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第9話「私も、強くなるよ」

・センターマーク-ベースラインの真ん中にある白線。


・デュース-お互いがマッチポイントになった時に発生する。2ポイント差がつくまで終わらない。

 ※

 試合の流れは完全に郡山先輩のものだった。


「くっ────!」


 パコーンッ!


 俺が少し浮いたボールを打てば打ち込まれ、裏を取ってもボールを返される。

 体力の減少すら感じさせない。むしろ、試合が後半戦になればなるほど、より郡山先輩の動きは早く軽快になってくる。


 ゲームカウント1-4。第六ゲームのポイントは40-30。俺がリードしている。

 勝つためには、このゲームをなんとしても取らなくてはいけない。


「くっ……!」


 俺のフラットサーブは、相手のサービスボックスの右奥に入る。


「ッ!」


 しかし郡山先輩はしっかりとクロスにボールを返してきた。

 取れた1ゲームだって、序盤の郡山先輩の動きがまだ上がり途中だった頃、彼のミスで貰ったものだ。

 そこから先は、40まで取らせてもらえてすらいない。


「だぁッ!」

「ッ!」


 ほぼ同じ軌道でクロスに打ち返し、センターマークの位置まですぐに戻る。

 ストレートに打つか、クロスに打つか、どっちだ?!


 ヒョイっ


「……ッ!」


 ボールは綺麗な弧を描き、俺のコートのネット際に1バウンド。回転のかかったボールはコートに落ちることで回転数が一気に落ちる。


「やばっ────!」


 そう思うのも束の間。俺がラケットを伸ばした頃には、ボールは2バウンド目に差し掛かっていた。

 届け! 少しでいい! ラケットに触れてくれ!


 コロン。


 2バウンド。

 俺の願いは虚しく、伸ばしたラケットがボールに届くことはなく、ボールは跳ねるのをやめた。


「……」


 これで40-40。せっかくのリードが無くなり、このゲームはデュースへと突入した。



 ※

 ゲームカウント5-4。第十ゲームまでもつれ込んだ試合は現在、40-15で私のリード。このゲームを取れば私の勝ち。


「なのに……ッ!」


 絶体絶命で、あと1本取られたら負けだと言うのに、一切の緊張も焦りも、葵先輩から感じられなかった。

 むしろ、ボールは徐々に威力を増していて、まだまだこれからだ、と訴えてきているよう。


「いい加減っ……!」


 乱暴な球。しかし威力もスピードも十分ある。

 でも……


「返してくるよねっ!」

「んっ────!」


 葵先輩はしっかり返球する。

 私がこれまでに葵先輩から奪ったゲームは、そのほとんどが葵先輩のミス。私が彼女のミスを誘ったボールももちろんある。しかし、彼女の縦オーバーや横オーバーの数の方が圧倒的に多い。


「なんで……っ!」


 一切ボールに迷いがない。

 自分の打つボールを信じきっている……? 自分の腕を信頼しているようなボール。


「私は……っ」


 打っていて辛い。折れないあなたのその心が怖いから。


 早く終わりにしたい。私が私を信じられなくなるから、


 終わらせてほしい。勝ち負けなんてもうどうでもいいから。


 でも体が動く。身体の深いところで、私の闘志が猛々しく燃えている。


 ────負けたくない。


「はっ────!」


 普段の試合じゃほとんど汗をかかないのに、今は背汗までびっしょりと汗が溢れだしている。

 折れないでよね先輩。私も折れないから。


「ふっ────!」


 汗を拭う暇さえないほど熱く、激しいラリー。

 大賀は『最後まで諦めない奴が一番怖い』と言った。その時はわからなかったけど、今ならわかるよ。


「あっ……!」

「ッ!」


 先輩のボールが今までより少し浮いた。先輩もそれに気付いて思わず声が出てしまったのだろう。だけど、すぐに彼女は私のリターンに備える。


 私は一気に前に詰めて────



 ※

 今日は自主練をする気持ちになれなかった。

 理由ははっきりしている。ゲームカウント1-6。完敗だ。


「…………」


 誰もいなくなった部室棟を前に俺はアルミベンチに座る。このベンチも、長年置いて置かれたのだろう。所々もう落ちない汚れがついている。


「負けちまったなぁ……」


 もうそろそろ日の入りなのだろう。夕暮れの空が、余計に寂しさを彷彿とされる。

 姫野先輩は小鳥遊に勝ったのだろうか? 負けたショックで女子の試合結果もまともに見れていないからわからない。


「合わす顔…………ねぇなぁ……」


 インターハイに連れて行く、なんて大見栄を切っておいてこのザマ。

 試合のペースを一度も俺のものに出来ず、あっという間に6ゲーム取られて終わり。情けないし不甲斐ない。



「敦也くん」



「……先輩……っ!」


 姫野先輩を視界に捉えて、俺はベンチからはねるように立ち上がる。

 先輩は少し元気がなくて、きっと俺が負けたのを知って、俺に失望しているのだろう。

 ……先輩はきっと勝ったんだろうな。準決進出を決めたんだろうな。


 何をしに来たんだろう? 負けた俺を慰めに? いや、先輩は律儀だから、ペアの約束を解消しにしたのかもしれない。

 何を言われても受け入れよう……。そもそも最初から、俺みたいな奴が先輩とペアを組むなんて百年早かったのだ。


「先輩ごめん、俺……負けちゃった」


 失望されるのも仕方ない。俺の実力じゃインターハイなんか行けるわけが無い。


「そうなんだ……」

「インターハイ連れてくって約束したのに…………ごめん」

「ううん……いいの」


 …………なんで怒らないんですか。なんで許そうとしてくれるんですか。


「先輩……ごめんっ……! 本当にっ……ごめん……」

「いいんだよ敦也くん」


 大粒の涙がこぼれ落ちる。

 先輩の顔を見れない。


「ねぇ顔上げて聞いて敦也くん」

「なんで……すか」


 俺は、涙をぐっと拭って顔を上げた。


 先輩は泣いていた。


「ごめん敦也くん、私も負けちゃった」

「え……?」

「小鳥遊さん、強いね。手も足も出なかったよ」


 先輩の肩は小刻みに震えていて、ぎゅっとジャージの腰の辺りを握りしめている。


「ごめんね敦也くん」


 …………こんな時、彼氏ならきっと彼女を優しく抱きしめてあげられたのだろう。

 でも俺は他人で、友達以上の何者でもないから。彼女を抱きしめることも、優しく手を握ってあげることも許されない。


「先輩、謝んないで下さいよ」

「じゃあ、敦也くんも謝んないで」

「いやいや、俺は約束守れなかったんですよ」

「そんなの私もだよ」


 確かにそうなんだけど!

 いやでも、先輩を責めるのもおかしな話っていうか……。


「あはっ」

「へ?」

「あははっ!」


 先輩は急に笑いだした。


「何がそんな面白いんです?」

「だ、だって敦也くん、すっごい顔に出るんだもんっ」

「そんなですか?!」

「百面相の練習でもしてるのっ……あははっ!」


 なぜかわからないが、元気になってくれたのならよかった……のか?


「また来年頑張ろうよ敦也くん」

「そうですね! まだあと一回ありますからね」


 先輩は俺にそっと手を差し出し、俺は握り返す。


「俺、強くなりますから」

「私も、強くなるよ」


 強くなろう。どんな相手が来ても負けないくらいのプレイヤーになろう。

 ただ、そんなことより…………



 先輩の手、めっちゃ柔けぇ。

第9話でした!

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