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MEMOVERUS ~幻異界転生~  作者: 中島 弓夜
第五章 イシュクワ・ウルタール 19歳
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灰色人種

イシュクワは背中に寒気が走ると、「分かりました」と一言だけロイルに告げる。

人体構造の研究に没頭している父親は、人が変わったような性格になるため好きではなかった。

もちろんウルタール家の当主として、またダイロス共和国の政務に携わる父を尊敬はしている。

だが、時々得体の知れない何かが彼の中で(うごめ)いており、それをイシュクワは肌で感じ取っていた。


そして勉強部屋を出て、ロイルに言われた通り屋敷の階下にあるジェノコアの解剖室へ向かうと、扉の前で立ち止まり2、3回軽くノックした。

「お父様、イシュクワが参りました」

「ああ、扉は開いているから入りなさい」

イシュクワは扉を開けて解剖室へ入ると、診察台には皮を()がれた人間の死体が置かれており、その光景を見て思わず目を伏せた。

ジェノコアは彼女の戸惑う様子を見て溜息(ためいき)()く。

「いい加減に慣れなさい。おまえは医学を専攻しているのだろう? これくらいの死体で気分が悪くなっていたら話にならないよ」

「ごめんなさい……どうしても慣れなくて」

「まあいい。経験が人を育てると言うし、おまえも解剖を続ければなんとも思わなくなる」

そう言うと、ジェノコアは水で満たされた(かめ)の中に手を入れ、死体の血を洗い流した。

「この死体は誰ですか? 幼い少年のように見えますが……」

「これは死刑囚だ。私が手を回して牢番から買い取った」

「死刑囚? こんな幼い者がですか?」

「貴族の屋敷に忍び込んで宝石などを盗んだらしいが、使用人を殺したとして罪を重くするよう私がお願いしたのだ。若い死体を手に入れるのは骨が折れるのでな」

それを聞いてイシュクワは黙ってしまう。

自分の父親は昔から、目的のためなら手段を選ばないことが幾度とあった。

権力者特有のエゴであり、その強引とも呼べる実行力が国を支える官職にも活かされているが、イシュクワには理解の範疇(はんちゅう)を越えているように思えてならない。

「そんな顔をするな、イシュクワ。この者は貧困層に生まれ、明日を生きれるか分からない環境下に置かれている。いっそ死んでしまった方が幸せな場合もあるのだ」

「それを救うのが国の政治なのでは?」

「すべてを救うことは不可能だ。ライオンが蟻を気にしても仕方あるまい」

「……でも!」

「くどい! おまえはウルタール家の当主として自覚が足らないのだ!」


――やはり解剖に没頭する父親は別人である。

彼の残虐性(ざんぎゃくせい)が手術を通して刺激されるのかは分からないが、この部屋は禍々(まがまが)しい陰気(いんき)で満たされているような気がした。


「すまない、少し感情的になってしまった。こっちへ来て解剖した死体を見なさい」

イシュクワは苦々しい表情を浮かべながら、父親の隣まで歩み寄って診察台に置かれている死体を見た。

「皮を剥がせば人体の構造はほとんど同じだ。臓器の位置も変わらないのが分かるだろう? それなのに人間は、薄皮一枚による肌の色で互いを差別する。もともとは平等であるはずなのに」


この世は大まかに白色人種、黒色人種、黄色人種、そして『灰色人種』に分かれている。

灰色人種は政府の高官に()いている者が多く、世界を牛耳(ぎゅうじ)る人種として知られており、ウルタール家も代々、灰色の肌を持つ当主で統一されていた。


「何故、我々が権力を享受(きょうじゅ)できるようになったのか、知りたいかイシュクワ?」

「……分かりません」

「灰色人種は肌や虹彩の色素が薄く、太陽の光にも弱いとされている。また不思議なことに、光を浴びると肌が宝石のように輝き出す。他にも夜盲症(やもうしょう)が先天的に酷いため、夜に外を出歩くことさえままならない。自然界なら、昼には光る肌で獲物として狙われ易く、夜には闇への恐怖で常に怯えているような状況なのだ」

「それを聞くと、よく淘汰(とうた)しないで生き残りましたね」

「人間にはある強みがあったからな」

「……ある強みとは?」

「それは知恵だ。我々は知恵を駆使して生き残った。そして恐怖を熟知しているため、その恐怖を利用して人間の世を支配した。おまえは人が何に恐怖するか分かるか?」

……イシュクワは黙ったまま首を横に振る。

「違いだよイシュクワ。人は【他者とは違う】という意識を強く持つことで恐怖し、対立関係にまで発展する。そして【平等】という名の暴力で殴り合うのだ。人間の平等になりたいという欲求は計り知れないからな。我々ウルタール家はその心理を利用し、武器を売って巨大な利益を得たのだよ」


先代ウルタール家の裏の顔は、武器商人であることをイシュクワは耳にしている。

ジェノコアの祖父の頃には、すでに政府高官として出世しているため、武器商人としての役割は終えたかのように見えたが、実際のところは分からないのが現状である。


「イシュクワよ、おまえは少し甘やかし過ぎたのかもしれないな。ウルタール家の長女として、これから民衆とどのように関わる必要があるのか、今日は教えておきたいと思う」


ジェノコアは棚にあった松明に火を付けると、イシュクワに「一緒に来なさい」と告げ、部屋の外に出て地下牢へ向かう階段を下りた。

イシュクワも父親の後を追って地下牢へ向かうと、松明で照らされた先に、牢の中で(うずくま)って寝ている一人の男の子が見えた。

「これは……?」

「この子も貧困街で買った。もう両親や兄弟もおらず、道端に捨てられていたらしい」

男の子の周りには(はえ)がたかっており、すでに虫の息で体力も失われ、いつ死んでもおかしくなさそうな様子である。

「まさか、この子まで研究のために殺すのですか?」

「いいや違う。おまえに教えたいことがあると言っただろ」


そう言うとジェノコアは牢の鍵を開け、倒れている男の子に歩み寄ってそっと手を差し出す。

「さあ私の手を取りなさい。君を神にしてやろう」

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