首魁のアーティスト
【海斗……海斗っ!】
【過去の書き換えが起こったぞ、ヤツは間違いなくそこにいる】
【絶対に逃がすな、おまえの手で必ず仕留めろ!】
――遠くから不思議な声が聞こえたため、イシュクワは馬車の中で目を覚ます。
「どうしたイシュクワ?」
「……い、いえ。なんでもありません」
国家中央議場から帰り道、イシュクワはどうやら眠ってしまい、目を覚ました後も時間の感覚が掴めないでいた。
「すっかり遅くなってしまったようだ。屋敷に着いたらすぐに夕食を用意させよう」
ジェノコアにそう言われても、イシュクワは空腹をまったく感じない。
目の前に座っている男が何か不気味な生き物のように見え、その考えが纏わり付いて離れそうにないため、空腹など感じる余裕はとうに失せていた。
……そしてウルタール家の屋敷に着くと、イシュクワは足早に寝室へと向かい、すぐに動きやすい服装に着替えた。
(もうすぐ戦争が起きてしまう……逃げる準備をしておかないと)
この国が戦火に包まれても、恐らくジェノコアの傍にいれば安全だと思われるが、イシュクワにその選択肢はなかった。
場合によっては父親を捨て、またウルタール家さえも捨てなければならない。
そんな想いがイシュクワの中で芽生え始め、いつしか行動に起こさなければならないと決意した。
「イシュクワ様、夕食のご用意ができました」
執事のロイルの声が聞こえたため、イシュクワはビクリと体が反応するも冷静に言葉を返す。
「分かりました、今行きます」
イシュクワは深呼吸してドアを開けると、廊下で待っていたロイルに案内され食堂へと向かった。
見るとすでにジェノコアが着席しており、その向かいにある椅子へイシュクワも腰掛けた。
互いに沈黙する重苦しい雰囲気の中、次々と食事がテーブルの上に運ばれ、ジェノコアは満足そうに肉料理を食べ始める。
「何をしている、冷めるだろう? 美味しいから食べなさい」
料理を勧められたので、イシュクワはナイフとフォークを持って食べようとするが、手がカタカタと震えて上手く口に運べない。
その様子を見たジェノコアは、口をナプキンで拭うと突然立ち上がり、イシュクワの隣へ歩み寄った。
「何故、震えている?」
「大丈夫です……お気になさらないでください」
「この数日、色々なことがあってさぞ驚いただろう。おまえが戸惑うのも無理はない。いずれ学ぶ必要があることを、少し急いで教えたまでだ」
「……人の道に外れたようなことを学べと? 私にはお父様が、喜々としてこの国を滅ぼすようにしか思えません!」
イシュクワの言葉には怒気が込められる。
「そうだな、やがてこの国は劫火に焼かれて滅ぶ。だが戦争を通して人の子は悟るのだよ。ある者は戦地に向かう夫に涙し、妻としてより愛情が深まるだろう。ある者は英雄として称賛され、その誇りを胸に戦場で華々しく散るだろう。またある者は仲間たちとの絆に感謝し、生き残った者は後世にその活躍を伝えるだろう。そのすべての感情が、我々の糧となるのだ」
「言っている意味が……良く分かりません」
「今は理解せずとも良いが、これだけは覚えておけ。我々は人の子の運命を演出する神でありアーティストなのだ。それさえ自覚すれば、後は私をおまえの体に埋め込むだけ……」
――そう言うとジェノコアは、床にも届くような長い舌を口から出した。
見ると舌には無数の眼球が突き出ており、その視線がイシュクワに集まっている。
「キャアアアアアァァァ―――!」
凄まじい叫び声を上げたイシュクワは、そのまま気を失ってしまう。
そして次の瞬間、ジェノコアの左腕に一筋の光が走り、切られた左腕が宙を舞ってテーブルに置かれていた皿の上へ落ちた。
「イシュクワを離せ、この変態親父」
ジェノコアが背後の気配を感じ取って視線を移すと、そこにはこちらを睨んで立っているマリーの姿があった。
その右手には日本刀『兼佐陀・紫電』が握られている。




