扇情者
――1週間後。
イビシュチ地区より南西にある旧中央区の一角に、ラマノフの兄弟であるダニール・ラマノフのアジトがあり、そこではラマノフが死亡した件で騒がしくなっていた。
「イビシュチから逃げて来た野郎は、1人の日本人にやられたって話をしてたが、それは本当だろうな?」
ダニールが自分の部下に問う。
「は、はあ。逃げて来た奴はかなり取り乱してましたし、本当かどうか部下に探らせてますが、そいつらもラマノフのアジトから帰って来ない状況でして……」
「なんだと!? それを早く言え! かなり深刻な状況じゃねぇか!」
「確かなのは、あっちと連絡がまったく取れないのは事実です。ラマノフ陣営が全滅した可能性は高いかと」
「くそっ! おい、この間の取り引きで中国マフィアの『王虎』と同盟を組んだろ」
「……と言うと?」
「あいつらに10人ほどの人員をこっちに回して貰う。こっちも10人用意して向こうのアジトを占拠する」
「王虎の奴らが素直に応じてくれますかね?」
「相手は1人の日本人という話だから、10人もいれば余裕で勝てると思うだろ。あの連中は前から俺たちが売買するドラッグを欲しがっていたからな。そいつを少しだけ分けてやれば喜んで引き受けるはずだ」
「分かりやした。それじゃあすぐにでも連絡して、ラマノフのアジトへ向かわせます」
――その頃。
ラマノフのアジトでは、海斗とドゥルルが今後のことで話し合っていた。
「今の日本は関東圏をロシア、関西圏を中国がほぼ支配下に置いている。それら一部の地域に日本の政府が介入し、二つの国に度々ちょっかいを出している状況だ。また、この混乱に乗じて他国の移民が次々と入国している。我ら悪しき者にとって、これほど理想的な国は他にない」
「……それで? 俺にやらせたいことはなんだ?」
「もはや日本人は影響力を失い、噛ませ犬のような立場に成り下がったのだ。ヌシはその代表として、更なる混乱をこの日本に齎してくれ。ロシアと中国はお互いに政治思想が似通ってはいるが、常に腹の探り合いをしており、少しでも関係にヒビが入れば相争う間柄よ。その背中を押すのはヌシだ、海斗よ」
「そんな背中を押せるような力を持てるのかね、俺は?」
「持てる。そのためのサポートをするのが我々の役目」
ドゥルルが話す横で海斗は、手の平サイズの蛸のような生き物と遊んでいた。
「こいつら原生種を可愛いと思うようになったわ。二日前、このアジトに探りを入れたダニールの部下を餌にしてやった」
「後でその原生種を喰わせてくれ」
「嫌だよ。おまえは生で喰うから困る」
海斗はパンパンと手の埃を払い落とすと、デスクの上に置いてあったリンゴを手に取って齧る。
「移民ってのは、どうしてああも平和になりたいって思考が欠けてるのかね。俺が言える立場じゃないが」
「そのお陰で、この日本はネガティブな感情で満たされるようになったがな。ヌシのような者にこそ相応しい場所だ」
「まあな、その点は否定しねぇよ。 で? これからどうす……」
――その時、会議室に侵入者の警報がけたたましく鳴り響いた。




