違う光景と違う場所
奈波は頭を抱えながらベッドに座った。
「ああ~、この娘は穂積海斗への想いが強過ぎて避けてたのに。下手をすると、一緒に幸福な人生を選びそうで怖いんだよなぁ」
どうやら次元の狭間を漂っていた七奈美が、八重野奈波へ憑依したらしい。
「ここでウダウダ考えても仕方ないか……メモヴェルスの欠片を探しに行かないとね」
奈波は嫌な考えを振り払うように立ち上がり、すぐに外出用の服に着替えて部屋から出た。
階段を下りると、居間では弟の颯太がまだゲームで遊んでいる。
「ちょっと外出する、留守番を頼むぞ!」
「は、はい! 分かりました」
颯太は驚きながら振り返り、家を出る奈波に返事をした。
「なんか姉ちゃん怒ってた? 急に口調がキツクなったような気が……それにカレーはどうしたんだよ」
――そして奈波は家を出ると、メモヴェルスの欠片が落ちていると思われる渋谷を目指した。
(問題なのは本人に会った時だな。この娘の感情をコント―ロールするには、それなりの訓練が必要になるだろう。イーテルヴィータを確定するのは来月辺りにするか)
そんなことを考えながら、奈波は渋谷行きの切符を買って山手線の電車に乗る。
座席へ座った時に周囲を見ると、今までの世界とは違い、至って普通の日常光景がその場にあった。
(おかしい……周りの人間は誰かに支配されている様子もない。あのお婆さんなんか居眠りしているぞ。こんな平和な光景は本当に久しぶりだな)
奈波はしばらく窓から外を景色を眺めた。
そこには武装した兵隊もおらず、市民を監視するような警察も存在しない。
あるのは忙しそうに歩くビジネスマンの姿や、夕飯の買い物に勤しむ主婦、下校する学生たちが一緒に騒いでいる光景だった。
(幻異界の核に近付いた世界だとは思えない……もしかして私が間違えたのか?)
奈波は若干の不安を覚えたが、渋谷駅に到着するアナウンスが流れると、頭を軽く振って「大丈夫だ、私は間違っていない」と心の中で呟いた。
そして電車のドアが開き、奈波は立ち上がって駅のプラットホームへ降りる。
「奈波~、こっちこっち!」
突然、遠くから千里の声が聞こえたため、奈波は声がした方向へ視線を動かす。
見ると、千里が少し離れた場所で手招きしていた。
「どうしたの? ボーッとしちゃってさ。ホームの端っこをフラフラしてると、線路に落っこちちゃうかもよ」
千里がこちらへ駆け寄り、心配そうに奈波を見る。
「ち、千里……? どうして渋谷に来たの?」
「はあ? 何言ってるのあんた。どう見ても渋谷じゃないでしょ」
奈波は千里の言葉に驚き、慌ててホームの駅名標を見た。
――そこには『熱海駅』と書かれている。
「あ、熱海駅!?」
「そうだよ、ワケ分かんないこと言わない。久しぶりに三人で旅行に来たんだからさ~、もちっと楽しそうな顔しなよ」
「私が旅行に……嘘でしょ?」
「ちょっと~、しっかりして! さっきまで電車で寝てたから、寝惚けてるんじゃないの?」
「お待たせ~、アイスを買って来たよ」
後ろから愛華がアイスを持って現れ、二人にそれぞれ配った。
「おっ、サンキュ。ほらほら、奈波もアイスを食べてシャキッとするんだ!」
「どうかした?」
「聞いてよ愛華。奈波がさ、熱海へ来るまでの記憶が飛んじゃったみたいでウケるのよ」
「寝惚けだよ寝惚け。奈波も抜けてるとこあるからね~」
そう言うと、千里と愛華は美味しそうにアイスを頬張った。
――違う!
奈波はしばらく俯いていたが、意を決して二人に「ちょっと帰る」と伝えた。
「えっ……帰るってどういう意味?」
「ごめん! 私、東京に帰らないといけないんだ!」
奈波はそう言うと、二人を置いて東京方面へ向かう電車に飛び乗った。




