第一話『博識な年長者』
「ハアァァッッ!!」
ドガン、と辺りに地響きが轟く。青白く光る小さな玉が的確に魔物の核を突き、数十体居た魔獣は皆横たわり、身動きをとれていないようだ。
「おそらくこれで魔獣は最後ですわ。もう安心してください」
高く結ばれた紅色に艶めく髪がさらりと風に煽られる。多く見積もっても10代前後の少女。少女はにこりと高貴な笑みを浮かべた。その表情からは見た目にそぐわぬ貫禄が感じられた。
「助かりました……!!貴方様が居なければ今頃町は……」
安堵の表情を浮かべ、感謝を述べる老人。
ここは小さな村で、少女に感謝を述べている老人は、この村の村長だ。ここ最近、凶暴化した魔獣が人々の暮らしを襲い始めた。そこで、近くのギルドに依頼した結果、この少女がやってきたわけだ。
しかし、なぜこんな小さな少女が凶暴化した魔獣を倒せたのか。
まず大前提として、この世界は魔法と剣の世界である。魔法、魔獣、魔物、魔神、魔王......魔のつくものがあり得るこの世界。
この世界の全ての生物には魔力が流れており、本来は頬をくすぐる程度の小さな風や、指先サイズの小さな炎を出すなどその程度で、日常生活に使用される程度だ。しかし、鍛錬を積んだ者は膨大な魔力量を誇り、魔法を自在に操ることが出来る。
魔道士や魔術師など、魔法を使った様々な職業が存在する。またギルドといい、剣や魔法を行使した者たちが荒れ狂う魔獣などを、依頼を受け解決する場もある。
魔法とは、この世界では当たり前のものだ。魔法があることで人々の生活が豊かになるが、またその逆もある。
人々の魔法との関わりは数千年、数万年、あるいはそれ以上も前のことで、この世界が始まった頃から魔法は存在していたのだ。
生物が進化するとともに魔法も進化し、昔は戦闘での使用が主であったが、今では人々の生活に深い影響を与え、浸透していく存在となった。戦闘をするのにはもちろんのこと、開発や発明にも魔法は使われた。
もちろん魔力や魔法は利点だけではない、先程言った通り、その逆、つまり欠点となることもある。
魔力は本来、生物の体に流れていることがほとんどだ。しかし、何らかの不具合や故意な行いにより、穢れを生む場合もある。それが、魔物、魔獣、魔神などの、魔族と呼ばれる者たちだ。
これらは大昔から存在し、今も存在し続けている。そしてこれらは私達人間と対立し、人間と魔族の間には深い溝ができている。童話などでもよく聞く話だ。
最近では魔族の中でも種族や民族ごとに対話が可能で、好戦的でない者も出てきている。しかし古くからの偏見は根強く残り、今でも魔族を嫌い、それだけに留まらず、ドワーフやエルフなども嫌い、人族以外の全ての種族を卑下する者も居る。
そしてこの少女、ノーティア。彼女もまた魔術師である。彼女は幼さを感じさせない戦闘をする。歴史に名を残すような魔神を瞬殺したり、3桁レベルの魔物を撃破したり、人知ではあり得ない強さを持っているのである。
「ところで」
とノーティアは話を遮った。
「依頼が終わってすぐに報酬の話、というのも気が引けるのですがよろしいかしら?」
眉を下げながらもそう言ったが、依頼主はにこやかな笑みを見せつつ「もちろんです」と言った後、「しかし」とまた話を続けた。
「バートリーさんのような偉大なお方ならばもう少し報酬に色がついても良いと思うのですが……。本当にこれっぽっちでよろしいのですか?」
それにノーティアは「ああ」と相槌を打った。
ノーティアは、世界的に見ても優秀な魔法使いである。それゆえに彼女への報酬は右上がりになるわけで、彼女が必要としているものは金銭ではなかった。彼女は、もうすでに生涯遊んで暮らせるほどの金銭が有り余っている。
彼女の相棒はお金が大好きだ。それによってお金集めが大の得意なのだ。だから、今金銭を多く受け取ったとて、どうともならないわけで。
そんな彼女も、ボランティア精神で依頼を受けているわけではない。報酬はきっちり貰う。ただ、望むものが金銭ではないだけだ。
「ええ、もちろん。報酬はしっかりと受け取りますわ」
彼は、何をさせられるのだろうと不安げに表情を曇らせた。
「ふふ、そう怖がらないでくださいな。私が望む報酬、それは情報ですわ」
ぴしっと指を立て親しみを込めてにこりと微笑んだ。
しかし、彼は「情報ですか?」とさらにどよんと表情を曇らせてしまった。
