第18話「優しいねぇ」
・連盟職員-本作中では高等学校体育連盟テニス専門部の職員のことを指す。
・グリップ-ラケットを握る時に持つ箇所。
・サーブ権の決め方-グリップエンドにあるメーカーのマークの向きによって決定する。
・ラフ-ラケットのグリップエンドに書かれいるメーカーのマークが正規と逆の時。
・スムース-ラケットのグリップエンドに書かれているメーカーのマークが正規の方向の時。
・スライスサーブ-フラットサーブより回転をかけることで、安定して入れることの出来るサーブ。サーブ者のボールの打ち方で曲度が変幻自在。
※
会場となるのは俺と先輩の最寄り駅から一時間ほど電車に揺られた先にある高校のテニスコート。
ハードコートが二面。普段、桜花高校で練習しているコートと同じだ。
「敦也くん、コンディションはどう?」
「バッチリです! 先輩は?」
「問題なしっ!」
現地集合だが、家が向かい同士の俺と先輩は、お互いの家の前から一緒に来た。
そりゃあテンションもコンディションもブチアゲである。
俺と先輩はそれぞれ色違いのリストバンドを腕に巻く。
嬉しいという熱い興奮と共に、負けるもんかという闘志がふつふつと湧き上がる。
「それじゃあ、第1コート、桜花対永明の試合から始めてくれ」
連盟職員の声掛けで、俺たちは準備運動を終えて受付に行き永明の選手と対面する。そして新品のボールを受け取り、第1コートへと足を踏み入れる。
ドクンッ! と大きく心臓が跳ねた。
「「「「よろしくお願いします」」」」
各々のベンチに荷物を置き、軽いサーブリターンを左右のサイドで行ってから、永明学園の男子────二年生の牧のサーブからとなった。
フォアサイドには俺。バックサイドには姫野先輩が立つ。
「ふぅぅぅぅぅぅぅーーーーー!!!」
俺は大きく息を吐き出す。
牧先輩がボールを振り上げる。
「すぅぅぅぅぅぅぅーーーーー!!!」
瞬間、牧先輩の放ったボールと右肩と左腰、左脚が一直線に繋がる。
フラットサーブ………ッ!
「ッ!」
牧先輩のサーブはサービスエリアの中央を捉えバウンド。すでに構えていた俺の間合いへとボールは流れ込む。
「ッ!」
前成分を意識しつつ、トップスピンを忘れずに────!
俺はそれをクロスに、牧先輩へと返球する。俺のボールは、相手のフォアサイドのサービスエリアを穿つ。
「くっ……!」
俺の掛けたトップスピンのボールは、バウンドすると大きく跳ね、構えていた牧先輩に苦しい体勢でボールを取らせる。
そしてそのボールの緩みを見逃す姫野葵ではない。
「ッ!」
パコーンッ!
姫野先輩のボールは相手コートのオープンスペースだったバックサイドを穿ち、二回目のバウンドを果たす。
「先輩、ナイスです!」
「敦也くんも!」
リターン側は、一点ごとに前後が入れ替わるので俺はフォアサイドの前衛に出ようと前に進むと、先輩がスっと左手を肩の高さに挙げる。
パーン。
俺と先輩は軽いハイタッチを交わした。
※
1回戦の永明学園。2回戦の東東高校。3回戦の宮崎高校をなんなく撃破した俺と姫野先輩は、本日最後の4回戦に勝てば、本選進出となる。
職員に召集され受付に行くと、そこには先日街中で出会った優しい先輩、多摩裕一がいた。そして隣のキツそうだがおっぱいの大きい女子がペアだろう。
「やぁまた会ったね」
「はい、来るって言いましたから」
優しそうな風貌は先日と変わっておらず、やはり彼には親しみが持てる。
「それでは4回戦始めてください」
「「「「はい」」」」
ドクンッ! と今日何度目かわからない心臓の飛び跳ねる音を聞く。
優しい人とはいえ油断大敵。相手は『カメレオン貴公子』という名の付くほどの実力者。
「ほな敦也くん、どっちや」
「ラフで」
多摩先輩は俺の答えを聞いてからラケットのヘッドをコートにつけてグリップを捻りクルクルと回す。そして三秒と経たないうちにラケットが倒れる。
「スムースや。ほな、リターン貰いまっか」
「はい」
後攻でサーブをすることで自分の手の内を少しでも少なく出そうっていう魂胆か……?
