第16話「俺の隣にいて」
※
「敦也くん聞いてっ!」
先輩が大きな声を立てて俺はハッとする。
先輩の目は、どこか覚悟を決めたような目をしていて、俺の胸の奥底からキュッと締めつけるような痛みが走る。
「私は敦也くんと組んだことを後悔してないよ。敦也くんを弱いだなんて思ったことないよ」
「……っ!」
「敦也くんだけの責任じゃない。敦也くんが弱いから負けたんじゃない」
違う……!
俺が弱いんだよ先輩……! だから負けたんだよ……!
なんで庇おうとしてくれるんですか……! なんで俺を捨てて工藤先輩の所へ行かないんですか……!
「私たちはペアだよ。負けた責任は二人にある。片方が責任を負うなんておかしいよ」
「……」
……ペアの責任は二人にある。
それは確かにそうかもしれない。俺も中学の頃だったらペアの子に同じ言葉を掛けていただろう。
だから先輩の言っていることは正しい…………。
「敦也くんが何に悩んでいるのか、私にはわからない。でも、テニスの悩みなら私も一緒に背負わせてほしい。私たちペアに関する悩みなら話して欲しい」
「……っ!」
なんでそこまでしてくれるのか……。ただのペアじゃないか、一時的なものじゃないか。
大会が終わればこのペアは解散する。そんな熱い絆で結ばれているようなものでも、永遠を誓うようなものでもない。
ただのテニス。一大会だけのペア。
「敦也くんにとっては、たかがペアかもしれない。でも私にとってはされどペアなんだよ。だから私にとって敦也くんは大事なチームメイトなんだ」
「先輩……」
いいのだろうか俺で……。俺が先輩の隣にいていいのだろうか。
すると先輩は俺の思いの丈を察してか、ニコっと笑って言った。
「『強くなる』って約束したじゃんっ!」
そして続ける。
「強くなろうよ私たちで!」
『強くなる』。
部内戦に負けたあの日、俺が姫野先輩に宣言したことで、姫野先輩が俺に宣言したこと。
…………これ以上、約束を反故にするわけにはいかないよな……。
「……ごめん先輩、俺が間違ってた」
「うん」
「だから先輩、俺の隣にいて」
「うん!」
※
帰り道。
俺と先輩は隣を歩きながら、お互いに口を開かずにいた。
てか、何を話せばいいかわかんねぇよッ!
ねぇ今どういう状況?!
ようやく心のモヤモヤが晴れて、ペア解散の危機を免れたと思えば謎の沈黙が続いている。
このラブパートでもテニスパートでもシリアスパートでもないこの状況をどうしろと?!
漫画ではこういうシーンはカットされるが、リアルではカットされないんだから話題くらい用意しとけよ!!!
「…………」
「…………」
ほら沈黙だよ!
どうしろって言うのさ!
…………正直聞きたいことは山ほどあって、その中でも聞きたいのは先輩のお兄さん、傑先輩のことについて。
「先輩」
「?」
「せ、先輩って……悩みとかありますか?」
「え?」
「い、いや、変な意味じゃなくてですね?! さっき悩みを解決してもらったので、先輩にそのお返しがしたいなと!」
悩みを解決してもらった———先輩に言葉で訴えてもらった────ので、何か感謝を形に出来ないかと思っているのは本心。
あわよくばお兄さんについて俺に話してくれないかという打算。
「特にないかな! 悩みというより課題の方が山盛りだし!」
「課題、ですか?」
「うん! 自分のこと、ペアのこと、多分私たちはまだまだ強くなれる。その強くなるための課題が山盛りなの!」
まあ課題が山盛りなのは確かだが、俺が聞きたかったのはそこじゃない……っ!
多分先輩の言う『自分のこと』の中には傑先輩のことも含まれているんだろうけど、話してはくれなさそうだ。
「そういえば敦也くん、ドロー表見た?」
「え?」
「今日の夕方頃に更新されてて、試合会場と対戦相手がもう見れるよ」
俺は慌ててスマホを起動し、あらかじめブックマークしていた県大会のホームページを開く。そこの最新情報のところにあった『ドロー表・予選会場の資料 (PDF)』というリンクをクリックする。
「えーーーーーーーーと、あった。M26ブロック。初戦の相手は永明学園か。このブロックには工藤先輩のペアはいませんね」
「そうだね、リベンジするためにも本選に出場しなきゃだね!」
「そうですね!」
予選トーナメントは4回戦まで。その後は本選。
見る限りテニス強豪校と呼ばれる学校名はない。しかし油断は禁物。学校が強豪校になるかは歴代の強さであって、一代の強さでは無い。つまり、どこにモンスタープレイヤーが潜んでいてもおかしくない。
「頑張りましょう、二人で」
※
結局先輩のお兄さんについての話は出来なかった。
ただ、先輩が戻ってきて欲しいと願い、工藤先輩があそこまで言う人物。どんな人物か気になる。
「部長、姫野傑先輩について教えて欲しいんですけど」
「傑について?」
悩んだ結果、同級生である部長の飛竜先輩に聞くのが一番早いという結論に至った。
「いやまあ凄い奴だったよ。バッタバッタと軒並倒して、あっという間に部のテッペンに立っちまった。先輩たち差し置いて、だ」
大賀に近い、となんとなく思った。
「そして顔もいいんだわ、悔しいことに」
そりゃあ、あの姫野葵先輩のお兄さんですからね……。さぞ美形男子てしょうよ。
「女の子にモテモテ。テニスの腕もヤバい。マジで文句の付け所のない奴だったよ。成績も良かったしな」
「でも……」と飛竜先輩は続ける。
「試合中に怪我してから、あいつは一度も顔を見せて来ねぇ……。あいつと同じクラスの奴がいないから引っ張っても来れねぇ」
飛竜先輩は悔しそうに、ぐっと下ろしていた拳を握っていた。
もし今も傑先輩が部にいたら、部長だったのは飛竜先輩ではなく傑先輩だったかもしれない。
「あと一勝でインターハイって所だったのにな」
「……っ!」
インターハイ。
ずっと遠いように感じるけど、辿り着かなくては行けない場所。
「ありがとうございました」
「もういいのか?」
「はい」
「そうか。あ、そうそう」
飛竜先輩は立ち去ろうとした俺を呼び止める。
「ミックスダブルスのドロー表見たぞ。恐らく敦也と姫野たちなら3回戦までは問題ないだろう」
「3回戦ですか?」
昨日見た限りだと名が馳せている選手は見受けられなかったが……。
「4回戦の相手、わかるか?」
「隅田学園の立川と多摩です」
「その多摩って奴には気を付けろ」
「何かあるんですか?」
俺の質問に飛竜先輩がコクリと頷く。
「そいつは三年の中で密かに話題になっている選手で、『カメレオン貴公子』って呼ばれている」
第16話でした!
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