第4話「すごい偶然!」
※
放課後デートに誘われた。
…………そう思っていた時期もありました。
俺は、『The テニスCLUB』と書かれた看板を前にして棒立ちしていた。なんてトキメキのトの字もない場所なんだ。
「先輩……ここって……」
「? 私行きつけのテニスショップ」
放課後デートと言えばスタバだのカラオケだの、健全な男の子ならそこら辺を想像する! ましてや姫野先輩に誘われたのだ、それはもうテンションが上がるもの!
期待値に対してこの落差はすごい!
「ちょっと見たいアイテムがあって」
もちろんテニスショップが嫌だというわけではない。……のだが、姫野先輩と二人で行くのであればもっとデートっぽい所がよかった……! というのが本音。
姫野先輩は俺を連れて店内に入っていく。店内には所狭しとストリングやガットやグリップテープ、シューズやリストバンドまで。テニスに必要とされるグッズが多く取り揃えられていた。
「お、おぉ!」
「凄いでしょ、必要な物がある時は大抵ここに来るんだ〜」
これはこれでアリだな。
テニスプレイヤー二人でテニスショップデート。非常に悪くない。むしろ良い。
右奥にはテニスウェアコーナーもあって、男性用女性用のウェアや、スポーツブラなども販売されているのが見えた。
先輩はどんなスポブラを……
バシンッ!
「え?! ちょ、どうしたの敦也くん?!」
「いえ自分を戒めていただけです」
「??」
俺って奴は、先輩でなんて妄想をしているんだ! そりゃあ薄ピンクのスポブラとか期待しちゃうけど!
バシンッ!
「えぇ?!」
「大丈夫です。己に制裁を加えているだけなので」
「大丈夫じゃないよね?!」
これじゃ性欲の権化と言われても文句言えないじゃないか! 先輩のおっぱいは主張が激しすぎず、しかし平らというわけでもないジャストサイズ。
バシンッ!
「また?!」
「俺は、俺が許せないっ!」
「えぇ?!」
この最低ゴミクソ野郎! なんて妄想をしてるんだ! 頭を丸めて謝罪だ!
姫野先輩をエロい目で見ちゃダメだ!
「……よし」
「……?」
「そういえば、先輩は何を見に来たんですか?」
「あ、そうだった。えーとね……これ」
そう言って姫野先輩が指差したのはリストバンド。
「あれ、先輩いつも白いやつ着けてません?」
「うん、着けてる」
「じゃあどうして?」
先輩は薄ピンクのリストバンドと、同じデザインの青のリストバンドを手に持って俺に渡した。そして、可愛い笑顔を作って俺に言う。
「同盟の証……的な?」
可愛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!! 先輩とリストバンドのベルトマッチやべぇぇぇぇぇぇえ!!!
もちろん声には出さないで、心の中だけに留める。
「同盟って……?」
「『ミックスダブルスでインターハイ行くぞ同盟』ってどうかな……?」
「なるほど……」
ヤバい、嬉しい。
ごわっと湧き上がる熱いものが俺の胸の奥を満たす。
「あれっ、もしかして嫌だった……? 私だけ浮かれすぎ?」
「そ、そんなことないです!」
嬉しすぎて思わず言葉を失っていたくらいだ。
「嬉しいです!」
「ふふっ、よかった!」
先輩の笑顔を見て、きゅっと胸が締まる。
俺はすでに、姫野先輩にとっての男子Aではなく、『木ノ下敦也』という存在になっているのだ。
「行きましょうインターハイ! 必ず!」
「うん!」
俺は改めてそう強く誓うのであった────
※
「おぉー! 俺、リストバンド着けるの初めてでなんか興奮です!」
「へー意外!」
「ラケット以外あんまりこだわり無くて。どれがいいとかもわからないし」
姫野先輩は「あーそれはあるよね」と軽く相槌を打ってくれる。
ショップからの帰り道、街灯が灯り始め、大人たちで賑わい始める居酒屋。
「…………」
「…………」
これは……アレか……! 食事だ!
先輩も何も言わないということは、俺から言うのを待っているのか……?
いやいや! 特に話題がないだけなのかもしれない。変に勘違いして空振りする方が、今後の関係性に影響する。
よし、ここは踏み留まろう。
「んぁー! お腹空いたね!」
「そ、そうですね……!」
やっぱり食事の誘いを待っている?!
いやまだわかんない! ただお腹が空いているというだけの報告かもしれない!
……そんなことを考えているうちに駅が見えてしまった。
「じゃあここで。今日はありがとうございました」
「ううん! こちらこそ付き合ってくれてありがとう」
俺と先輩は、上りと下りで分岐する改札通ってすぐそこで挨拶する。
「じゃあ」
「うん」
これで良い。別に焦ることじゃない。これからゆっくり距離を詰めていけば良いんだ。
「……って先輩? そっち上り方面ですよ」
「うん、私こっちだから」
「え」
それ……! それって……! 先輩とまだ一緒にいれる!
「俺も上り方面です」
「そうなの? 最寄りは?」
「N駅です」
「同じ! すごい偶然!」
…………キタ。
キタキタキタ。
キターーーーー!!!
「じゃあ一緒に帰りましょう!」
「うん、いいよ」
俺と先輩は同じ電車に乗り込み、隣同士に座る。そしてテニスの話をしながら十分間ほど電車に揺られ、駅の改札を出る。
「え、先輩もこっち?」
「うん」
「この角をこっち?」
「うん」
「この道を真っ直ぐ?」
「うん」
「……って、向かいの家じゃないですか!」
「ほんとだ!」
先輩の家は、俺の家と車二台分くらいの道路を挟んだ向かいの一軒家だった。
こんな奇跡あるか……? 惚れた先輩は向かいの家の住人で、最寄りも帰るルートも同じ。
「なんで今まで会わなかったんだ……」
「あ、私朝早いから」
「俺は部活後に自主練するからですね」
そりゃ会わないわけだ。
それに、同じ学校のテニス部じゃなきゃ、こうして交流することもなかったのだから、今まですれ違うことはあっても意識したことは無いわけで。
「凄い偶然ですね」
「そうだね! じゃあそろそろ。明日の部内戦も頑張ろうね!」
「はい!」
俺と先輩は互いに背を向けてそれぞれの家の玄関へ。最後に軽く会釈と手を振って先輩は家の中へと入っていった。それを見送ってから俺も家に入る。
「やばい……幸せすぎる……」
第4話でした!
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