第17話「世の中は顔や」
※
隅田学園の高校三年生、多摩裕一。
『カメレオン貴公子』と称される男。桜花高校での彼と過去に戦ったのは二人。部長の飛竜先輩と当時高校一年生だった姫野傑先輩。
全国規模の大会への出場経歴こそ無いものの、調べてみたら区規模のいくつかの大会で優勝経験があった。
区規模の大会とはいえ優勝するのは簡単じゃない。もちろんそれ相応の実力があるはずだ。
しかし隅田学園はテニス強豪校ではない。まして県大会優勝経験すらない高校だ。当然スポーツ推薦だって届いているだろうに、何故それだけの実力者が隅田学園に……?
「…………」
自主練帰り。俺は一人商店街を歩く。
考えても仕方ないことだとはわかっているが、飛竜先輩が警戒しろと言うほどの相手、嫌でも考えてしまう。
すると目線の先から見慣れない制服の男子学生たちが歩いてきているのが見えた。
車二台は余裕で入る幅のある道を、我が道のように横に拡がって闊歩している。
背中にラケットバッグを背負っているのでテニス部だろうか……?
「ふー今日の練習もキツかったなー!」
「何言ってんだ半分サボってたろお前」
「人聞きが悪いな、俺は必要な分の練習はしてるぞ」
六人でガヤガヤと大声で闊歩する横を、手押し車を押していたお婆さんが通り過ぎ……
「あ……」
「おっと」
俺より十センチは身長が高いだろう右端の高校生に肩がぶつかった。
お婆さんはよろけつつ彼らを避ける。
「すいません……」
「気ぃつけろよばあさん」
「ッ!」
この男……! ぶつかっておいて謝罪もなしか!
咎めたら俺にヘイトが向くだろうが構わない。姫野先輩なら絶対に見逃さない。なら、姫野先輩と釣り合う男になろうという俺が、見逃していいわけない……!
「ちょっと」
「ん?」
「ぶつかっておいて『気ぃつけろよ』はないでしょう?」
「あ?」
威圧感がすごい。
でも引かないぞ!
「『ごめんなさい』くらいしたらどうなんですか?」
「てめぇ……!」
「まあまあ落ち着きましょって仙道さん」
俺と仙道さんと呼ばれた男の間に入ってきたのは、細目で銀髪の人物。
「すまんなぁ、うちの仙道は喧嘩っぱやくてなぁ」
「は、はぁ……」
「今回は仙道、お前が悪いで。お婆さんに謝っとき」
「う、うす……。お婆さん、すいませんでした」
「いいえぇ」
今にもキレそうになっていた仙道さんは、冷静さを取り戻しお婆さんに謝する。
「それにしても仙道さんに口出しするもんがおるとは、世の中も捨てたもんじゃないなぁ」
「は、はぁ……?」
その彼は「褒めとるんやで」と付け加える。
「君は性格がええ。自分なりの信じるものがあるんやね」
「ど、どうも」
すると彼はポンポンと俺の左肩に手を置いてニコッと笑う。
「そのままでいてなぁ」
「え、は、はい」
何かよく分からないが今の行動を褒められているようなので悪い気はしない。
優しい人だなぁ。
「あ、自己紹介忘れとったね。僕の名前は多摩。多摩裕一って言うんや」
「ッ!」
「ちゃんと勝ち上がってくるんやで、木ノ下くん」
「……はい、もちろんです」
俺の返事に「それでええ」と言ってから待たせていた五人に「行くで」と引き連れて歩いていく。
多摩裕一……『カメレオン貴公子』と言われる男と、まさかこんな所で会うとは。
良識があって優しそうな人だったなぁ……。
※
県大会予選の前日。
ここから俺がやるべきことは、明日をベストコンディションで迎えることだけ。
インターハイに行くには、この予選会で一戦も負けられない。
「敦也くん緊張してるでしょ?」
「ま、まぁ……高校入って初めての公式戦ですし」
それに姫野先輩とペアを組んでいるから……。
部活が終わり、皆が帰宅すると俺は姫野先輩に呼び出された。どうやら明日の作戦を詰めたいらしい。
「そんな気張る必要ないよ。自信過剰だけど、敦也くんと私の実力で1回戦、2回戦で負けることはまずないと思う」
「はい」
そもそも、ここ以外のテニス強豪校がミックスダブルスペアに強者を入れてくることは考えづらい。このミックスダブルスには中堅所の選手を入れてくるはずだ。
「警戒すべきは四回戦」
「多摩選手ですね」
「うん。お兄ちゃんに聞いてみたけど昔のことだからって何も教えてくれなかった」
こんな可愛い妹がいるのに教えない兄がいるとは!
