命と引き換えに
「ヴォラレウス!」
マリーは倒れているヴォラレウスに駆け寄り、彼の体を抱き起こした。
「気にするな……これで良いのだ」
そう言うと、ヴォラレウスは自嘲気味に微笑む。
「……それにおまえは数日前、この力を八割は体得していたのだろう? 嘘を吐いた理由は、イシュクワの父親を殺したくないからだ。あれの悲しむ顔を見て情が湧いたのであろう」
「バレたか……」
「フッ、仮にもおまえの師匠だからな」
見ると、ヴォラレウスの腹部から大量の血が流れ出しており、こと切れるのも時間の問題だった。
「良いか、決して甘い考えを起こすな。相手がイシュクワの父親だとしても中身は別物だ。おまえの力で善き者の刺客を斬り裂くのだ」
「……分かったよ」
「さあ行け! 我は幻異界の刺客として、おまえの前で無様な死に顔を晒す訳にはいかん」
マリーはヴォラレウスのプライドを尊重し、すぐに背を向け、イシュクワの屋敷を目指して歩き出した。
……その数分後、マリーが去ったのを確認すると、彼はゆっくりと目を閉じて眠るように息絶えた。
一方で、マリーはしばらく街の中を歩いていると、巨大な原生種が建物の壁に張り付いているのを確認する。
(やっぱりだ。あいつらを倒して進むしか方法がなさそう)
だがマリーの右手が微かに震えており、日本刀を握る握力もすでに失われている様子である。
ヴォラレウスとの戦いによるダメージが堪えたようで、少しでも気を抜けば原生種に力負けする可能性があった。
……この状況では難しいと考えたのか、マリーはしばらく休むため、近くの民家に入って内側から閂を掛けた。
(ここで少し休もう。夜に行動するのは危険だけど、今戦うのは無茶だしな)
幸いなことに、この民家には専用の寝室があるようなので、マリーは夜になるまでベッドで眠りに就いた。
――そして6時間後。
マリーがパチリと目を開けると、すでに外は薄暗くなっていた。
すぐに屋敷へ向かわねばと、痛みに耐えながらベッドから身を起こして立ち上がるも、何故か足に力が入らずに床へバタリと倒れてしまう。
(嘘でしょ……これだけ寝ても全然回復してない。原初の力って、命と引き換えに手に入れるものなの?)
――さらに悪いことに、口から大量の血まで吐き出す容態である。
息遣いが荒くなる中、マリーはなんとか立ち上がって、傍に置いてあった日本刀を手にした。
(ごめんよ父ちゃん……母ちゃんは死んじゃうかもしれない)
……そしてマリーはフラフラとした様子で民家を出ると、街の建物が所々に燃えて、暖色の明かりが空を染めていた。
あの燃えている明かりの中心に、大量の原生種が潜んでいる。
なるべく戦闘は避けたいが、屋敷まで続く道は見晴らしの良い一本道なので、原生種に視認される可能性は極めて高そうである。
(あんまり戦いたくないけど、そうも言ってられないよね)
マリーは覚悟を決め、原生種との戦いを辞さない構えを選び、頼りない足取りでイシュクワの屋敷に向かって歩き出した。




