幸福と使命
――その夜。
風呂上がりの奈波は、髪をドライヤーで乾かしながら須崎の言葉を思い出していた。
(42回……あの須崎という男、何か知っているな)
おそらく、彼は善き者の刺客の可能性が高い。
今までの経験から、善き者の刺客は生きている人間を宿主にすることが多いため、須崎も身体の一部を乗っ取られたと思われる。
(私も奈波の身体を借りて半年ほどが過ぎた。この生活にも慣れたと言えば聞こえはいいが、私の精神や思考が薄れつつあるのも事実だ。それだけ、この娘の海斗に対する想いは強い。もうこのまま幸せな人生を選んでも構わないような気がする)
……しかし、奈波は鏡を見ながらブルブルと頭を振った。
(ダメだ……ダメだダメだダメだ! しっかりしろ、その甘い考えが敵の思うツボだと言うのに。私には使命があるんだ、思い出せ!)
奈波は少し乱暴にドライヤーを置くと、深く深呼吸をして心を落ち着かせる。
「明日、メモヴェルスの欠片を探しに行こう。海斗のイーテルヴィータを確定しないと、話が先へ進まなくなる」
それから一週間、奈波は学校が終わると毎日のように新宿駅に通ったが、メモヴェルスの光に触れた人間はまだ見つからない。
この様子だと、都内にある可能性は限りなく低いと思われた。
(おかしいな……まったく引っ掛からない。東京か品川駅に向かった方がいいのか?)
奈波は次の日、新幹線の発着所である東京と品川駅を探ることに決めた。
……その予想は的中し、メモヴェルスの光に触れたと思われる人物が、東海道本線の終着駅である東京駅で降りたのを確認する。
その人物はスーツを着ており、おそらく出張で東京に来たのだと考えられた。
奈波はしばらく尾行して何処から来たのかを確かめると、カフェで関西弁を話していたので、大阪や兵庫といった関西方面から来たのかもしれない。
(大阪か……かなり遠いな)
奈波は注文したコーヒーを飲み終え、カフェを出ようとした。
そしてカフェのドアに手を掛けた時、急に周囲の光景がグニャリと歪み始める。
(’な、なんだ……?)
奈波は戸惑いながらドアを開けて外へ出ると、目の前に道頓堀の巨大なグリコサインが現れ、彼女はしばらく口を開けてポカンとしてしまう。
(えっ……ここは……大阪?)
すると、背後から千里の声が聞こえたため、奈波は驚いて振り返る。
「どうしたの? 口開けて立ってるとバカみたいだよ」
「ち、千里? ここって大阪なの?」
「どういう意味よ、大阪に決まってるじゃん。ここは有名な道頓堀だけど、奈波が見たいって言ったからわざわざ来たのに」
「これって旅行か何か?」
「おいおい~、しっかりしなよ。私と愛華の三人で計画した大阪旅行じゃん。それに、大阪に行きたいって言ったの奈波なんだからね! あんた新幹線で寝てたから、まだ寝惚けてるんじゃないの?」
千里が腰に手を当てて呆れたような顔をする。
「コンビニでアイス買って来たよ~。こっちは千里が好きなチョコ味。こっちは奈波が好きなミント味」
「あっ愛華、ちょっと聞いてよ! 奈波って大阪に来たこと忘れちゃってるみたいなんだ」
「は? どういうコト? さっき新幹線で寝てたから、まだ寝惚けてるのかもね」
奈波は何処かで聞いたような会話に首を傾げるも、二人に状況を合わせるため、慌てて話題を変える。
「そ、そうなんだ! ちょっと寝惚けてるかも。ようやく旅行のことを思い出したよ」
「まったく……奈波はしっかり者だけど、時々抜けてるからオモロいんだよね~」
千里と愛華の二人は一緒に笑い出した。