取って食いやしないのに申し訳ないと思いつつも、依頼主を安心させるためにもノーティアは説明を続けた。
「実はわたくし、少々厄介な呪い......いえ、病気にかかっているんですの」
「ははぁ、それは御愁傷様で......」
依頼主は気の毒そうな表情で、なるほど納得、という印象だ。
「わたくしはその病気を治すためにこの旅を続けているんですの」
「なるほどなるほど、ちなみに、どのような病気なのですか?」
「お教えできませんわ」
図々しいと思わないのか、とでも言い出すかのような威圧感で、淡々とそう言うと、依頼主も己の図々しさに気がついたのか、「これは失礼しました」と軽く頭を下げた。
「ふふ、分かってくだされば良いのですよ。こちらこそ話の腰を折ってしまって申し訳ございませんでしたわ」
先程の威圧感など感じさせず、コロリと表情を変える様子は、一級魔法使いであることを感じさせた。
「ええと、それで、つまりはどういった情報がほしいんですか?」
「はい、わたくしは薬学や魔法に精通している方々を探しております。とにかく、重い病も治すことのできそうな人材や情報はございませんか?」
ふむ、と依頼主は考え込むように、顎に手をおいた。しばらくの沈黙の後、
「つまり、ノーティアさんよりも偉大な魔法使い……ということですよね?」
「そのほうが望ましいですが......生憎わたくしは治癒魔法はそんなに行使できませんの。ですからわたくしよりも優れていなくても結構ですわ」
「なるほど。そういうことでしたら、、、。我が村の1番西側に住んでいるカントリーさんを訪ねてみるとよいでしょう。カントリーさんはこの村一番の年長者なのですが、それだけに知識量も私などと比べると桁違いなのです」
「へえ、興味深いお話ですわ。カントリーさん、訪ねてみようと思いますわ。有益な情報、感謝いたします」
人当たり良くにこりと微笑んだ。
「それでは、今後御縁がありましたら、何卒ご贔屓に」
それから、しっかり宣伝も兼ねて。彼女がニコリと優雅に微笑むと、依頼主も「ええ」と頭を縦に振った。
互いにペコリと軽く会釈をして、それぞれ別の方角へと歩いていった。
そして、しばらく歩き、依頼主の姿が見えなくなった頃になる。
「師匠、先程の方からは、もっと多く依頼金を多く取れましたよ」
「最初に口を開いて言う言葉がそれですか全く、ヴィルは」
ヴィルと呼ばれた青年は、むっと顔をしかめていた。
金の繭のように艷やかな長い前髪から見える気だるげな瞳は、紫水晶のように煌めいている。背中には大きな両手剣を斜め掛けしており、暑苦しそうなロングコートを着ていた。その中でも、1番に特徴的なのは長く尖った耳だ。彼はいわゆる長耳族、エルフだ。エルフは何と言っても長寿で、古代から生きるエルフもいるのだとか。
ヴィルが彼女を師匠、と呼ぶ理由は彼女が敬われるべき存在だから。
ノーティアとヴィルは雇用関係だ。一人旅は何かと不便な点が多いようで、もう一人と思い、雇ったのが彼だった。それに加え、彼女はヴィルの剣の師匠でもある。師匠と言っても、ノーティアの場合は剣メインで戦闘をしているわけではない。基礎的なことと、体作り程度しか教えていなかったのだが、ぐんぐん吸収して今では超一流の魔剣士だ。どうやら剣の扱いはノーティアよりもずば抜けて長けており、負けたような気がして悔しいと劣等感を抱いている場面もあるようだ。
「ヴィル、そうやってすぐにお金に執着するものではありませんわ。それに、これ以上お金を集めてどうするんですの」
ノーティアは眉を吊り上げた。子供を諭すように、柔らかく。
「おや、金はいくらあっても困りませんよ」
しかしヴィルは、生娘を手のひらの上で転がしていそうな声音で爽やかな笑みを浮かべた。
憎たらしいが、ヴィルは相当顔が整っている。そのためか、周囲にいた若い女性からは黄色い悲鳴が上がった。
鬱陶しいと思いつつも、「行きますわよ」とヴィルに声をかけた。
「ええと......。この村の西側、と言っていましたわね。西...?ってどこかしら。多分こっちね」
「ちょっと師匠!!!そっちは南です!!!師匠は前を歩かないでください!!俺が先導しますんで!!」
「はいはい」
「はいは一回です!!」
ヴィルは、鬼のような形相でノーティアを睨みつけた。
「そんなにカッカしていては寿命が縮まりますわよ」
腑に落ちなかったのかいたずらめいた声音でニヤニヤとからかった。
