殲滅者
――三日後。
ラマノフの長兄がサンガルスキー海峡まで進出しているとの情報を得たため、海斗はイビシュチ地区のホテルに身を隠していた。
(計画通りだな……この地区もやがて戦場になる)
一方で悪い噂も耳にしている。
王虎のアジトが何者かによって襲撃され、組織が壊滅状態になったという噂だ。
海斗とドゥルルにとっては無視できない話なので、噂の真相を確かめる必要があった。
「……じゃあ行って来る」
海斗は日本刀を携えホテルから出ようとすると、ドゥルルが背後で呼び止めた。
「なんだよ?」
「確かめておくが、王虎の連中を殺すなよ。どんな理由があってもだ。ヌシからは正義を行う感情の高揚が見られるからな」
「そんなもの感じ取るんじゃねぇよ。俺に正義の味方は似合わないからな」
「その言葉を信じよう。この地域が戦場になるまでの我慢だ。もし約束を違えば、代わりに善き者の殲滅をヌシに頼むことになるぞ」
「面倒クセェな、おまえが善き者を直接殺せばいいだろ。この地域をカオスにするより、よっぽど効率的だと思うがな」
「それはルール違反だ。幻異界の核に住まう善き者たちが決して許さない。我は一瞬で消されてしまうだろう」
「分かった分かった、とにかく王虎の奴らを殺さなきゃいいんだろ? アジトを調べて来るから、黙って待ってろ」
海斗はそう言うと、ドアを開けて部屋から出て行った。
……そして1時間ほど車を走らせて王虎のアジトへ向かうと、その手前で頭を潰された死体が地面に横たわっており、さらに進むと首を切られた死体がいくつか積み重なっていた。
(なんだ……こいつは?)
海斗は車を停めて周囲を見渡すと、激しい銃撃戦が行われた後なのか、建物の壁に無数の銃弾が撃ち込まれた跡が残っている。
軍隊でも来たのかと思わせるような光景だが、海斗には心当たりがあった。
(……チッ、あの汐音って野郎が来たな)
海斗は車から降りると、日本刀を鞘から引き抜いて、周囲を警戒しながらアジトの建物に入った。
そして一つ一つの部屋を調べ、ここで何が起きたのかを確認すると、予想した通り死体の山が築かれており、おそらく王虎の連中はほとんど殺されたと考えられる。
(また派手にやりやがったな。俺ら幻異界に関わる者が、ここまで現実世界を荒らすのはマズいだろ。七奈美が許しているとしたら大問題だ)
――その時、背後でカチャリと小さな音が鳴った。
即座に海斗は振り返って日本刀を正眼に構えると、ヒュッと上段から斬り落とされた軌道が見えたため、咄嗟に日本刀を真上に掲げて攻撃を防いだ。
「何をしに来た? 穂積海斗」
現れたのは汐音である。
以前とは違い、深紅に染まった仮面を被っておらず、可愛らしい顔にアンバランスとも思われる鋭い視線が海斗を捉えていた。
「おまえな、ここまで王虎の連中を殺すことはないだろ。俺ら幻異界に関わる者が、現実世界に影響を与えるのはタブーだって教わらなかったのか?」
「……1027人だ」
「は?」
「1027人だ、ここの連中が臓器売買で世界中から誘拐した子供たちの数さ。貴様はこの数字を聞いて、それでも冷静でいられるのか?」
――海斗は日本刀を鞘に収めると、軽く溜息を吐いて汐音を見る。
「俺だって憎いさ。でもな、その度に悪党を殺してたらおまえの心が先にぶっ壊れちまうぞ。人間を超えた力を手に入れた俺たちには、それなりの責任ってものが生まれんだよ。特にこの時代は悪しき者の影響が強く出てるから、慎重に行動しないと死者が芋づる式に増えちまう」
汐音の瞳からボロボロと涙が零れ落ちる。
「う、うるさいっ! 貴様だってロシア人の組織を潰しただろ!」
「まあな、言い訳はしねぇよ。だからやり過ぎないよう、おまえとこうして話しながら反省してるんだ。こいつら悪党と同じ土俵に立ったら惨めだと思うからな」
「…………」
汐音はしばらくの間黙ってしまう。
お互いに沈黙する時間が続いた後、おもむろに海斗が口を開いた。
「……俺は七奈美と会う。何処にいるのか教えてくれ」
その言葉を聞くと、汐音の表情がガラリと変わって敵意剥き出しになる。
「それは駄目だっ! 会わせるワケにはいかない」
「どうしてだ? 別に問題があるとは思えないが」
「氷魚っ!」
汐音は氷魚の名前を呼ぶと、部屋の壁を突き破ってハンマーを手にした彼が現れた。




