ウルタール家の最期
「う、うわあああああ―――!」
マリーは繭の中に入れられたイシュクワを見て泣き崩れた。
こうなってはもう助からない。
すでにイシュクワには大量の原生種が体内に寄生しており、凄まじい激痛が彼女の全身に走っているはずだ。
また、目を閉じて穏やかなように見えるのは、表情の筋肉が麻痺しているからで、苦痛に耐える様子が表に出ないのが繭にされた者の特徴だと聞いた。
「どうだ、美しいだろう? イシュクワは蛹から蝶へと生まれ変わるのだ」
マリーは振り向くと、ジェノコアが不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「お、おまえ……自分の娘にこんなことして心が痛まないの?」
「何がだ? イシュクワは私の宿主となるため繭に包まれたのだ。この若く美しい体に入れば、私は精力的に活動できるようになる。ウルタール家の繁栄に貢献できるのだから、イシュクワもさぞ喜んでいるだろう」
「自分の勝手な都合で娘が犠牲になってもいいって言うのか!」
「子が親に尽くすのは当然である。親が権力者なら尚更だ。おまえたち人の子も、そのために子孫を増やしているのだろう? すべての人間は奴隷であり、権力者の都合で動く駒なのだよ」
マリーは日本刀を強く握り締め、ジェノコアに向かって正眼に構えた。
「いくら話しても無駄のようだね。やはりおまえは善き者の刺客だ。イシュクワの父親じゃないと分かった以上、もはや容赦はしない!」
「おやおや、そんなボロボロの体で何をすると言うのかね? また痛い目に遭わないと分からないか……まったく、これだから頭の悪い人間は嫌いなんだ」
――そう言うと、ジェノコアは腰にあったレイピアを鞘から引き抜き、その切っ先をマリーに向けた。
一方で、正眼に構えたまま動かないマリーは、深呼吸を繰り返している。
ゴゴゴゴゴゴ……!
すると、ジェノコアの足元でビリビリと大地が揺れるような異変が起こった。
ジェノコアは両足が縛られるような感覚になり、身動きできない状態に陥る。
「たあ―――っ!!!」
マリーは目にも留まらぬ速さで日本刀を振り下ろすと、ヴォラレウスが放つよりも巨大な衝撃波が生まれ、ジェノコアに襲い掛かった。
ジェノコアは慌てふためいたが時すでに遅く、衝撃波が彼の体を貫いて真っ二つに斬り裂いた。
「馬鹿……な……」
頭から真下に向かって一直線に裂かれたジェノコアは、鈍い音を立てて地面に崩れ落ちる。
そしてピクピクと僅かに痙攣した後、干物のように皮膚が乾いて動かなくなった。
――ジェノコアの最期を見届けたマリーは、一つ深呼吸をして日本刀を鞘に収める。
「終わった……」
マリーはそう言うと、十字架に磔にされたイシュクワに再び歩み寄った。
その時、次元の狭間にいる七奈美の声が聞こえ始める。
【すなまい、彼女の体に最後まで入ることができなかった。私がそちらにいたら、救える命もあっただろうに……】
「もういいよ七奈美さん。イシュクワは私が燃やすから」
マリーは屋敷の中へ入り、倉庫にあった松明を手にして戻って来た。
そして、十字架の足元に火をつけた松明を近付ける。
やがて十字架は燃え上がり、磔にされたイシュクワも炎に包まれ、その炎は勢いを増して彼女の全身を覆った。
(ごめんね……私には救えなかった)
このイーテルヴィータで、何度も目にした光景である。
友人や仲間と呼べる者が次々と殺され、目の前で失われて行く光景だ。
自分は人知を超えた力を手にしたが、誰かを守れた記憶がなく、決してヒーローにはなれない不甲斐なさに苛立ちを感じていた。
……そんなことを考えながら、マリーは気が抜けたように地面へ倒れてしまう。
(やっぱり限界だったか……)
マリーは仰向けになって星空を見つめた。
「あ~あ、息子の成長を見たかったなぁ。でも、私は幸せな人生を望んじゃいけないんだよね……」
その言葉を聞いても、七奈美の返事はない。
十字架の炎による暖色の明かりが星空を染める中、マリーはゆっくりと目を閉じて息を引き取った。




