第2話「夢があるの」
シングルス-1vs1の試合。守備範囲のサイドラインが一本内側になる。
ダブルス-2vs2の試合。全面が守備範囲となる。
ミックスダブルス-男女2人ペアのダブルス。
※
姫野葵に恋をした。
今まで俺は、彼女のテニスをプレーしているのを見ていた。そう、それはただ勉強のために。
しかし、
『カッケェじゃん!!』
あの一言で、俺はいとも簡単に彼女に惚れてしまった。
本気で狙うのであればライバルは多い。俺が彼女と彼氏彼女の仲になるには友達以上の何かにならなくてはいけない。
「……というわけで、どうしたらいい思う?」
「諦めた方がいいと思うよ」
「酷い!」
俺に辛辣な言葉を放つ大賀。クラスも同じの俺らは、よく教室で話す間柄だ。
「というか急すぎだろ。昨日はあんだけ否定してたじゃないか」
「あの後色々あったんだよ」
大賀は「ほー」とか「へー」とか言いながら昨日の俺と姫野先輩のやりとりの話を聞いた。
「なんというかお前……チョロいな」
「俺もそう思うが言わないでくれ」
というか、男ってのは女子に優しくされるだけですぐ好きになってしまう単純な生き物なのだからしょうがないと思う。
それに彼女の可愛さを加われば尚更不可避だろう。
「なになに〜何の話〜?」
「お、小鳥遊か」
「やほー! それで何の話?」
俺らのところにやってきたのは小鳥遊心。
自称ワンサイドアップでアッシュブラウンの髪がチャームポイントだという彼女は、俺たちと同じ桜花高校テニス部の新入部員。小柄なのを活かした機動力でどんなボールでも返してくる、女子テニス部期待の新星。
「こいつが姫野先輩に惚れたって話」
「恐れ多くも……」
「へー! 確かに恐れ多いね!」
一切表情を変えず、きっぱりとそんなことを言う小鳥遊。……まあこういう取り繕わない所が親しみを持てるんだけども。
それにしたって、少しくらい応援の言葉をくれたっていいじゃないか。
「応援したい気持ちもあるけど、実際どうするんだよ」
「うっ……」
「友達以上の何かって、言うのは簡単だけどなるのは超大変だぞ」
「ぐっ……」
大賀の言う通り、現状、その道筋は何も立っていない。
……正直に言おう、昨日はちょっと期待した!
あの話の流れから「私も自主練しようかな」とか「対戦相手がいた方がいいでしょ?」とか言ってくれて、仲睦まじくなれるのではないかと少し期待した!
だが現状はこの有様である。
すると、小鳥遊が「そーいえば知ってるー?」と言ってきた。
「なんか今年度から────」
※
「今年度より、インターハイに混合ダブルス部門────ミックスダブルス部門が新設されることとなった」
昼休みに空き教室に呼び出されたテニス部員は、顧問の先生からプリントを配布され、新部門設立という報せをもらった。
「ミックスダブルスとは皆も知っているだろうが男女混合ダブルスだ。当然だが、この部門でも関東大会優勝、インターハイ出場を狙う」
インターハイとは全国高等学校総合体育大会の別称。全国のトップ選手が集まる大会だ。テニス部門には、個人の部としてシングルス部門、ダブルス部門。学校代表として団体戦部門がある。
そもそもインターハイに行くためには、まず県大会を勝ち抜かなければならず、高校の多いうちの県からは県大会の決勝で準優勝まですれば、インターハイ出場の切符を手にできる。
そして、基本的に団体戦メンバーは高校三年生で固めることが多く、その他の部門は枠がある限り高校一年生まで降りてくる。しかし、例年一年生にはそう多く枠は降りてこない。
「というわけで、来週よりすでにメンバー入りを決めている部員以外で部内戦を行う。その上位に入った中から、ミックスダブルスに出場するペアを決める。出場できるのは計二組だ」
それだけ言うと顧問の先生は教室を後にし解散となった。次々に他の部員たちも教室を去る。
皆、冗談交じりに「ミックスダブルスだってさー」と楽しげに話す。だが俺は、席に着いたまま、思考を巡らしていた。
前年度までの県大会予選はシングルス三名。ダブルス四組。その時点で合計十一人。そしてミックスダブルス枠として出れるのは二人。
男子テニス部は総勢三十七名。すでに団体戦メンバーとなっているのは部長を含めた高三、五名。つまり、学年総混ぜの部内戦で、三十二人中、十三位以上にならなければならない。
しかし、学年ごちゃ混ぜの部内戦ということは、二年生に勝てば、その分の枠は貰えるのだ。
「……いける」
「?」
ボーダーラインを測って思わず声が溢れた。
部内戦は原則前回の結果を元に、強い人同士が潰し合わないようにトーナメントが組まれる。つまり、前回の記録のない高校一年生は、ほぼ常に先輩と当たるわけだが、
「俺とお前なら余裕だよな、大賀」
「ふっ、もちろん」
※
「っ!……っ!……っ!」
部活後、俺は今日も一人で残り自主練に励んでいた。
もっと上手くならなくてはいけない。大賀と肩を張れるくらいにならないと出場メンバー入りなんて遠い夢だ。
「くっ!」
パコーン!
俺はゴム紐付きボールを元に位置に戻し水分補給をする。
「あ、今日もやってるー」
「姫野先輩?! なんで今日も?」
「忘れ物しちゃって」
どんだけ忘れ物するんだよこの人。
女子更衣室に入るとすぐに白いリストバンドを持って出てきた。
「来週から部内戦だからあんまり無理しすぎちゃダメだよ」
「はい、気を付けます!」
やっぱり先輩は余裕なんだろう。今日もプレーを見ていたが、余裕で団体戦メンバーに入れそうなくらいにテニスが上手い。
「先輩はどうしてそんなにテニスが上手いんですか?」
「え?」
「俺も、先輩みたいに上手くなりたいんです」
「上手くなりたいかー……」
姫野先輩はどこか遠い目をしてから、俺の質問に答えた。
「私には叶えなきゃいけない夢があるの」
「夢……ですか?」
「うん。私はインターハイに行かなくちゃいけないんだ」
インターハイに行きたい。ではなく、行かなくちゃいけない。
使命感のあるその言葉は、俺の口から深層心理にあった言葉を誘発した。
「俺が先輩をインターハイ連れて行きます」
「……え?」
友達以上の存在。
先輩に恋馳せるどの男よりも近く。そして、頼れる存在になりたい。
「来週からの部内戦。俺は絶対県大会出場メンバー入りします。そしたらその時は、俺とダブルス組んでください!」
「……っ!」
…………何を口走ってるんだ俺はぁぁぁぁぁああ!!
急に冷静さを取り戻した俺は、表情には出さないが、髪の生え際にぎっしりと冷や汗をかく。
こんなん絶交って言われても文句言えねぇほどキモいじゃねぇか! 俺のバカヤロー!
だが、先輩の返事は俺が思ってたのと違い、
「いいよ」
「へ?」
「敦也くんがもし、ミックスダブルスのメンバーになれたら、組んであげる」
先輩の目は、冗談で言っているわけではないと、鮮烈に訴えてきていた。
そしてさらに彼女は言葉を紡ぐ、
「私を、インターハイに連れて行って」
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