「俺はエルフですよ。寿命が縮まったところでさしたる問題ではないです」
「そうですか」
しかし、彼は本当にどうでも良さそうに、そう吐き捨てた。それにノーティアはため息交じりで微笑んだ。
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「どうやらこのあたりのようですね」
「手土産もなしに突然尋ねるなんて無礼よね。まあしかたのないことなのだけれど」
「追い返されればそれまでですよ。どうせ、有益な情報を得られる確率なんて無いに等しいんですから」
ヴィルは気だるそうにして返答した。
そうなのだ。彼女の病は極めて稀で、博識な者や、長寿の種族でも病名すら聞いたことがない。しかし、彼女自身も持病について詳しく知らないし、治す方法が見つかるなんて絵空事のような話だ。
それでも、ノーティアとヴィルは多少の希望を頼りに旅を続けている。
そんなこんなで、ノーティアとヴィルは手がかりを持つ可能性のあるカントリーさんのお宅を訪ねた。
見た目は木製建築で、平屋だ。一人暮らしをしていると言っていたから、この広さで十分なのだろう。築何年かは知らないが、それなりに頑丈そうで、設計費は相当なものになっただろう。
つまりカントリーさんはそれなりな功労者だ。それにこの村で1番の年長者だとも言っていたことを考えれば、知識量は確かであるのだろうと思わされた。
木製の扉を三回ノックした。するとすぐに返事が聞こえてきて、その声音は、老いてはいるが、ハリがあり若々しい声だった。
そのまま、木製の扉が開いた。扉が開いた瞬間にふわりと木の香りが鼻をくすぐった。
最近建て直しでもしたのだろうか。そうとなれば今現在も資金はたくさんあるということだろう。ノーティアからすればそんなことどうでもいいのだが、ヴィルはやはりこういう所には異様に敏感で、相当な資金があることに気がついたようで、途端に目の色を変えた。
ノーティアは呆れつつも、まあそこがヴィルの魅力であるに違いないと思うことにした。
さて、カントリーさんと言えば、冒険者だったのだろうか。少なくとも、今でもよく体を動かしているかのごとく健康そうな体と顔だ。見た目からは年長者であることは信じられない。
「なんですかな、お嬢さん。そちらの方も見かけない顔ですな」
カントリーさんは嫌な顔一つせず、紳士のごとく柔らかな笑みで出迎えてくださった。人当たりのいい人なのだろう。この村でも信頼されているのだろうということがよく分かる。
「突然の訪問の無礼をお詫びいたします。わたくし、ノーティアと申します」
にこやかに微笑むと、ミニスカートを持ち、花を咲かせるかのように華やかにお辞儀をした。それに続きヴィルも、
「ヴィル・ウィズドです」
と名乗った。
彼はまだぎこちないが、礼儀作法やマナーもノーティアからそれなりに教わっている。それだけあって、ヴィルもなかなか様になっていた。
その様子を見たカントリーさんは「ほぉ......」と手に顎をおいて感心しているようだ。
「それで、どうかされましたか?」
カントリーさんはやはりにこやかに笑みを浮かべ、良くしてくれた。
「はい、実はわたくし珍しい病にかかっておりまして」
「ええ?立っていて大丈夫なんですか?良ければこちらへどうぞ」
なんて親切な方なのだろうと思ったが、「いえ、大丈夫ですわ」と断った。しかしそれでも彼はまだ気を遣い、家の中へはいるよう手招きしてくれた。
ノーティアたちは彼の好意に甘えることにした。
「突然訪ねたのにも関わらずありがとうございます」
「いいえ、お客様を出迎えもしないなど、老害と言われてしまいますわい」
軽やかにジョークを発するユーモアに「あら」と困ったように笑うノーティアと、それとは対照的にじっとカントリーを見つめ、まるで魔獣を狩るときのように鋭く瞳孔を光らせる。
「ふふっ。申し訳ございません、この子わたくしのことを守ろうと必死なのですわ」
途端に、そんな事を言いだした。
その瞬間空気は変わった。まるで大きな冷凍室のように冷やかになった。
「いいえ、構いませんよ」
互いに口元だけほころばせ、目元は観察し合い、探り合う。沈黙が3秒ほどあった後、
「ふふっ。そう警戒しなくても大丈夫よヴィル」
その発言にヴィルはむっと顔をしかめた。
「そういう風に油断ばかりして、本当に大丈夫なんですか?」
「あなたは本当に警戒心が強いわね、まるで野良の猫みたいだわ」
