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第8話「本気なんですか?」

 ※


「よろしく心ちゃん」

「はい、お願いします葵先輩」


 ニッコリと屈託のない笑みを浮かべる葵先輩から差し出された手を私はしっかり握り返す。

 余裕そう……私なんかに負ける気は無いってこと?


「心ちゃん強いから勝ちたいなっ」


 勝てるかな、ではなく、勝ちたい......か。


「なんでですか?」

「え?」

「なんで『勝ちたい』んですか?」


 一歩踏み込んでみた。

 もちろんこれは盤外戦術。少しでも踏み込んで、感情を揺らそうという作戦。そして、それともう一つ……


「『勝ちたい』理由があるんですよね?」

「…………うん」


 先輩から笑顔が消え、真剣な表情になった。

 自分より格上の相手には、まずは言葉で追い詰める。そして更に、持ち前の高いテニススキルで倒す。それが私の常套手段。

 セコいやズルい、ドンと来い。

 私はそうまでしてでも、勝ちたいんだ。


「もう一度聞きます。なんで『勝ちたい』んですか?」

「……約束があるから」

「約束?」

「うん。大事な、叶えなきゃいけない約束があるの」

「へぇー」


 約束、ね。



「敦也とのですか?」

「っ......!」



 当たりなのね。

 カマをかけるだけのつもりだったけど、まさか本当に敦也と何かの約束をしてたとは。


「敦也くんが話したの?」

「いいえ? 私の予想です。まあでも、今確信に変わりましたけど」

「……」


 動揺している。分かるよ先輩、秘密がバレそうになったら焦るよね。

 でもここは勝負の場。優しい小鳥遊心はいないの。


「どんな約束であれ、私が勝ちます」

「……だめ。私が勝つ」


 どうしても守りたいのね、敦也との約束を。


「敦也との約束、本気なんですか?」

「うん、本気」


 約束の中身は大体予想がつく。きっと今回の県大会予選から導入される新部門、ミックスダブルスのペアを組むという約束だろう。


「葵先輩にとって、敦也はどんな存在なんですか?」

「えっ……」

「どうしても約束を守りたいほど、大切な人なんですか?」

「そ、それは……」


 下ごしらえはこれくらいでいいわね。


「私負けませんから」


 あとは叩き潰すのみ────!



 ※

 準々決勝の俺の対戦相手は、三年生の郡山名夜竹(こおりやま なよたけ)先輩。

 前回の部内戦はけがで欠場していたため順位はわからないが、ここまで来ている時点で実力者であることは間違いない。


「よろしくね、敦也君」

「こ、こちらこそお願いします」


 細身で高身長でとても不愛想、と聞いていたが噂は所詮噂らしい。

『フィールドの氷人』と噂されているらしい郡山先輩。俺はてっきり人柄のこと言っているのだと思っていたが普通に親しみの持てる優しい人っぽい。


「敦也君強いんだね。二回戦の試合を見ていたけど、勝てる気がしないよ」

「ははは……」


 ……嘘だ。

 この人の余裕そうな声音。本気じゃない。


「さあ、始めよう敦也君」

「はい……!」


 俺と郡山先輩は試合前のウォーミングアップを始め、サーブ権の先攻は郡山先輩になった。

 今回も俺は左手に姫野先輩とお揃いのデザインのリストバンドを付けている。常に心に刻み込んでおくためだ。


 俺は構え、サーブに備える。俺が構えたのを見た先輩はボールを高く振り上げる。


「た、高い……っ!」


 その高さは異常だった。

 サーブのトスは基本、コートから260センチ~270センチの高さに投げる。それがフラットサーブがほぼ直線で入るための高さだからだ。

 だが、郡山先輩が投げたボールは3メートルをゆうに越えていた。


「ッ!」


 サービスラインギリギリのコートの真ん中を打ち抜く素早いサーブ!


「くっ……!」


 俺は瞬時に右足を左側出して体を翻し、なんとかボールにラケットを触れさせる。

 しかし急なことで体勢が不安定だったため、ボールは浮き、相手コートのネット際に落ちる。


 俺はすぐに体勢を立て直し次に備える。

 先輩はオーバーになるのを躊躇したのだろう。緩やかなボールで安全に返した。


 今この瞬間、先輩は前に出てきていて後ろがオープンスペースになっている。

 ロブで確実に……いや、牽制のためにサイドを撃ち抜くか?

 考えている時間はない。ロブで頭上を抜く!


「っ!」


 俺の放ったボールは先輩の頭上を越えて、バックサイドの奥側にバウンドする。

 もう一度バウンドすれば────


「なっ……!」


 突如ボールを追っていた俺の視界に入ったのは郡山先輩の姿。

 なんで……! さっき頭上を抜いたはずじゃ……!


「ふッ!」


 スパーンッ!


「…………」


 俺はロブを打った時点でポイントの獲得を確信していた。返ってくることを予想していなかった。

 だからだろう、俺はバックサイドを駆け抜けたボールに動くことが出来なかった。


「…………まじか」


『フィールドの氷人』とはそういうことだったのか……!

 コート上をスケートしているかのように素早く移動してくる。それが『フィールドの氷人』……!



 ※

 試合は拮抗していた。

 私が行った盤外戦術の効果が出ていない。……いや、出ていてこれだけの実力なの……?


「くっ────!」


 一瞬の油断さえ許されない長いラリー。返球をミスすればあっという間にポイントを狩られる。

 ゲームカウントは3-4で、第8ゲーム目は現在、私のマッチポイント。


「ふっ────!」


 私の打ったボールはバックサイドのラインにギリギリ着地し、私のポイントになった。


 …………私、焦ってる……!


 普段なら絶対こんなギリギリなボールは打たなかった。焦って打点が前になったんだ……。


「はぁ……はぁ……」


 荒くなっている息を整えながら私はベンチに座る。

 ……わかっていたけど、強い。


 でも、だからこそ、負けたくない……っ!


 ゲームカウントは4-4。流れがどちらに向いてるのかは……わからない。

 ふと、葵先輩の左手の、薄ピンク色をしたリストバンドが目に入った。

 似たようなの……どこかで……?


「続けようか、心ちゃん」

「っ……!」


 ボウッと私の闘志が再び気高く燃え盛った。


「えぇ、始めましょう」


 そして私は、再び戦場へと足を踏み出した────

第8話でした!

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