第1話 「カッケェじゃん!!」
・ベースライン-テニスコートの一番奥のライン
・フラットサーブ-肘が伸びきりラケットの裏側が見える状態で打つサーブ。スピードや威力から相手のミスを誘う。ファーストサーブで多く使われる。
※
パコーンパコーンパコーン────
「敦也! 足動いてねぇぞ!」
「はい!」
部長から指摘され、俺はさらにギアを上げる。
キュッと右足の先を捻って、次にボールが来るだろう位置を予測し先回りする。ボールは俺が思った通りの場所へ飛んできた。
俺は前へ踏み込み、相手コートの空きスペースへ狙いを定める。
「ッ!」
バシュッ!
バックハンドで放った俺のボールは、狙い通り相手コートの空きスペースであった対角を穿ち、相手のラケットに触れられることなく二回目のバウンドを果たした。
「よし!」
「よし、じゃねぇよ敦也。雑すぎる。トップスピンを意識しすぎだから、もう少し前向きの力を足していけ」
「はい!」
部長の飛竜真幸先輩にそう指摘され、俺は何回か今の打感を思い出してスイングする。
確かにトップスピンを掛けすぎたかもしれない。良い球を打てた時の打音はもう少し軽い。
「もう少し面の向きを意識してスイングしてみろ」
「はい!」
我が桜花高校の中でも、俺が所属するテニス部は関東大会出場の常連校で、学校側も非常に力を入れている。そのため練習は厳しく、四月の入部時点で十数名いた新入部員は四月下旬にさしかかる現在では、片手で数えられる程になってしまった。
「張り切ってるな敦也」
「張り切るに決まってるだろ、高三の先輩と練習できる貴重な機会だぞ?!」
「はいはい」
俺を軽くあしらうのは同級生の中山大賀。吊り目気味の男子で、俺と同じく、厳しいトレーニングに一ヶ月耐えた男。
「次、葵!」
「はい!」
隣のコートから彼女の名前が聞こえると、皆一斉に視線を女子のコートへ向ける。もちろんその目的は今名前が呼ばれた女子、姫野葵である。
女子テニス部の高校二年生で、次期部長と期待されている姫野先輩は皆が認める美少女だ。成績は学年トップクラスでスポーツ万能。
また、その容姿も美しく、ライトブラウンの髪を束ねたポニーテールに、栗色の瞳が備わった長いまつ毛にぱっちりとした目。そして、肌荒れひとつ無い綺麗な肌。
まさしく才色兼備。
「見過ぎだ敦也」
大賀が俺にそっと耳打ちする。
「え?! い、いや、そんなに見てない! 少しだけだ!」
「惚れる気持ちも分からんではないけど、やめといた方がいい」
「惚れてない! 惚れてないから!」
「ふーん、まぁ何にせよやめておいた方がいい。木ノ下敦也15歳、身長170センチ前後、体重不明、成績不優秀、黒髪のツーブロック、特技テニス、趣味テニス。特徴テニス馬鹿。…………だから姫野先輩はやめておけ」
「ご丁寧に俺の自己紹介どうも! でも本当に惚れてないから!」
そんな会話をしているうちに姫野先輩が一ポイント取って試合が終わってしまった。
試合見たかったのに!
すると男子テニス部の部長の方が声を発した。
「次、大賀!」
「はい。んじゃやってくるわ」
「おう」
軽く意気込んでからベースラインに立ちサーブに備える大賀。対峙するのは高三の先輩。圧倒的格上だ。
「────ッ!」
先輩が放ったのはその長身を活かしたフラットサーブ。そのため入射角が大きく、小さく弧を描いたあと、コートにバウンドすると大きく跳ねる。
身長が俺と大して変わらない百七十センチくらいの大賀にとって中々厳しいボールだろう。…………しかし、
スパーンッ!
