Rookie
「……いった!」
次の日の朝、七奈美は痛む頭を摩りながらベッドから起き上がった。
半ば朦朧とした状態でリビングへ行くと、コールダスクが画面と向き合って何かを入力している姿を確認する。
「あっ、起きたっスね」
「何をしてるんだ?」
「谷江のPCが起動したみたいなんで、ネット経由で中身を調べてます」
「そうか……すまないが私は頭が猛烈に痛いぞ」
「二日酔いでしょ。記憶がなくなるまで飲んでたらそうなりますよ。気を失った七奈美さんを、ここまで運ぶのキツかったんですから」
「私を襲ったりしてないだろうな?」
「まさか! あの後にそんなことしたらただのクズです」
「18歳の年頃だしな……信用はしてないが」
七奈美はコールダスクをからかうように少しだけ笑う。
「ミネラルウォーターを冷蔵庫に入れてありますから、良かったら飲んでください。マスターの門脇さんも心配してましたよ。こんなに飲むような娘じゃないって言ってました」
「まあ……ちょっと調子に乗ったのかもしれないな」
七奈美は痛む頭を手で押さえながら、冷蔵庫のミネラルウォーターを取り出した。
「進捗はどうだ? 谷江のPCから何が分かった?」
「谷江のPCが会社のサーバーと繋がるまで待ってる状態です。企業のサーバーは一般のネット環境から外れてるんで、外部から調べるのは難しいんですよ。だけど谷江のPCが一度でも社内サーバーへ繋がれば、インストールした常駐ソフトを経由して、芋づる式に他の社員のPCにも繋がることができます。その後は、猿渡のPCをじっくり調べる予定っスね」
「谷江のPCにウィルスを仕込んだのか?」
「まあ、そんなイメージかなと。俺に言わせれば、すべてのアプリケーションはウィルスみたいなもんです。特にクラウドベースで動くようなアプリは、個人情報が抜かれ放題と思った方がいい。ネット環境が世界に構築された時点で、プライバシーなんてものは敗北したんですよ」
「わざわざ足を運んで、カフェまで行った甲斐があったという感じか」
「でもネットを経由して、谷江のPCにウィルスを仕込むこともできましたけどね」
「ええ!? じゃあ、外出する必要なんてなかったじゃないか」
「だから、最初にデートがしたいって言ったじゃないっスか」
七奈美が呆れた表情になる。
「……余計に頭が痛くなったぞ、どうしてくれるんだ?」
「おっと、谷江のPCがサーバーに繋がりましたよ!」
コールダスクは誤魔化すようにキーボードを打ち始める。
「ああ~この社員、社内用のPCでエロ動画見まくってるな。こっちの社員は、違法ダウンロードを100回くらいしてるぞ。やっぱりアホが集まった会社って感じだな」
「今は何を調べてるんだ?」
「個別にPCの脆弱性を調べてるところです。エロサイトと接続したり、違法ダウンロードするとウィルスに感染するとか聞いたことあるでしょ? 俺の場合、最近のウィルスを100個くらい覚えてますけど、それらが感染するとPCの弱点が分かります。大抵のウィルスは起動を遅くしたりだとか、ゲームで誤作動を起こしたりだとか愉快犯的なものが多いんですけど、PCの脆弱性を突いてるのは分かるから、個別でどういう攻撃をしたら良いか判断材料になるんです」
「ふ~ん、私にはちょっと分からないな」
「分からなくていいですよ。猿渡のPCに繋がる方法を探しているだけですから」
そう言うと、コールダスクはマウスを動かして、画面上のアイコンをクリックした。
その後、しばらく無言で作業を続ける。
「……こいつのPCがリモート操作できそうだ。カメラを起動して社内の様子を撮影しておこう」
コールダスクが小声で呟いたその時、右上の壁に設置したランプがチカチカと点灯した。
「なにっ!?」
「どうした?」
「い、いや。俺のデスクトップがサイバー攻撃を受けたみたいです」
「マズイじゃないか!」
「ちょっと待ってください、今調べますから」
コールダスクは急いでセキュリティチェックを行う。
「おかしいな……? 特に問題はなさそうだけど」
「本当に大丈夫か?」
「ええまあ……警察に目を付けられてますから、絶対に安心だとは言い難いですけど」
――すると、画面上に虫のようなものがカサカサと動き回るのが映し出された。
だが、二人はその存在に気付かず会話を続けている。
やがて、その虫のようなものは画面端へと消えてしまった。
「ランプの点灯が止まったし、おそらく誤作動の可能性が高いです」
「それならいいが……」
「まあ、外部からの攻撃は慣れてるんで、何かあれば俺がちゃんと対応しますよ」
コールダスクが楽観的だったため、七奈美は安心した表情になる。
その時、コールダスクの携帯が部屋の中で鳴り響いた。
スマホの画面を見ると、どうやら相手はコルト・テックの望月らしい。
「……おう、望月さんだ」
コールダスクは通話のボタンを押して、望月の呼び出しに答える。
「望月だ。今は落ち着いて話せるかコールダスク?」
「はい、大丈夫ですよ望月さん。なんの用件ですか?」
「そうか……おまえに伝えておきたいことがあってな」
「それは?」
「我が社はマラーニャを雇い入れた。今後はおまえと仕事を折半するかもしれないため、彼女の教育係として面倒を見て欲しい」




