一章第三節・静謐の雪 「氷の山荘にて、理を識る」1
創星詩篇《セレナの律動》第六節 氷の律
氷は、ただ冷たきにあらず。
動を鎮め、理を結ぶ、静寂の抱擁なり。
天を映せし鏡のごとく、
其は真実を隠さず、欺きを赦さず。
ひとたび雪は慈悲を授け、
されど、秩序は審きの刃と化す。
綻びし理の隙間にて、
白き指は糸を織り、裂け目を封ぜんとす。
まことの名を語らず、
されど万象の均衡を護るはこの者なり。
そは、秩序の守人にして、審判の現し身。
氷にして静けき心、
律にして揺らがぬ眼差し。
彼の者、ただ在り続けん。
理、砕けざらんために。
氷の律、揺らぐとき
エララフロストウッド
パチパチと薪が弾ける音が響く部屋で、1人の少女が静かに書物をめくっていた。
氷河圏に位置するこの小さな山荘には、街の喧騒も、王国の政治のざわめきも届かない。ただ、静寂と寒気だけが、彼女の時間をゆるやかに進めている。
コン、コン──。
扉を叩く音がした。来訪者の気配。
扉を開けた瞬間、ひやりとした空気が流れ込んできた。
そこに立っていたのは──古くからの友人でもあるセレス。
彼女が来るのは珍しいことではない。けれど、こうして対面すると、やはり息をのむ。
ただ立っているだけなのに、空気が張り詰め、音すら遠ざかっていくようだった。
白銀の髪は淡く光を反射し、青の光を宿す瞳は、何も映さない鏡のように澄んでいる。それでいて、わたしの内側を静かに覗かれているような錯覚さえ覚える。
肩までの髪には黒い髪飾り、首元には厚く巻かれた巻物。風除けの装いのはずなのに、その姿はまるで、この世界に属さないもののように見えた。
──やはり、この子は“わたしと同じもの”。この理に在って、ざらぬもの。
白銀の髪も、澄んだ瞳も、誰より静かで、誰よりも確かなものを宿している。
「……セレスか。どうしたんだい?」
声をかけると、彼女は無言のまま小さく頷いた。
わたしは戸を開けたまま身を引いて、手早く温かい一品の支度をする。
セレスはいつものように無言で席につき、湯気の立つ器を両手でそっと包んだ。
言葉は交わされなかった。
けれど、その場に流れる空気は穏やかで、どこか懐かしい。
「……ちょっと、また留守にするよ。知己の友人に会ってくる。しばらくしたら戻るけどね」
そう言うと、セレスはまたひとつ頷き、静かに食事をを口に運んだ。
それだけだった。けれど、それで十分だった。