「…………」
「……ふっ」
本来であれば浮いたボールになるであろうリターンを、大賀はフォアハンドでクロスに打ち抜いた。そして余裕の笑みを浮かべる。
「いいぞ大賀、その調子で行こう」
「はい」
今のボールは、フラットサーブだからボールの軌道こそ読みやすいが、高く跳ねたボールを取るためにはベースラインから下がるか、前に出て跳ねきるより先に打つしかない。しかしベースラインから下がる場合、ネットまでの距離が遠くなり、相手につめる時間を与えてしまう。
「来るとわかってたのか?」
「わかってはいなかったけど予想はしてたよ。身長が高いとフラットを打ってくる人が多いしね」
「なるほど……」
テニスの腕は、俺以上。正直言って、同期で入った中で唯一俺に勝てないと思わせた男である。
※
部活の練習は原則午後六時まで、学校の門が閉まるのは午後七時である。
「んじゃ、敦也あと頼むぞー」
「はいわかりました!」
基本的に部活で使ったボールやネットの片付けは下級生の仕事で、先輩たちは六時になると着替えてすぐ下校する。
すると片付けを終え着替えた大賀が、未だ着替えない俺に話しかける。
「敦也、今日もやるのか?」
「もちろんだ。一日でも早く上手くなりたいからな」
テニス部の備品の一つに、自主練で使える、ゴム紐で繋がっていてボールを打ったら勝手に返ってくるやつがある。
俺は部活が終わると、部室棟の前のスペースで、毎回これを使って自主練している。
大賀を含め他の同級生たちは、片付けが終わるとすぐに帰るので一人集中できる環境なのである。
「くっ……!」
パコーン! パコーン! スパーン!
打ったらすぐに返ってくるボールを、俺はさらに打ち返す。打球音を確認しながら微調整を繰り返す。
そういえばトップスピンより前に押しだすのを意識しろって言われたっけ……。
トップスピンを掛けつつ前に押し出すイメージ!!!
「……あれ、君は」
「…………え、姫野先輩?!」
部活棟の陰から突然現れた姫野先輩に、俺は思わず足が止まる。
すると当然勢い良く放っていた俺のボールは、その威力のまま跳ね返ってきて……
「あ!」
バコンっ
……と俺の右側頭部にボールがぶつかった。
俺は「いて〜〜〜」とボールのぶつかった箇所を押さえてうずくまる。
「だ、大丈夫?! なかなかの威力だったけど……」
すると姫野先輩は屈んで俺の心配をしてくれた。
「あはは、大丈夫っすよ。それより姫野先輩はなんでここに?」
「忘れ物を取りに来たの。君こそ何してるの?」
「自主練です」
「偉いね。君、名前はなんて言うの?」
「木ノ下です。木ノ下敦也」
すると姫野先輩は「木ノ下……うーん木ノ下かぁ」と言って、何かを閃いたように言う。
「じゃあ敦也くんで!」
「え?!」
「あ、嫌だった……?」
「全然全然! むしろ嬉しいというか光栄というか!」
「よかった! うちの学年にも木ノ下って女子がいてね、こんがらがっちゃうから」
何その理由可愛い。
「……でもなんで自主練?」
「同級生に負けたくないんすよ。そいつ頭もそこそこいいから勝てそうなのテニスくらいしかなくて。それに俺、テニス大好きなんすよ。だから勝つならテニスで勝ちたい! って思って」
「うんうん、カッコいいね敦也くん」
「え?」
カッコいい……? あの姫野先輩にカッコいいって……! う、浮かれるな俺!
「いやいや、まだまだですよ。ようは単なるテニス馬鹿なだけで……」
「カッコいいよ」
「っ……!」
姫野先輩は真っ直ぐに俺を見ていて、俺は彼女の瞳から目が離せなかった。
心臓がドクッと大きく跳ねた。
「テニス馬鹿なんて褒め言葉だよ。何であっても、それに一生懸命になれる人は凄いんだよ」
体の芯から燃えるような感覚が沸き起こる。
そして姫野先輩はグッと拳を握って親指を立てて言った。
「敦也くん、カッケェじゃん!!」
その言葉で俺は、決して惚れてはならない高嶺の花に恋をしてしまった────
『らぶゲーム!!』第1話をお読み頂きありがとうございます!
これは、テニス馬鹿の敦也が、葵と付き合うために奮闘する物語です。もちろん、テニスの方もしっかりと描写していきます。
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それでは、最後までよろしくお願いします!