第6話「ご褒美、的な?」
※
「くっ!」
「っ!」
一分にも及ぶ長いラリー。一瞬たりとも集中力を切らすわけにはいかない緊張。
ゲームカウント5-4。
第十ゲームは現在、40-15。
再びリードした俺は、完全に流れを俺の物にし、夏冬先輩を圧倒していた。
あと一点!
「あっ……!」
瞬間、夏冬先輩のバランスが崩れ、ボールの球速が緩んだ。
俺の集中力は最高潮。当然そのミスを見逃さなかった。
パコーンッ!
俺は夏冬先輩のコートの左サイドを打ち抜いた。
ゲームポイント。6-4。
「……しゃっ!」
激戦を勝ち抜いたのは俺。思わず口から喜びの言葉が漏れた。
「やるじゃないか敦也」
「……すいません」
「なーに謝ってんだ。テニスに忖度なんかいらないんだよ。真剣勝負なんだからな」
「っ……はいっ!」
俺と夏冬先輩はしっかりと握手を交しベンチに戻る。
これで準々決勝進出。また一歩、姫野先輩とダブルスを組める可能性が上がった。
俺はタオルやら水筒やらを抱えてコートから出る。すると、
「敦也お疲れ様」
「おう。大賀も見ててくれたのか」
「こんな所で負けられちゃ困るからな」
選手待機スペース────六面のコートの後ろに連なる石造りのベンチ────では、小鳥遊と大賀が出迎えてくれた。
「心は?」
「ふっ、もち準々決勝!」
「流石だな。大賀は……心配するまでもないな」
「当たり前だろ」
これで一年生三人の県大会メンバー入りは確定した。普通に考えて快挙だ。他の一年生は一回戦は突破出来ても二回戦で負けてしまっている者が多い。
「でもどーするよ?」
「「何が?」」
「これでメンバー入りは確定したけど、どの部門で出るって話」
「なるほど、なら俺はシングルスだな。正直誰かに合わせる方がキツい」
「でしょうね」
大賀は飄々とそんなことを言ってみせる。
しかし、大賀のプレイに合わせられる選手など、団体戦メンバーくらいに限られるのもまた事実だ。…………俺も言ってみてぇよそんなセリフ!
「それで敦也は……?」
「えーと俺は……」
姫野先輩とダブルス組むという約束をしてることを言ってもいいものだろうか……?
もちろん大賀と心を信用してない訳じゃないが、二人で密かに交わした約束だ。勝手に言っていいものか悩ましい。
「ま、敦也は大人しく私とダブルス組もうね」
「え?!」
それは困る!
「俺は……」
「何か不満? それとももう約束があるの?」
「え、いやぁ……」
どうしよ! 姫野先輩との約束がある以上、小鳥遊とダブルスを組む約束なんか出来ない!
でも秘密の約束だし……!
「それを決めるのは敦也の出場部門が決まってからでいいだろ」
「ま、そうね。次の試合でポキッとするかもしれないし」
「縁起でもないこと言うなっ!」
※
「お疲れさま、敦也くん」
「姫野先輩……」
今日も姫野先輩は忘れ物をしたらしい。どんだけ忘れ物するんだよ、と言いたいところだが、一緒に帰れるので俺的にはラッキーだ。
「準々決勝進出おめでとう! 凄いよ!」
「あ、ありがとうございます!」
姫野先輩はラケットバックから「はいこれ」と未開封のジュースを俺に渡した。
「さっき当たったからあげる」
「いいんですか?」
「うん! 進出のご褒美、的な?」
「ありがたく頂戴します」
恋ってのは凄い。
ジュース一本という、些細なプレゼントですら、好きな人から貰うとこんなにも嬉しいものなのか。
「そういえば、今日の試合見てたよ」
「うっ……」
「あんまり納得いってない感じ?」
「はい。終盤でようやく自分のペースに持っていけたけど、中盤はずっと夏冬先輩のペースだったので」
こんな実力じゃ、姫野先輩とダブルスペアを組むに値しないだろう。
「インターハイ目指すなら、ここで苦戦しちゃダメだと思うんです」
「あはは、考えすぎだよ敦也くん」
「へ?」
「夏冬くんは、あれで相当焦ってたと思うよ」
「そうなんですか?」
「うん」と言って姫野先輩は続ける。
「前回二位っていうプライドもあるけど、リベンジしたかったんじゃないかな」
「?」
「夏冬くんは去年のこれくらいの時期に、今の高三の先輩たちにテニスでボコボコにされてるんだ」
「え、あんなに強いのにですか……?」
「強くなったんだよ」
強くなった……。
並大抵の努力じゃ、この学校の部内戦で二位なんて無理だ。だから、考えられる以上の、並々ならぬ努力を積み上げてきたのだろう。
「だから苦戦して当然! そんなに気に病むことないよ」
「あ、ありがとうございます」
そうだ……。俺が勝つということは、同時に誰かが負けるということなんだ。
県大会に出るというのは、簡単なことのようで、でもその肩には多くの重荷を背負うということなのだ。
「あ、これ頂きますね」
「うん、どーぞ」
ジュースは、リンゴの味がした。
※
私、小鳥遊心。
桜花高校テニス部期待の新星。
成績容姿、共に優秀。さらに運動も出来る。我ながら完成度の高い人間ね。
そんな完璧超人でも忘れ物くらいはしてしまう。
「忘れ物〜忘れ物〜」
小さな声でリズムを取りながら、私は校舎から離れた位置にある部室棟に急ぐ。
もうこの時間なら誰もいないはずなので、私が忘れ物をした事を気付かれることもない。
「……あれ、誰かいるのかな……?」
本来誰もいないはずの部室棟の近くから声が聞こえた。私は思わず陰に隠れる。
もしかして幽霊……? いやいや、幽霊が出るなんて話聞いたことないし、きっと私と同じ忘れ物をしてしまったドジっ子さんだろう。
「え?! そんなことあります?」
「それがあるんだなぁ」
男女がなんか凄い楽しそうに会話してる! 忘れ物をした人じゃない!
まったく、誰もいなくなってからこんな所でイチャイチャする不届き者はどこの誰よ。
私はこっそり陰から様子を窺う。
「(……って、敦也じゃん。あー……そう言えば自主練してるみたいなこと言ってたっけ。それともう一人は……)」
私は目線を動かし、敦也が話していた相手を視認して目を丸くした。
「(え、姫野先輩…………?)」
第6話でした!
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