちが集まり、能力の伸長・統制・倫理観を学ぶ。

 ここには、実力に応じて七つのランク分けが存在する。

 頂点に君臨するのは、わずか数名しか存在しないエリート中のエリート――Sクラス。

 その階級に選ばれる者は、生まれながらにして特別な力を持ち、人類の未来を担うとさえ言われている。


 だが今――


 その最上位の教室に、”戦力外”と言われた少年が入ろうとしていた。


 ◇


 空を裂くように、轟音が鳴った。

 真夏の空に、一筋の光が走る。だが、それはただの雷ではなかった。空間をねじ曲げ、光の軌跡のあとに微細なひび割れが生まれる――まるで空そのものが、能力の力に歪んでいるようだった。


 その下にあるのは、標高千メートルを越える山中。樹々を削り、断崖に建つ、黒い巨大な校舎。

 ――オルファリアン学園。


 世界中の超能力者が憧れるその学園に、今日、新たな一人が足を踏み入れる。


 彼の名は――麻倉 太陽(あさくら たいよう)


 静まり返った入学試験室で、麻倉太陽はただ呆然と、目の前のモニターを見つめていた。

 モニターに映し出された、ひとつの文字。


 ――『測定不能』。


「……え?」


 頭に、いくつものはてなマークが浮かぶ。

 白衣を着た男性スタッフが、困ったように眉を寄せて言った。

 

「確かに”能力の発現は確認された”んだよ。ただ……能力の特性が、既存のデータと全て一致しないんだ。まるで”空白”みたいに」


 太陽は、じっと自分の手を見つめた。


「……能力自体は、あるみたいだ。が、君がその能力を自覚してないことが問題だ。ただでさえ、後天的に能力を発現した珍しいケースなのに、使い方も特性も不明じゃ、評価しようがない」

「……そう、ですか」


 太陽は、それ以上何も言えなかった。


「つまり”戦力外”。良くてFランク、最下位のクラスだね。結果は後日改めて連絡するよ」

「……はい。ありがとう、ございます」


 太陽は深く頭を下げ、部屋を後にした。


 ――半年ほど前だった。

 交通事故に巻き込まれそうな子どもを助けたとき、自分の周囲の”空気”がねじれるような感覚を覚えた。

 それ以来、ときどき他人の動きが”わかる”ような妙な直感があった。自分の中に”何か”が芽生えていた。


 (ほんとに俺、能力なんてあるのか……?)


 ――”戦力外”。それが、彼に下された烙印だった。


 ◇


 数日後。

 自室の天井をぼんやりと見つめながら、太陽は畳の上に寝転んでいた。


 流れる汗。軋む扇風機の音。蝉の声。

 どれも夏の日常としては普通なはずなのに、今日はひどく空虚に響いていた。


「……これから、どうなるんだろう。結局、不合格なのかな」


 呟いてみても、誰も答えてはくれない。


 机の上に投げ出した学園の案内書だけが、今も彼に何かを語りかけているようで、やるせない。


 子どもの頃に憧れた超能力者に。テレビの向こうで大勢の人々を救った伝説の超人、轟 士門(とどろき しもん)のようになれるんじゃないかと期待してしまった。

 半年前に感じたあの感覚、あれはなんだったのだろう。

 考えれば考えるほど、戦力外という言葉が頭に響く。

 

 そのとき――


 ピンポーン。


 無機質なチャイムが、静けさを打ち破った。


「……はーい」


 玄関を開けてもだれの姿もなく、ただポストに差し込まれていた白封筒が、やけに際立っていた。


 上質な紙、金の箔押し。封には、確かにこう記されていた。


 【オルファリアン学園】


「……っ」


 手が、震えた。

 正式な不合格通知か?それとも、運良くFランククラスに配属?


 頭の中が疑念で渦巻く中、太陽は机の前に戻り、封筒をゆっくりと開けた。

 中から現れた便箋には、整った筆跡でこう綴られていた。

 


 ――麻倉 太陽 殿

 貴殿の能力は、現時点では測定不能。

 だが、力とは、常に数値で測れるものではない。


 私は貴殿の内に、”不確定”という名の可能性を見出した。

 よって、オルファリアン学園は、貴殿をSクラスへ特例編入とする。


 貴殿の存在がこの学園に何をもたらすのか、見届けさせてもらいたい。

 ――オルファリアン学園 学園長 轟 士門



 静まり返る部屋の中。風鈴の音だけが、優しく響いた。


 太陽は、しばらく言葉が出なかった。


「……え、S……クラス……?」


 自分の唇が、それを確かに読んでいるのに、脳が追いつかない。


 測定不能で戦力外の自分が、最上位のSクラスに……?


 (……間違い、じゃないよな?)


 だが、目の前の文字は確かに”Sクラスへ特例編入”と記されていた。

 その筆致(ひっち)は、厳粛で、揺るぎない。


 不安が少しだけ、別の何かに変わる。


 夏の風が、カーテンを揺らした。

 それは、まるで新しいページをめくる音のようだった。


 ◇


 そして、登校初日。

 太陽は、真新しい制服に袖を通して、学園の門をくぐった。


 胸元には、”S”クラスの証である金バッジが輝いている。


 (……ほんとに、やっていけるのか……?)


 不安でいっぱいのまま、校舎の最上階――指定された教室へ向かった。


 ◇


 エリートたちの頂点――その教室の前に、自分が立っている。

 呼吸を整えると、ノックをした。


 中から返事はない。だが、扉は音もなく、スッと開いた。


「……うわ」


 思わず声が漏れた。

 中は、まるで近未来の司令室のようだった。

 黒光りする床に、壁一面に設置された巨大モニター。強化ガラス張りの天井からは、太陽の光が斜めに差し込んでいる。


 (これがほんとに教室……?)


