失敗した人生
海斗は後楽球陣城塞のシェルターへ戻ると、施設に備わっている武器庫を訪れた。
武器庫を管理しているオロチが出迎え、海斗は日本刀の『兼佐陀・紫電』とリボルバー『カスタムBSR』を収納台に置く。
オロチと呼ばれるその男は、このシェルターで武器開発に従事しており、何年か前に仁翔に雇われたのだと本人に聞いた。
「どうでした旦那? ぶっ飛んで最強でしたでしょ」
「ああ、申し分なかったよ」
「へへへ、そう言ってくれたら職人冥利に尽きやす」
オロチは嬉しそうに収納台を武器庫の中へ運んだ。
「お師匠はまだシェルターにいるのか?」
「さあて……あっしは武器庫に籠りっきりなんで、ボスが何してるのか分かりませんぜ」
「たまには外に出ろよ、武器の開発も大事だけどさ」
「そりゃ無理な相談だ。武器開発はあっしの生きがい、人生そのものですから」
人生そのものか……オロチの言葉に海斗は羨ましそうに微笑んだ。
そして海斗は武器庫を出ると、そのままシェルター内にある『刻殺しの間』へと向かう。
刻殺しの間には中央に台座のようなものがあり、そこへ海斗は取り出したメモヴェルスのカードを置いた。
すると目の前に何枚かのモニターが現れ、海斗は台座にあるパネルを操作すると、モニターの画面が切り替わり東京の風景が映し出される。
「おい海斗、今日は吉祥寺へ遊びに行こうぜ」
「また酒かよ……おまえは大学生なのにリーマンみたいな生活するんだな」
「陽介は出世するかもな~。今時流行んない飲み会とか好きそうだし、年上からはモテるんじゃね?」
「うるせぇぞ溝やん、俺はただ好きで酒飲んでんの! おっさんにモテるとか気持ち悪いこと言うなや」
モニターには海斗と陽介、いつも一緒にいた友人の溝口が映し出され、三人で楽しそうに談笑している。
そして夜に場面が切り替わり、三人は吉祥寺にある居酒屋へと足を運んだ。
「ここの焼き鳥、うめぇ~」
「陽介さぁ、大学を卒業したらどうすんの?」
「おまえはどうすんだよ海斗」
「俺と溝やんは東京が地元だから就職するけど、陽介は実家が福岡だろ。帰るのか地元に?」
「よく分かんね」
「いい加減だなぁ……今年から就活だよ俺とおまえも」
「う~ん、ここで彼女ができちまったし、俺も東京で働くかもな。上京組が都会で成功するってのも、ドラマのストーリーとしてはよくある話だろ」
「家族より彼女が優先か……惚気るんじゃないよ」
「まあ、東京で家庭を築いて俺の子供とおまえらのガキが一緒に遊ぶとか見ていて面白いかもな」
「おいおい、おれらの子供をガキ呼ばわりすんな」
「ははははは」
「ははははは」
幸せそうな三人の姿を見て、パネルを操作している海斗の手が止まる。
しばらくモニターを見つめていた海斗は、大学生活での様々な思い出が蘇り、頬に一筋の涙が零れ落ちた。
「おい、止めんか」
部屋の中に入って来た仁翔が、横からパネルを操作してモニターの画面を消した。
「失敗したイーテルヴィータを覗き見てはいかん。あれでもちゃんと意識は残っとるから、再び戻るよう『善き者』と『悪しき者』に過去を上書きされるぞ」
「……すいません」
海斗は服の袖で涙を拭う。
「あれを失敗したと言うのは抵抗がありますね、俺は」
「皮肉な話じゃが、失敗したイーテルヴィータは無難で幸せな人生を送る。この世の理に気付いては困るからな。おまえさんの人生と並走して多次元的に無限のイーテルヴィータが生成されているが、そのほとんどはメモヴェルスの存在に触れてすらおらん」
「……分かっています」
「いいや、おまえさんは分かってない」
仁翔は持っていた日本刀を構え、海斗の前に立った。
「おまえさんが今の能力を手に入れたのはメモヴェルスのお陰じゃと、一ヶ月前に説明したな」
「はい」
「では、その仕組みについて知っておるか?」
「いえ……そこまでは詳しく知りません」
「これはメモヴェルスの欠片であり、およそ1年前の過去を書き換える力を持っている。つまりおまえさんは1年間、この刻殺しの間で修業して強くなったというワケじゃ」
「1年間……たったそれだけの期間で今の能力を?」
「そうじゃ、だがちょっとした条件を加えておる」
仁翔は海斗に向かって日本刀を横に薙ぎ払った。
海斗は即座に反応し、後ろに飛び退いて仁翔の切り払いを避ける。
だが仁翔は手を止めず次々と攻撃を繰り出したため、海斗の服にいくつかの切り目が入り、そこから血が滲み出た。
「おまえさんの能力は日本の伝統剣術、柳生新陰流や北辰一刀流、天然理心流などを基礎としておるが、これらを応用する力はまだまだ未熟じゃ。それに持っていた日本刀を失えば、防御することができずに攻撃を受けてしまう」
「俺は剣術と銃器の知識しか得てないです」
「……ではメモヴェルスを使って過去を書き換えてみよう」
仁翔は鞘に刀を収めると、台座のパネルを操作した。
「メモヴェルスには365日、24時間、1分1秒たりとも集中力を欠かさずに武術の修業に励んだと記録する。通常の人間なら学びに10年を必要とする能力が、わずか数秒で手に入れられるんじゃ」
――身体にふわっとした感触が走り、海斗は合気道や柔術といった様々な武術を思い出す。
次の瞬間、仁翔は居合で鞘から抜刀すると、その切っ先が海斗へ届く前に腕を掴んで仁翔を投げ飛ばした。
「……上出来じゃ」
「すいませんお師匠、思い切り投げ飛ばしてしまいました」
「これでメモヴェルスの真の力が分かったじゃろう。まさに神の力というヤツじゃ。ふっ、それを頻繁に行う『善き者』や『悪しき者』が神に該当するかは分からんがな」
仁翔は「イタタタ」と言いながら、痛む腰を摩って立ち上がる。
「自分の能力を実感することは、メモヴェルスの力を利用したという事実に繋がる。まずは現実を受け入れることじゃな。事実から目を逸らせば心に隙が生まれ、奴らに付け込まれてしまう。おまえさんが246万回も失敗している理由が分かったじゃろう」
「こんな凄い力なら、俺をもっとパワーアップしてくださいよ」
「……欲を出すな欲を。いきなりとんでもないレベルでパワーアップすれば、おまえさんの人格まで狂ってしまうじゃろ。力に溺れればどうしても欲が出るからな、人間の性というものじゃ」
海斗は不服そうな顔をしたが、仁翔の言うことにも一理あると思い口を閉ざした。
「イーテルヴィータ……つまりは『人生の通り道』という意味じゃが、おまえさんはこの不可思議な世界を生きる者として確定している。辛いのはこちらも重々承知しているが、他のイーテルヴィータに思いを馳せるな。あれは『善き者』と『悪しき者』が仕組んだ紛い物の人生だと肝に銘じておけ」
「……分かりました」
海斗はそう言うと、台座に置かれていたメモヴェルスのカードを手に取り、懐のポケットに収めた。