「だって師匠は変なところばかり抜けているじゃないですか」
「ひどい言い草ですこと」
「俺が警戒していないと師匠はすぐに殺されますよ、師匠は不意に弱いんですから」
「不意が弱いのは認めるけれど、わたくしとて初対面の相手に警戒心もなく家に上がり込まないわよ、彼は警戒心を持つに足らない相手だから警戒していないだけよ」
二人の会話をカントリーはずっと笑顔で、黙って聞き届けた。
そうして__
「警戒心を持つに足らないとは、どういう意味ですかな」
「そうお怒りにならないでくださいな、カントリーさんが弱いとは言っていませんわ」
「......」
そんな言葉をきっかけになぜか怒り、またそれを抑え、また無言になった。
「何が目的なんですか、あなた」
今度は、ヴィルがふいにそう口にした。そのヴィルの顔は、まるで魔物と遭遇したかのように殺意を剥き出しにしている。
「一体どういうことですか?」
カントリーは怪訝そうに顔をしかめる。しかしヴィルは一層殺意を込め、そして呆れたような顔をしている。
「魔族は、プライドが高いですわ」
「はい?」
「自分の強さを侮られると怒るのよ」
「それに、貴方」
少しの沈黙の後__
「魔物臭いのよ」
辺りに金属音が高く鳴る。
その言葉と同時に場の空気は一変した。
ノーティアは腰に下げていたトンカチを取り出し、カントリーを唐突に殴った。
その高貴さは依然残ったままだ。しかしやはりその攻撃には殺意がこもっており、常人ならば身震いするほどだ。
ヴィルはどこから出したのか短剣を手に取り、カントリーに瞬く間に近づき、警戒態勢に入る。
カントリーはというと、ノーティアが殴った場所。頭部だ。頭部は大きく凹み、顔はぐちゃぐちゃになり、あたりに血が飛び散__ることはなく、もやもやと霧がかかったかと思えば、斬りが掛かった輪郭がぐにゃぐにゃ曲がり、カントリーの形が形成された。
「ひどいじゃないですか、突然殴るなんて」
「明らかに人ではないものを見せておいて、よく言いますこと」
そう、カントリーのそれは、明らかに人のそれとはかけ離れたものであった。
一度、カントリーは脳みそを潰され、跡形もないほどに顔を潰され、死んだのだ。
__それなのにだ。
目の前のカントリーらしきものは、まだ息をしている。否、本当に息をしているのか。
目の前にいるカントリーらしきものは、カントリーではない。
無論、カントリーがもともと“らしきもの”であれば、それはカントリーに違いないが、おそらくこの“らしきもの”の体は人間の、カントリーのものそのものだ。
つまりは__
「この人、取り憑かれてますね」
言葉を発したのはヴィルだ。
剣に手をかけ、戦闘態勢になっている。研ぎ澄まされたヴィルの集中力は、凄まじいものだ。
そのものを捕らえ、殺すまでその集中力が途切れることはまずない。
ヴィルのそれは、まさにノーティアよりも遥かに上だ。
最も、ノーティア自身がさほど集中力を高めていなくてもそれを殺すことができ、かつ広範囲を見渡しているからというのもあるが。
「ええ、どうやらそのようですわね」
「__ああ、バレてしまいましたか。残念です。」
「戯言を」
取り憑かれている、その表現に疑念を持つかもしれないが、ここでの解釈として、“魔物に取り憑かれている”という解釈が正しい。
どうやら魔物の中には人に取り憑き悪さをするような、多少頭が良い輩もいるようで、目の前のものが自分の見知ったものという確証が必ずあるというわけではないというのがこの世界の恐ろしいところだ。
「対話は可能ですの?」
「ええ、ええ。もちろん。私はそこらの魔物とは違うものですからね。なんせ、人に取り憑くことが出来る」
「何を仰っているのか理解できませんけど、きっと貴方は特別ではなくてよ」
「ほう、左様ですか。それではこの状況、さてあなたはどうしますか?私を殺すのは勝手ですが、この体の宿主を殺しかねませんよ」
「そう」
どうでも良さそうに呟くと、直後ヴィルが動いた。
金属が弾ける甲高い音が響くと、またもやカントリーらしきものが潰れた。今度は腹部だ。赤黒い、否。もはや真っ黒の内臓が飛び出した。引きちぎれ、潰れると、部屋の中をその色で染め上げた。
そうしてまた、カントリーの形が形成され__はしなかった。
内臓が潰れた音がした後、静寂へと変わった。
カントリーの形を成したもの、そして、カントリー自身。
__これらの両方が、死んだ。