 その中央に、六人の少女がいた。


 無言の視線が、こちらに集まる。

 それは興味か、好奇心か。はたまた警戒の視線か。

 その圧に思わず一歩後ずさりしそうになったそのとき――


「あなたが、今日から編入してきた生徒かしら?」


 凛とした声が、教室の空気を割った。


 歩み寄ってきたのは、白銀に近いアイスブルーの長髪を涼やかにハーフアップにまとめた少女。

 その深い群青色の瞳は、まるで湖面のように静かで、だが底が見えない。

 彼女の佇まいに、萎縮してしまう。


「私は氷室 麗華(ひむろ れいか)。氷系の能力を扱っています。この学園の風紀委員会も兼任しているわ」

「ふ、風紀委員会……」

「堅苦しくはないわよ。困ったことがあれば、いつでも遠慮なく頼ってね。……あなたのことは、少し聞いてるわ」


 やわらかな微笑とともに、差し出された手を、太陽は慌てて握った。


「お、俺は麻倉太陽です……!よろしくお願いします!」


 その直後、別の方向からバチッと火花が散ったような気配がした。


「はーん、麗華、また上品ぶって新入りに取り入ってんのか?」


 挑発するように言い放ったのは、炎のように鮮やかな赤いショートヘアを無造作にハネさせた少女だった。

 オレンジアンバーの瞳がギラリと光って、太陽を見つめてくる。


「アタシは炎堂 茜(えんどう あかね)。火炎能力者。ま、よろしく。アタシより弱くなけりゃ、認めてやるよ」

「よ、よろしくお願いします……!」


 威圧的な目線に思わず背筋を伸ばした太陽。

 その隣で、麗華がため息をつく。


「またすぐ張り合う……悪い癖よ、茜」

「幼馴染だからって、いちいちうるさいんだよ!昔っから!」

「まったく……」


 空気の温度がやや上がったような気がして、太陽はそっと視線を横に逸らす。


「……あ、あの……」


 微かに響いた声に振り向くと、教室の片隅から長い前髪で顔を隠した少女が半身だけ姿を見せていた。

 深紫色のロングヘアはややボサボサで、制服も少し乱れている。


「わ、私は……喑堂 念理(あんどう ねんり)、です。……念力系……で、あの……よ、よろしく、お願いします……」


 小さく震える声で頭を下げた彼女の、前髪から覗く灰紫色の瞳は、どこか怯えたような色をしていた。


 (……話すの、苦手なんだろうな)


 太陽はできるだけ優しく笑いながら、そっと会釈を返した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「ぅ……う、うん……」


 念理はモゾモゾと後ろへ引っ込みかけたが、太陽が小さく微笑むと、わずかに頷いてくれた。

 その仕草が、どこか猫のように臆病で、どこか可愛らしかった。


 そのときだった。


「ハローッ!ニューカマー!」


 突如、教室の奥から元気な声が響いたかと思うと――目の前に、自分のそっくりさんが現れた。


「えっ、俺?」

「ウフフーン!大正解!ミーはキャサリン・リリー!変身能力で”そっくり”になれるノ!」


 指をパチンと鳴らすと、どんどん姿が変わっていく。


「コレが、ミーのホントーの姿ヨ!」


 姿を戻した彼女は、ハイライトの強い金髪を高いポニーテールに結い、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせながら笑っていた。


「キガルにキャシーって呼んでネ!太陽クン!」


 まるでエンタメショーのようなテンションに、太陽はたじたじだったが――キャシーの茶目っ気に、なんとなく場の空気も柔らかくなる。


「……ねむるは、十六夜 眠(いざよい ねむる)……」


 ふわふわと宙に浮かびながら、枕を抱えた小柄な少女が口を開いた。

 ミルクティーベージュの外ハネショートヘアに、額の猫型アイマスクが印象的だ。淡青(たんせい)色の瞳は半分閉じていて、まるで夢の中のようだった。


「……重力つかえるの。……浮くの、楽ちん……」

「す、すごい……ずっと浮いてるんだね」

「ねむるは、ずっと寝てたい。でも授業あるの、やだ……」


 そう呟きながら彼女は、またフワッと浮かんでいった。


 (この子、ずっとこのテンションなのか……?)


 最後に、一歩だけ後ろから進み出た少女がいた。


「……あの、私、陰百合 真宵(かげゆり まよい)と申します。予知能力が使えます」


 若草色の長い髪に揺れるアホ毛が、彼女の緊張を物語っていた。

 しかし、そのスモーキーグレーの瞳はまっすぐ太陽を見つめていた。


「……今日ここで、あなたに会うことも、少し前に”予知”した気がします」

「え……?」

「いえ……なんでもありません。若輩者ですが、これからよろしくお願いします」


 ぎこちないが丁寧な一礼に、太陽も頭を下げた。


 ――こうして、六人の少女たちは自己紹介を終えた。


 それぞれが、極端すぎるほど個性的で、能力も性格もまるでバラバラ。

 けれど、そのすべてが、Sクラスという場所に収まっている。


 そんな彼女たちに囲まれ、麻倉太陽の”ちょっと特殊な学園生活”が始まった。


 内心、太陽は心から思った。


 (……こんなクラスで俺、ほんとにやっていけるのか?)


 太陽の不安は、静かに胸の奥へ沈んでいった。

 だがこのとき、彼はまだ知らなかった。


 それは、彼の、そして”超人学園”の常識が覆される、波乱の日々の幕開けに過ぎなかった――。

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