将来の義弟として許し難い!
「俺も飛竜先輩に聞いたんですが、『言っても無駄だ』の一点張りで。教えてくれてもいいのに」
「え、飛竜先輩も……? なら多分それ、本当に意味ないんじゃないかな」
「え?」
飛竜先輩も傑先輩も、多摩裕一に言及しなかったのには理由がある……と?
「言っても意味が無い。それってつまり対策のしようがないってことだよね」
「そういうことですね」
対策のしようがない。そう聞いて思いついたのは一つの仮説。
「型が無い、ってことですか」
姫野先輩は無言で頷く。
テニスには万能型のオールラウンダー、アタック型のネットラッシャー、ディフェンス型のカウンターパンチャー、そしてアグレッシブベースライナーと大きく分けて四つのプレースタイルがあるが、彼はどれにも当てはまらない。…………いや、戦う度にプレースタイルを変えているということだ。
「でもそんなことってあるんですか? 努力うんぬんのレベルじゃないでしょう?」
そんなことが本当にできるのなら、余裕でプロを目指せるレベルである。
「だから私が提案する作戦は……」
「作戦は?」
先輩はニカッと笑って俺に作戦を告げた。
「私たちのテニスをしよう!」
※
「付き合ってやったんだから感謝しろよ裕一。わざわざ悪役まで演じたんだからよ」
「へいへい、ありがとう仙道」
「それでいい。にしてもお前、本っ当性格悪いな!」
「あれぇ? 良識があって優しそうな人を演じてたつもりだけど?」
仙道は「ぬかせ」と吐き捨てる。
「偵察に来てわざわざ『性格の良いままでいてね』なんて言うテニスプレイヤーが良識があって優しいわけねぇだろ」
「あちゃー、バレてたんか」
「バレバレだっつーの。あとそのエセ関西弁やめろ」
「優しそうな人を演じるのにはぴったりやったやろ?」
皆口々に悪い人っすね、と言う。
「でも性格が良いと思ったのは本当やで? そのままでいて欲しいっても本心や」
「そりゃ本心だよな、だって弱いもんアイツ」
隅田学園の彼らが来たのは偶然じゃない。全て多摩裕一が仕込んだ作戦。高校の公式戦に初めて出場する敦也の偵察に来たのだ。
「あとは姫野葵次第って感じか?」
「はっ、あの兄ですら僕に負けたのにその妹が僕に勝てるわけあらへんがな」
「そりゃそうだな。だからそのエセ関西弁やめろ」
ケラケラと笑い合う男たち。
「性格悪いとモテないぞ」
「仙道、世の中は顔やで? 実際どうや、お前乗り顔の良い僕の方がモテとるやないか」
「うぐっ」
仙道は性格自体良いものの、元々がコワモテなので近寄ってくる女子も少ない。対して多摩は、細目が逆に優しそうという印象を女子に与えるので密かにモテている。
「いいか? 世の中は顔や。まず顔が良くないと中身を見てもらえん。男は中身だとかぬかす女もいるが、そんなもん真に受けたらアカン。中身だなんだという女にロクな奴はおらん」
「お、おう……」
「だからあの子はモテるで? 顔も悪くないし優しいからなぁ」
「だけどな」と多摩は続ける。
「性格の良い奴は、テニス弱いねん」
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