神が見る景色
貧しい男の子は、執事の手により体の汚れを落として身綺麗にされ、イシュクワたちと一緒に外へと連れ出された。
馬車に乗り向かった先は、街中にあるウルタール家の別荘であり、行く途中ではイシュクワの隣で男の子もどんな顔をして良いか分からず、戸惑っている様子だった。
もちろん、イシュクワもこの子を連れ出した理由が分からない。
そして別荘へ着くと書斎に男の子は通され、ジェノコアは気に入っているルネサンス様式の高価な椅子を窓側に移動させた。
「この椅子はな、サン・バルテルミでの虐殺が行われた際、新教徒の一人が座っていたとされる代物だ。この後にモナルコマキ(暴君放伐論)なる権力への抵抗論が巻き起こったが、私は戒めのために時々座っているのだよ」
ジェノコアはそう言うと、男の子をその椅子に座らせた。
窓から外の景色を眺めると、表の広場で幼い子供たちがはしゃいで遊んでいる姿があり、その近くでは赤ん坊をあやしている母親の姿もあった。
「あの広場はな、ああして子供連れの親子が訪れ、憩いの場所になっている」
イシュクワも窓から外の景色を見ると、大勢の母親と子供がそれぞれ一緒に遊んだり、大人同士でお互い楽しそうに談笑していた。
……何故こんな光景を男の子に見せるのだろうか?
「いいか、良く見るのだ。あれは君が願っても手に入れられない幸せな人生だ。あの子供たちは母親の愛情のもと、何も疑うことなく穏やかな生活を送るだろう。それに比べて君はどうだ? 両親に見捨てられ、私に拾われなければ道端で冷たい骸となっていたはずだ」
――男の子の瞳から大量の涙が零れ落ち、思わず顔を伏せてしまう。
「目を逸らすなっ!」
ジェノコアは男の子の頬を指で挟み、外の景色に視線を戻すよう強引に頭を持ち上げる。
「もう一度、良く見ろ。あの子供たちにとって母親は世界のすべてなのだ。その命の輝きをしっかりと目に焼き付けるといい」
そしてジェノコアは男の子から手を離す。
「……では、ゆっくりと目を閉じなさい。次に目を開ける時、君は神が見る景色を知るだろう」
男の子はジェノコアに言われた通り、目を閉じて頭を伏せた。
「自分の手の中に、あの子供たちの運命を握っていると思いなさい。そして何を行動すべきなのか考えるのだ。答えが出た時、君は人の運命をも支配する神となる」
――その言葉で、男の子はゆっくりと目を開けて外の景色を見た。
そうだ、僕はあの子供たちの運命を握っている。
僕と同じ人生を、あの子供たちに味わせてやるんだ。
ジェノコアは男の子の気持ちを察すると、抽斗から銃を取り出して握把を握らせた。
「……やることは分かっているね?」
男の子はコクンと頷くと、銃を持って部屋から出て行った。
その様子を見ていたイシュクワは、呆然とした表情を浮かべて立ったまま硬直していた。
「どうだイシュクワ。これが違いを意識させるということだ。そして平等の名のもとに、人は言葉による批判や暴力を振るう。我々はちょっとした力を与え、彼らの背中を押すだけだ」
……その時、外でパン、パン、パンと3発の銃声が鳴った。
子供たちの悲鳴と赤ん坊の泣き声が周囲に響き渡り、その声は永遠に続くように思われた。




