父と母
(し、知らなかった……でも、今日が休みだったこと知らないのは当然だよね。刺客に過去を書き換えられたんだし、最近の記憶がないから)
そんなことを奈波はブツブツ考えながら、海斗と一緒に新宿の表通りを歩いた。
チラッと海斗の横顔を見ると、何故か急に恥ずかしくなって押し黙ってしまう。
(う~ん、この娘の海斗に対する恋心は想像以上のようだな。本人を前にして、上手く喋ることもできないようだ。しばらく、この娘の好きにさせてみるか……私の意識が強いと可哀想だしな)
――奈波の体に入っていた『七奈美』の思念体が、光の球体となって彼女の額から抜け出し、一時的に次元の狭間へ帰還した。
「どうしたの? さっきから黙ったままだよ」
海斗にそう言われたため、奈波は少しだけ頭を振って意識をハッキリさせようとする。
「ご、ごめん。なんかボーッとしちゃって……」
「知らない男にナンパされて、怖い思いをしたからだよ。強引に連れて行かれそうになったからさ、心配して声を掛けたんだ」
「ありがとう。穂積君がいてくれて本当に助かったよ。でもさ、なんで新宿駅に来たの?」
「参考書を買いに来たんだ、大きな書店が駅前にあるから」
「へえ、そんなに勉強熱心な人だったっけ? 小学生の頃とは大違いだね」
「小学生の時と比べてもらったら困るなぁ。俺さ、母子家庭だから大学は国立を受けたいんだよ。お金のことで、あんまし親に迷惑掛けたくないし」
「……穂積君のお父さん、小さい頃に亡くなったんだよね?」
「うん。母親一人で俺と妹を育ててくれたから、経済的なことを考えるとやっぱり国立かな。……ああそうそう、いつも母さんがお世話になってます。君のお父さんは親身になって話を聞いてくれるから、いいお医者さんだって言ってた」
奈波の父親は開業医なので、地元の人間によく利用されており、穂積の母親が通っていることも知っていた。
そんな奈波も、幼い頃に母親を亡くしている。
「ちょっと自慢のお父さんなんだ。褒めてくれて嬉しいよ」
「八重野さんも、やっぱり医者を目指すの?」
「う~ん、ムリかな。医者になるのはお金も掛かるし、お父さんの負担になりそうだし、弟もいるし。私も国立にしようかな……」
……奈波がそう話すと、海斗がこんな言葉を返した。
「じゃあさ、一緒に図書館で勉強しようよ。お互いに情報を共有すれば、メリットも多そうだし」
奈波は少しだけ意外そうな顔をしたが、すぐに「うん、いいよ!」と返答する。
そしてスマホを取り出して連絡先を交換し、30分後に新宿駅の改札前で手を振って別れた。
――次元の狭間から二人の様子を見ていた七奈美の思念体は、幸せそうな奈波の顔を見て若干の戸惑いを覚える。
(……二人共、思いっ切り青春してるなぁ。私の意識が入ると、二人の仲を邪魔しそうで怖いわ)
七奈美の思念体は、どうして奈波が海斗に好意を寄せたのか記憶の糸を辿ってみる。
どうやら小学生の頃、母親が不在の時に海斗の妹が高熱を出し、その妹を背負って奈波の父親を尋ねたのがキッカケらしい。
その日は豪雨とも呼べる土砂降りの雨が降り、そんな中を海斗は妹を背負って一人で来たのだ。
本気で妹を心配する海斗の姿を見た奈波は、心の中で尊敬の念が生まれ、その想いはいつしか好意へと変わっていた。




