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一章第三節・静謐の雪 「氷の山荘にて、理を識る」2

──炉の火がぱちりと弾ける。


 その光に照らされたエララの横顔は、どこか人離れした美しさを湛えていた。


少女の姿ながら、その瞳の奥には、年齢を超えた静謐と理性が潜んでいた。

 長く垂れた銀色の髪は淡く青を帯び、前髪の隙間から覗く双眸は、氷面に映る空のように澄んでいる。


 淡い灰と黒を基調とした外套に身を包み、胸元には繊細な術式が編まれている。

 壁際に立てかけられた精緻な杖。けれど、それに頼らずとも、彼女がただ者ではないと誰もが理解できるだろう。


 陶器のような肌には、寒冷地特有の透きとおるような冷たさが宿っており、首元には氷晶をあしらった首飾りが巻かれている。

 焔の揺らめきがその装飾に反射し、ほんのりと光が走った。


 氷と書物を友とし、感情の起伏を奥深くに沈めた、南方の魔法使い。

 冷たい雪の中に咲く、ひとつの白い花のように。

 儚く、それでいて、誰よりも確かな意思を宿す者。




 ──エララ・フロストウッド。


 この地では、“氷の魔女”として知られている。


 だが、本当の彼女は──人でも、魔女でもない。


 精霊。


 それも、炎や氷 風といった元素と同一化した“元素精霊”と呼ばれる存在。

 概念と同様に在る、最も古く、最も理に近い“理性の器”。


 人々の多くは、精霊を「契約によって力を貸す高位存在」として語る。

 けれど、それはあくまで人が認識しやすくするために与えた“名”にすぎない。

 学者の中には「存在そのものが、人の願望の投影だ」と断ずる者もいるが、エララはそれすら、肯定も否定もしない。


 彼女にとって、己が精霊であるという事実は──ただ、“そうである”というだけのもの。


 氷の魔女と呼ばれ、人の姿を取り、人と語る。

 それもまた、選んだ在り方のひとつだった。


──静けさ。それが、わたしの在り方だった。


 知識を読み解き、時の流れに身を預け、誰にも干渉されず、誰も傷つけずに在ること。

 この山荘で過ごす日々は、ただ雪と本と、わたしの間にある世界だった。


 けれど、ほんの少し前から、何かが変わりはじめていた。


 それは音もなく忍び寄り、気づけばわたしの中に“気配”として根を張っていた。

 はじめは気のせいだと思っていた。けれど、それは否応なく輪郭を帯びてゆく。


 ──ふとした縁で出会った、あの子のせいだ。


 ほんの短い時間だった。

 少しの言葉を交わし、名を呼び、そして手紙をやり取りするようになった。

 数度の再会を経て、わたしたちは少しずつ、互いを知り始めていた。


 アグニス・ヴェルディア。


 その名を思い浮かべるたび、どこか胸の奥がかすかに揺れ動く。

 あのときの声、熱、光。触れた記憶が、雪の中でも色褪せずに残っている。


 会いたくなった。

 会って、確かめたくなった。


 これはただの興味ではない。

 名前もまだ持たぬ頃に感じていた、世界との共鳴の記憶──

 それが、アグニスという存在に触れた瞬間、ふいに蘇ったのだ。


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