Tired Pick Up Line
七奈美はコールダスクが隠し持っていた日本刀を奪い取ると、鞘から引き抜いてその切っ先を彼に向けた。
「うわっ!なんだ!?」
「あの女、日本刀なんか持ってるぞ!」
「銀座も物騒になったな……おい、逃げようぜ!」
バーで飲んでいた客が、七奈美の行動に驚いて即座に店を出て行った。
店内が急に騒がしくなったため、門脇が慌ててスタッフルームから飛び出し、七奈美の行動を諫めようとする。
「どうしたんだお二人さん!? 痴話喧嘩にしちゃあタチが悪いぜ」
「私はこいつに話があるんだ。マスターは黙っててよ!」
「まずはそいつを鞘に収めろ、危なくってしょうがない。おまえさんが落ち着いたら黙ってやる」
門脇に言われ、七奈美は渋々日本刀を鞘に収めた。
「俺が……裏切り者?」
コールダスクの表情が途端に険しくなる。
「そうだ、おまえは幻異界の核にいる私や仲間たちを裏切り、20年も離れた世界へ人間として転生した。20年も離れてしまえば、幻異界の影響が著しく弱くなる。これがどういう意味か分かるか?」
「いや、分からないよ」
「おまえが望む人生を選び放題だということだ! 各次元で創造された世界へ逃げ込み、そこで善き者か悪しき者と契約を結べば、永遠に安泰した生活を送ることができる。幻異界の核で起こっている出来事を忘れるには十分なほどの、恵まれた環境が手に入るのさ!」
「俺が忘れたいくらいの出来事? 幻異界の核って……どんな場所なんですか?」
――七奈美はしばらく考え込むと、目に涙を浮かべながらこうコールダスクに言い放った。
「人間が想像し得る『地獄』のすべてがそこにある」
その言葉を聞いて、コールダスクは絶句してしまう。
だが七奈美は、そんな彼を気にせず話を続けた。
「私はイーテルヴィータが246万回も閉ざされる場面を見て来た。幸いなことに、メモヴェルスに書き込まれた私たちの記憶のほとんどはリセットされるため、精神的にダメージを負うことなく22歳からのやり直しとなるが、それでも失敗した直前の記憶だけは残ってしまう。これがどんなに屈辱的で、虚しい悔恨の連鎖か、おまえには知る由もないだろう!」
「俺にはそんな記憶すら残ってないよ」
「おまえはそうでなくとも、私には残っているんだ。恐らく、それらは善き者や悪しき者たちが仕組んだ、幻異界における理の一つなのかもしれない」
「なんのために?」
「絶対に不可能なミッションだと分からせたいからさ!」
これについては、さすがのコールダスクも反論はできない。
しかも彼はまだ18歳なのである。
幻異界の核へ辿り着くには、少なくとも残り18回の転生を繰り返す必要があり、その最終地点は生まれたばかりの「0歳」だと予想される。
0歳ともなれば、自分で自分の身を守ることは絶望的だと考えられ、3~5歳の時点でも誰かの援助なしに生き残るのは不可能だろう。
「そこまでして、俺を幻異界の核へ連れて行く理由はなんですか?」
「おまえは星を砕くほどの力を持つ者だからだ。原初の者たちに抗い、幻異界での戦況を覆すにはおまえの存在が不可欠なんだ。だから連れて行く」
しかし、そう言った七奈美の表情に陰りが走る。
「だが……さっき言った通り、おまえは私たちを裏切った。例え幻異界の核へ辿り着いたとしても、おまえが味方してくれるとは限らない。時々、自分が何をしているのか分からなくなるよ」
七奈美は力なく椅子に座り、カウンターに置かれていたカクテルを一気に飲み干した。
「あの……一言だけいいっスか?」
コールダスクは泣いている七奈美の隣に座り、真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「幻異界の核にいた頃の俺の考えはまったく分かりません。裏切ったことも覚えてないんです。でも、これだけはハッキリ言えます。今の俺は七奈美さんを絶対に裏切らない。必ず守ると約束します」
――クサい台詞だが、七奈美はコールダスクの言葉で少しだけ表情が和らいだ。
「……フッ、守られる側が生意気なことを言う。ガキが口説き文句を言っても心に響かないぞ」
「ああ~、そういうエグいこと言わない。少しは格好付けたいじゃないですか。それに、俺はもともと22歳だったっての!」
「おうおう、お二人さん。どうやら仲直りしたみてぇだな。ちっとばかり強い酒でも飲んで、ストレスを発散しておきな!」
門脇は棚からアルコール度数が高めの酒を取り出し、二人の目の前にドン! と置いた。
「……だから未成年に酒を勧めちゃダメだっての」
「カテェこと言うんじゃねぇよ。ガワは18歳でも、中身は22歳なんだろ?」
「いや、そういう問題じゃなくて」
そう言うと、コールダスクは大きな溜息を吐いた。
――そして二時間後。
コールダスクは酔い潰れた七奈美を肩に抱えて店から出て来た。
「まったくもう! バイクで帰れなくなっちゃったよ。なんでこの人、気を失うまでお酒飲んじゃうかな~」
そんな愚痴を言いながら、コールダスクはタクシーが捕まるまで道端で手を振った。