俺は先輩と話し合い、1ゲーム目のサーブは俺が打つことにした。
その後、お互いが軽いサーブリターンのやり取りをする。だがここでも多摩先輩は緩めのフラットサーブしか打ってこない。
「お願いします!」
本日4戦目。俺の体力は底が見え始めている。これは全員同じことだろう。姫野先輩の体力を考慮すると最初から強打のラリーに持っていくのは良くないだろう。
なら最初は────
「ッ!」
緩めのフラットサーブでサービスエリアの中央を狙った。
「優しいねぇ」
コートの縦一面分の距離があるのに、多摩先輩の冷徹な声がはっきり聞こえた。
刹那、凍てつくような悪寒が全身を駆け巡る!
「ッッッ!」
スパンッ!
多摩先輩のリターンは一切の弧を描かず、一直線に、姫野先輩の正面へ────
「うっ……!」
そのあまりの強打に、姫野先輩はなんとかボレーを返すもののボールは浮いてしまった。
だが、返ったボールは前衛の女子の守備範囲。俺が彼女のボレーに上手く対処すれば……
次の瞬間、前衛が逆サイドに走り、多摩先輩が現れた。
「ヒャッハー!!!」
スパーンッ! とトップスピンの掛かったボールがオープンスペースになっていたこちら側のバックサイドを貫いた。
「ごめん敦也くん」
「いえ、今のは俺が……」
俺がサーブを緩くしたからだ。
強めのフラットサーブか外向きに跳ねるスライスサーブでも打っていれば展開は違っただろう。
だが前者では強打のラリーになって姫野先輩の体力を無駄に浪費しかねないし、後者にしても姫野先輩に強打がいく恐れがあり体力の消費に…………。
「くっ……!」
俺はグッと左拳を握る。
次取られる訳にはいかない。次は女子の方が後衛、俺のサーブを取ることになる。男女ではどうしても腕力が違う。なら別に全力でサーブを打つ必要は無い……いや、ここで点差をつけられる方がマズい……!
「んッ!」
俺の放ったボールは、ラケットの面によって反時計回りに回転し、先程と同じ緩めのスピードでサービスエリアの内側の角を突くと、更に相手のフォアサイドに横跳びする。
「っ……!」
俺のスイングの時点でスライスサーブが来ることを予想していたのだろう、労せずして俺の球を返球する。
ここはクロスに返球して────
「……ッ!」
前衛の多摩先輩がセンターに寄っている! なら今は元いた箇所がオープンスペースだ!
「ッ!」
「ふっ……」
笑った────!
多摩先輩の不敵な笑いを視界に捉えて束の間。鋭いボレーはアウトギリギリのコースでサイドラインを跳ねた。
0-30
読まれてた……!
自分がセンターに寄れば俺が逆にオープンスペースになった敵陣のフォアサイドを打ってくると……。俺はわざと誘い込まれたのだ……!
ドクンッ!
と心臓が跳ねて痛い。
自分でもわかるほどに焦っている。試合開始直後の大事な流れを掴む時に2ポイント差は大きい。
でも俺はどうすればいい……?!
このままでは向こうに踊らされるばかりだ。
そしてまだ多摩先輩はサーブを打っていない。その不確定要素も脅威だ。
落ち着け……! まだ2ポイント差じゃないか……!
「敦也くん、大丈夫?」
「は、はい……大丈夫です」
姫野先輩に心配を掛けたくない。
ここは踏ん張りどころだ。俺が頑張らなきゃ……!
「優しいねぇ、敦也くん」
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