第7話「私は応援してる」
※
ジーーーーーー。
「それでさ、野良が逃げ出してさ!」
「それ腹立つよなぁ」
ジーーーーーー。
「…………お前なんかしたの?」
「なんもしてないから困ってんだよ」
昼休み。
俺は、今日学校に来てからほぼずっと小鳥遊から見つめられ……いや、睨まれている。
大賀になにかしたのかと聞かれたが、本当に何も心当たりがない。
「睨むだけで話しかけてこないんだよ」
「やっぱり何かしたんじゃないか」
「何もしてないっ!」
強いていえば、昨日ダブルス組もうと言われ濁したことだが、あれはその場の流れみたいなもので、小鳥遊の性格上根に持つようなことはしないと思うんだが……。
「『俺の方がテニス上手い』とかなんとか言ったんじゃないのか?」
「言うわけないだろー?! むしろ言えるもんなら言ってみたいわ!」
男女を同じベクトルで測ることはできないが、相対的に見れば、小鳥遊の方が選手としての技量は上だ。
ジーーーーーー。
「てか、昨日の件だけどなんで濁したんだ?」
「え?」
「普通に気になったんだよ。小鳥遊とお前だったら十分強いチームだろ」
「まあそうなんだけど……」
昨日濁した理由は、姫野先輩のこととは別にもう一つある。それは、プレイスタイルの違い。
俺は粘り型。相手を時間掛けて分析し、徐々にプレイの主導権を奪い取るスタイルだ。
それに対して小鳥遊はオールラウンダーではあるが攻撃型で、強打をしっかり打ってくるため、ボールの主導権が試合中に彼女から移ることは無い。
「プレイスタイルの組み合わせが悪い。それとあとは普通に技量の違いだな」
「わからなくもないけどな……」
一年生で最も強い大賀がそう言うのだから、小鳥遊の実力は相当なものだ。
「普通にシングルス出た方が、小鳥遊は活躍できるだろ」
「だろ? だから断ったわけなんだが……」
ジーーーーーー。
こちらから話しかけるべきか……?
フイッ。
俺の視線に気付いてか、小鳥遊は俺からあからさまに目を逸らした。
普通に本人に聞くべきかなぁ……。
すると、向こうの方から、凄い圧を漂わせながら俺の方へ歩いてきた。
「敦也、話がある」
「は、はひ……」
なんか変な声が出た。
※
呼び出されたのは部室棟の前。いつも俺が部活後に自主練している所であり、最近は姫野先輩とイチャイ……楽しく談笑する場にもなっている。
「えーと……」
「私、見たんだ」
「っ!」
ま、まさか……!
「す、すごいね……」
思い当たる節はないと思っていた……だけど、このちょっと気まづそうな表情とこの場所!
間違いない、バレてるんだ……!
昨日、姫野先輩が来る前に俺が、勝てたことが嬉しかったので調子に乗って、『グレイトスマッシュ!』『ウルトラスマッシュ!』『プレミアサーブッ!』とか厨二っぽいこと言いながら練習してたのがバレたんだ……!
ど、どう言い訳すればいい……?!
「私は応援してる」
「……!」
技名を叫びながら練習するのを応援するとは一体どういうことだ?!
「流石敦也だよ」
褒められてない……! 絶対笑われてる……! 『流石敦也だよ(笑)』って、隠れた嘲笑があるに違いない......!
くそぉ、ただ調子に乗ってただけなんだ……! 普段からそういうことを言ってるわけじゃないんだ……!
「まさか姫野先輩と近づくなんて!」
「え」
ひ、姫野先輩......?
「小鳥遊? 何言ってるんだ?」
「私見たの! 昨日敦也が姫野先輩と仲良さげに話してるの」
「あ、あー......」
そっち、そっちかぁ......じゃあ俺の厨二病ごっこを見られたわけじゃないのか、よかっ............いや全然よくない!
「え、見たの?!」
「うん」
「じゃあ今日めっちゃ見てきてたのは?」
「敦也のどこがいいんだろーって」
「おい」
サラりと馬鹿にした上に盛大に勘違いしている小鳥遊。
「別に付き合ってないぞ俺と先輩は」
「そうなの? でも仲良さそうだったよ?」
「そう? そう見える?」
「そのニヤケ面やめろー!」
見られたのはマズったが、俺と先輩は恋仲と疑われるほど仲良しに見えるらしい。
それはニヤけるのも仕方あるまい。
「でも敦也にとっては大きな前進だね」
「おう!」
「でも本気で姫野先輩とはね」
「え?」
「だってそうでしょ」と小鳥遊は続ける。
「姫野先輩くらい可愛くて運動も出来れば男なんて選び放題だろうし、彼氏がいても不思議じゃない」
「うっ……」
確かに、彼氏がいても不思議じゃない。 でも彼氏がいるのに部活後に男と会うか?
鬼の居ぬ間に洗濯ならぬ、彼氏の居ぬ間に男と密会。そんな浮気まがいのことを姫野先輩がするだろうか、いやしない。
「た、多分いないと思う……!」
「めちゃくちゃ寛容な人かも」
「うっ……」
確かに、めちゃくちゃ寛容な彼氏の可能性も捨てきれない。俺なんか到底許せないし、ほとんどの男は許さないと思うけど、姫野先輩が惚れるような男であればそれくらいの寛容さを持ち合わせていてもおかしくない。
「し、しない! 先輩はそんな事しない! たとえ彼氏が許しても自分からそんな浮気行為する人じゃない!」
「なに必死になってんのさ、冗談だよ冗談! そんなことする人じゃないことくらい私だってわかってるよ」
じゃあ今の質問はなんだったんだ……。
そういえば小鳥遊が言及してこないあたり、ミックスダブルスの件については気付かれていないらしい。これはバレたら本当にマズいからな……。
「まあそれが聞きたかっただけだから」
「おう、俺も理由がわかってスッキリしたよ」
話は終わり、もうすぐ午後の授業が始まることを告げる予鈴が鳴る。
今日の部活では、3回戦の試合。すなわち準々決勝。気持ちを切り替えていこう。なぜなら相手は────
「あ、そうだ。敦也知ってる?」
「?」
「私の今日の対戦相手」
「いや知らないけど……?」
小鳥遊はこれからイタズラでもする子供のようにニヤッと歯を見せる。
「姫野葵先輩ですっ!」
第7話でした!
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