表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/41

一章第一節・黎明 灰より目覚めし者4

「なら、私がついて行こうか?」


不意に、窓の下から黒い三角帽子がぴょこりと現れる。

帽子の縁には、小さな炎の精霊サラマンダーと、軽やかな風の精霊シルフがしがみついていた。


「エリザ……聞いてたの?」


「ふふん、偶然通りかかっただけ。たまたまよ」


帽子のつばを軽く持ち上げると、金色の瞳が朝の光を跳ね返して輝いた。

サラマンダーとシルフがくるりと宙を舞い、エリザの肩と袖口へと戻っていく。


小柄な身体にふわりと揺れる魔術師のローブ。

その姿だけで、空気がどこか賑やかになる。


「ありがたいけど、それはダメよ、エリザ」


ヴィクトリアの声に、優しさと静かな厳しさが混じる。


「あなたには、アグニスを守る役目がある」


「……ふふ、気持ちはすごく嬉しいけどね」


「大丈夫。アグニスは強い。

それに、レオンもいるし」


視線の先。扉にもたれかかるレオンが、ふっと手を挙げた。


「レオンまで……!」


驚いた顔のアグニスに、三人はくすっと笑う。


「心配すんな、ヴィクトリア。姫は、この私が命に代えてもお守りいたしましょう」


深々と一礼するレオンに、自然と笑いが広がった。


「私なら大丈夫だよ。それに……」


もじもじと視線を逸らしながら、アグニスはぽつりと続ける。


「この中で、一番心配してるのは、私なんだから」


「──確かに!」


全員の声が揃い、室内に笑いが弾けた。


「エリザ、お願いね。あなたも、ヴィクトリアも──必ず戻ってきて。

……もし少しでも危険なら、私も行くから」


やれやれといった顔でレオンが頷き、エリザも真剣な面持ちでうなずいた。

ヴィクトリアは、どこか申し訳なさそうに、けれど誇らしげに微笑む。


「心配性だなあ、姫は」


「だって、放っておくと無茶しそうな人たちばっかりなんだもの」


「誰のことかな?」とヴィクトリアが意地悪く笑い、エリザが真顔でアグニスをじっと見つめる。


「いやいや、君ら全員のことだよ……ほんとに」


レオンが両手を上げて降参のポーズを取ると、またくすくすと笑いがこぼれた。


自然と、四人は輪になって立つ。

伸ばされた腕の真ん中で、拳と拳が静かに重なった。


「──グランディスに、誓って!」


静かに拳が離れる。

沈黙の中に、確かな信頼と、決意だけが残った。


創星詩篇《セレナの律動》第五節 炎の継承


炎はただ燃えるにあらず、

闇を裂き、夜に灯をともす。

風が運びし希望を暖め、

大地に小さき誓いを刻む者。


紅蓮にして慈しみ、

剣を執り、心を抱く者。

世界を焦がさぬために、

己の火を、ひとしずくずつ灯す者。


在るべき場所に、在る者たち──

アグニス・ヴェルディア



夜の帳が世界を包み、言葉も熱も、すべてを沈めていく。



──深い夜。

セイフォルト市の一角。


「グレン君、例の薬はまだかね?

あれがないと、どうにも調子が悪い……持病持ちは苦労するよ」


豪奢な椅子に身を沈めた男が、葉巻に火を点ける。

ぱち、と小さな音とともに、甘く苦い煙がゆるやかに空中を漂い始めた。


「先代様……特殊な品ゆえ、仕上げにはもう少し……しかし、予算の都合もあり……」


エレンデル商会の当主にして、セイフォルトの実務を担う男。

その声には、隠しきれない怯えが滲んでいた。


「……グレン」


先代の声音が、わずかに低くなる。

葉巻の火先を指で弾くと、灰が細かく舞い、床に落ちる。


「私が──誰に、何を与えたか。忘れてはおるまい?」


その一言で、部屋の空気が凍りついた。


「帝国の市場。セイフォルト領の独占。……その意味を、思い出せ」


「……はい……」


「実を結ばぬ木は、どうなる?」


応えきれず、彼は息を詰めた。

先代は、ふっと笑みを浮かべる。


その笑みに重なるように──

煙に塗れた部屋の奥、何者かがゆっくりと彼を見据えていた。


夜の深さだけが、それを包んでいる。


窓の外、夜がしんしんと降りてくる。

どこかで、鐘がひとつ鳴った。


葉巻の香りだけが、なおも部屋の空気に残っていた。


──帝国の夜は、静かに、深く沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