不安と安心
(どうなっている……っ!)
奈波はワケが分からず、小田原へ向かう電車に揺られながら頭を抱えていた。
(ホームへ降りた瞬間に景色が変わったように見えた。この世界へ来たばかりだから、安定していないのだろうか?)
だが、そんな経験は今まで一度もなく、考えられるのはメモヴェルスを探すのを阻止するため、幻異界の刺客が何かしらの力を使い、自分を熱海へ飛ばした可能性がある。
(しかし、そんなことがヤツらにできるのだろうか? もしできるとしたら、かなり面倒な話になりそうだ)
千里と愛華の二人には悪いが、海斗よりも先にメモヴェルスの欠片を手に入れないとマズイかもしれない。
そんな焦りの中、奈波は心を落ち着かせるために、しばらく目を閉じて瞑想状態に入った。
――その後、小田急線に乗り換えて代々木八幡駅で降りると、奈波は徒歩で渋谷駅を目指す。
(確か歩いている途中に、メモヴェルスの欠片が落ちているはず。どうやら代々木八幡駅で、熱海駅に飛ばされる様子はなかったみたいだ)
奈波はホッと胸を撫で下ろしたが、相手の不可解な能力がまだ分からないため、決して油断はできない。
また、歩いている時に多くの人とすれ違うも、死人のように歩いてる存在もなく、ここでも日常の光景が広がっていた。
(奇妙だったのは熱海駅へ飛ばされた時だけか……こうも普通だと、自分だけ頭がおかしくなったのか心配になりそうだ)
前に渋谷駅を目指していたのは夢で、本当は熱海に旅行へ行く途中だったのかもしれない。
二人が言うように寝惚けていたとしたら、色々と辻褄が合うような気もした。
(しっかりしろ……っ! メモヴェルスの欠片があれば、すべてが明らかになるんだ。後数分でハッキリするじゃないか)
奈波は迷う気持ちを振り払うように、駆け足でメモヴェルスの欠片が落ちている場所を目指した。
そして、ビルの路地裏に通じる道に足を踏み入れると、排水管の傍に置いてあるゴミ箱の蓋に手を掛け、その蓋を開けて中身を見た。
(あ、あった……)
ゴミ袋の上に、眩い光を放ったメモヴェルスのカードが落ちている。
奈波はそれを手に取り、旅行鞄の中へ入れた。
「これでイーテルヴィータを確定できるな。一時はどうなるかと思ったが、いらぬ心配だったようだ」
カードを手に入れて安心した奈波は、ビルの路地裏から出て表通りを歩くと、正面に渋谷駅が現れた。
渋谷のスクランブル交差点は人で溢れ、のんびり熱海へ旅行中だった自分が、少し浮いているように思える。
そんな忙しない人混みを掻き分けながら、奈波は切符を購入して改札を通った。
(さて、明日は千里と愛華にどう言い訳しようか。海斗と会うにしてもタイミングを考えなきゃならないし……まあいいか、カードを手に入れたから良しとしよう)
大切なメモヴェルスの欠片を手に入れたので、今日はこれで十分だと奈波は満足していた。
――しかし、その時である。
ホームで電車を待っていた奈波に、同じく電車を隣で待っていたタキシード姿の男が、突然こう告げたのだ。
「奈波様、残念でしたな。そのメモヴェルスの欠片、別の場所へ転送してあげましょう」




