兆候
――一週間後。
ヴォラレウスは太陽の下でマリーに稽古を付けていた。
マリーも要領を得たらしく、ヴォラレウスの衝撃波を上手く捌きながら立ち回っているが、肝心の『原初の力』に本人が目覚めた様子はない。
「攻撃をいなすだけでは我に勝てぬぞ! 地脈の力を足元から感じ取れ!」
ヴォラレウスは小枝を振る速度を増し、何度もマリーの日本刀に向かって叩き付けた。
受けているマリーは力負けしたのか、ドン! という衝撃音と共に後方へと吹き飛ばされてしまう。
「イタタタ……」
「これでは真の力に目覚めぬ。上手く捌けば良いというものではないからな」
「だって1万回は攻撃を受けろって言ったじゃん」
「それは単なる例えだ。1万回で目覚める者もいれば、3千回ほどで目覚める者もいる。技の本質を掴まねば、悪戯に時間だけが過ぎてしまうぞ」
マリーは立ち上がり大きく日本刀を縦に振り払う。
だが衝撃波が出ることはなく、ヒュンヒュンと虚しい音が辺りに響くだけだった。
「ううう、悔しい……」
「昼の練習はこれくらいにしておこう。瞑想でもして、しばらく考えるのだ。おまえは武器を操る技術は達者だが、本質的な部分が疎かになっておるからな」
「本質的な部分って何よ?」
「それを考えろと言っておるのだ」
マリーは頬を膨らませ、ムカついた様子で廃城の中へと戻る。
その背中を見ていたヴォラレウスは、やれやれという感じで大きく溜息を吐いた。
……そして夜になり、マリーは廃城の最上階で床へ座って一人で瞑想に耽っていた。
すると、背後でコンコンと扉をノックする音が聞こえたため、マリーは「どうぞ」と声を掛けると、部屋の中に夕食を持ったイシュクワが入って来た。
「なんだ、イシュクワか」
「夕食、食べてないでしょ? このテーブルに置いとくね」
「そういや食べてなかったわ。ずっと瞑想してたから忘れてたよ」
「……食べるの忘れるほど集中してたの?」
「う~ん、集中してたと言うより腹の立つことが多過ぎて、それをずっと思い出してた感じかな。あの昆虫親父、本質的な部分が欠けてるとか言うんだもん」
「でもマリーって凄く強かったんだね。遠くから二人の稽古を見たけど、人間離れしてるというか……」
「ああ、それはメモヴェルスのお陰だよ」
マリーは懐からメモヴェルスのカードを取り出す。
だが、そのカードは太陽のように煌々と輝いていたため、イシュクワは思わず目を閉じてしまった。
「あっ、ゴメンゴメン。眩しかった?」
「驚いた……マリーの手元から日の光が出て来たと思ったよ」
「これをね、遠い日本と交易するポルトガルの商人から手に入れた時さ、未来の記憶を思い出したんだ。日本刀もその時に譲り受けたんだよ」
「未来の……記憶? 過去じゃなくて?」
「う~ん、ややこしくなるから説明は省くけど、つまりは以前に習った剣術を思い出したって感じ」
「へえ、なんだか不思議な話だね。お父様や妖精さんのことがあって、少し慣れたかも」
その言葉で、マリーとイシュクワは一緒に笑い出した。
「お子さんは? 今どうしてるの?」
「お父ちゃんがね、人間は二本足で立てるようになったら何処へでも行ける! とか言い出して、息子を連れて行商の旅に出たよ。とは言っても2週間くらいで帰って来るし、乳母も一緒だから心配はないと思うけどね。私は用事があってここに残ったんだ」
……イシュクワは急に表情が曇る。
「マリーは……お父様を殺すの?」
「ああ……そのことだけどね、イシュクワ」
マリーは真剣な顔になり、イシュクワと正面から向き合う。
「あなたのお父さんはもう人間じゃない。あの人には別の生き物が体内に寄生してるんだ。もう見たと思うけど」
「あの不気味な舌のことですか? あんなものがお父様の体の中に……」
「うん、そいつがお父さんをコントロールしてるの。だからイシュクワの言葉は、残念だけど彼の耳には届かないと思う」
マリーの話で、イシュクワは黙ったまま俯いてしまう。
「受け入れられないのは分かってる。でも、この国に戦争が起きるのは彼の影響によるものなの。それは間違いないんだ、だから私が止めないと」
――すると、遠くの方でボウッと炎の光が上がるのが見えた。
二人は慌てて窓から外を景色を見ると、ダイロスの街が燃えているのが分かった。




