表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/41

一章第一節・黎明 灰より目覚めし者3

応接室の扉を開け、ゆったりとした足取りで中へ入る。

視線の先には、すでに席についているヴィクトリアの姿があった。


その表情に、どこか安堵の色が浮かんだ気がしたが──

軽く首を傾け、冗談めかして声をかける。


「一体どうしたの? わざわざ“記録に残る形式”で会談なんて。私たちに遠慮なんていらないでしょ?」


「……ここ数年、帝国国境で起きている小競り合い、気になってる?」


ヴィクトリアの声は低く、わずかに緊張を帯びていた。


「確かに最近の動きは急だね。西部、北部……各地で異変が増えてる。

戦線の再編や統合の話も耳に入ってきたよ」


アグニスは椅子に腰を下ろしながら、簡潔に言葉を継いだ。


「最近、“私たち”に対する視線が強まってきてるって話、聞いてない?」


「……視線って?」


「財務局筋。皇家軍が優秀すぎるんですって」


その一言に、アグニスは肩をすくめ、苦笑をこぼした。


「いつから褒め言葉が、皮肉になるようになったのか」


ヴィクトリアは視線を逸らさず、淡々と返す。


「少なくとも、私の部隊では皆が警戒してる。

任務に支障が出るほどじゃないけど──じわじわと、何かが仕掛けられてる。そんな不穏さがあるの」


アグニスは静かに頷いた。

胸の奥に沈んでいた違和感が、ようやく輪郭を得て、言葉になり始めていた。


「……冗談じゃない」


低くつぶやくその声に、ヴィクトリアは黙って頷いた。


「私たちの軍がどれだけ動いてるか、奴らはわかってるのかな」


熱を帯びた声が、思った以上に鋭くなっていた。

はっとして視線を落とす。


「……私ね、今日中に部隊へ戻るわ。勅命任務、西方。戦線の再編に関わってくるかも」


「勅命で?」


眉がわずかに動く。ヴェルディアにはまだ同様の命令は届いていない。

皇家同士で情報に時差があるなど、通常では考えにくい。


「分散か……いい思い出はないな。私たちが各地にばらばらに飛ばされたとき──

各自の偵察任務のはずが、結果は最悪だった」


ヴィクトリアも深く頷いた。


──そのとき、窓の外から、エリーナの笑い声が聞こえる。

翼竜の尾をくすぐりながら遊ぶその様子に、ふと遠い日がよみがえった。


「小さい頃、私たち4人で無断で翼竜を借りて、夜中に空へ出たこと……あったよね」


「……あったわね。今思えば、あれは無謀だった」


「私、ゲイルさんに死ぬほど怒られたよ」


「今では、その人、団長よ」


「……ほんとにね」


笑いがこぼれ、空気が少し和らぐ。

けれど、胸の奥に、かすかな疼きが走った。懐かしくて──どこか、苦い記憶。


──もうひとり、かつてその輪の中にいた。


リュカ・ヴェルディア。

アグニスの兄。

誰よりも真面目で、誰よりも人のために動いた人。


彼は、ある日──帰らぬ人となった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