傍観者
汐音は仮面を取って怯えている子供に歩み寄り、優しく抱きしめた。
「相変わらずクズなビジネスやってるなここは」
海斗が軽く溜息を吐いた後に愚痴ると、「……どういう意味だ?」と汐音が訊く。
「その子供や少年たちの臓器を売るんだよ。この辺りだと中国マフィアの『王虎』の奴らに引き渡すつもりだったんだろうな。中国政府による最近の反日教育は、殺人を肯定する教育になりつつあるし、国力低下のために子供たちは恰好の餌食になる」
「……王虎」
汐音は怒りで唇を強く噛み締める。
「ラマノフはドラッグのビジネスが中心だったが、ダニールは中国人との取り引きを好んでたから、そのニーズに応えるためこうして子供たちを……」
――すると急に立ち上がった汐音は、海斗に近付いて平手で頬を思い切り引っ叩いた。
「なにしやがんだ!」
「見て見ぬフリをしている貴様だってクズの一人だろ。そんな残酷な話を平然とペラペラ喋る、下劣極まりない気質が貴様の本性だ」
「うるせぇな。こいつら兄弟に逆らうと命が危ないんだよ。それがこの界隈の世渡りってもんだろ」
「腐っている者に何を話しても通じないか。一生、その腐臭を吐き出しながら生き続けるといい。さっさとこの部屋から出て行け!」
汐音は剣を海斗に向けて、部屋から出て行くように脅す。
「……ケッ、どんな奴でも事情ってものがあるだろ。弱肉強食って言葉を知らないのかよ」
「それを打開するのが人間の責務だ。創造主のクセにそんなことも分からない貴様は、人間よりも遥かに劣る存在だと断言できるな」
海斗は不満そうに床へ唾を吐くと、言われた通り、汐音に背を向けて部屋を去った。
(……創造主の自覚なんて元からねぇよ、アホども。それに俺は人間なんだよ)
そう心の中でブツブツ呟きながら、海斗はアジトの建物から出ると、そこにはドゥルルが電柱の上で胡坐をかいて座っているのが見えた。
「おまえ……何をしてるんだ?」
「ヌシを監視する意味でここへ来た。あまり死体の山を築かれても困るのでな」
「それは残念だ。俺じゃなく先客が死体の山を築いたぜ、芸術的なほどにな」
……ドゥルルは「ううむ」と唸り、腕を組んで考え込んでしまう。
「なんでそんなに困るんだよ。別に悪党がいくら死んでも構わないだろ?」
「分かっていると思うが、我らは人間の恨み、妬み、殺意といったネガティブな感情を糧としている。原生種は人間を直接喰らう時もあるが、悪意ある人間が吐き出す息や体臭でも養分となるのだ。生かさず殺さずで頼む」
「そんな器用なことができるか。あいつら殺す気マンマンなんだぜ」
「……ヌシとの計画を今一度確認しておきたい。ちゃんと理解しているのか?」
「ああ、まずはダニールとラマノフの長兄を怒らせて、ロシア祖国から引っ張り出す。兵隊が集まったところで、中国マフィアの奴らと仲違いさせるって筋書きだろ?」
「それまでは必要以上に殺すなよ。個人的な恨みがあってもだ」
「もうダニールもラマノフも死んだんだ、この地域に恨みを持つ人間なんていねぇよ。さあ行くぞ、おまえを殺そうとする奴が建物の中にいる。俺でも彼女の攻撃を防げるか分からないからな」
そう忠告すると、ドゥルルは幻異界と繋がって瞬時に姿を消し、残された海斗は足早にアジトを後にした。




