表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MEMOVERUS ~幻異界転生~  作者: 中島 弓弥
第一章 穂積海斗 22歳
3/120

現実を受け入れろ

「えっ……き、貴様? それって俺のこと?」

「貴様以外に誰がここにいる。外で見た出来事なら理解している、私の前で冷静さを装っても無駄だ」

「あ、あんたはこの異常な状況を説明できるのか?」

「詳しく事情を話せるほど時間はない。要点だけ話すからよく聞いておけ」


その女性は胸ポケットからカードを一枚取り出し、テーブルの上に置いた。

服装を見るとレディース・スーツで身を固め、都内のオフィスで働いているような、落ち着きのある大人の雰囲気を漂わせている。

……それにもの凄い美人だ、視線を合わせるだけで海斗は挙動不審(きょどうふしん)になってしまう。


「246万5462回だ」


女性は唐突に数字を述べた。


「……は? に、240万……?」

「246万5462回だ。それだけの数、貴様は転生を繰り返して失敗している」


――何を言っているのかサッパリ分からない。

どうやらこの女性もまともではないようで、海斗は泣きそうになった。


「転生って……今の俺は誰かの生まれ変わりってワケ? 急にそんなこと言われても」

「今回は目覚めた時点で異変が起きるパターンらしい。話が早くてこちらは助かるがな」

「待て待て待て、目覚めた時点てどゆこと? 俺は今日生まれ変わったって意味なの?」

「そうなるな」


海斗は呆れたかのように大声で笑い出した。


「……何が可笑(おか)しい」

「だってさぁ、俺は昨日までちゃんと大学に通ってたんだよ。さすがにその話は無理があり過ぎで、騙すならもう少し上手くやりなよ。これって宗教か怪しいビジネスの勧誘ですか?」

「なら貴様は1年前のこの時間、自分が何をしていたのか説明できるか?」

「は? い、1年前なんて覚えてるワケないだろ」

「では20年前ならどうだ?」

「それって俺が2才だろ! 余計に覚えてねぇよ!」

「じゃあ1分前だって詳しく説明できないさ。何故なら過去なんて人間が(つく)り出した記憶の集合体だからな」


馬鹿にしてるのかと海斗は内心で(いきどお)ったが、女性は大真面目な様子で続きを語り出した。


「貴様たち人の子は()()()()()()()()()だと思い込んでいる。それが奴らの罠だとも知らずにな。だが奴らからすれば()()()()()()()()()()()であり、過去を支配することで未来をいくらでも書き換えられるのさ」


海斗の目がますます丸くなり、内容の半分も理解できないでいた。

……だが女性の話は続く。


「私たちは奴らを『善き者』と『悪しき者』と呼んでいる。ただし人の子が考えるような単純な善悪ではなく、あくまで利害で動く存在だから、こちらの理屈はまったく通じない相手だよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。さっきから話の内容がファンタジー過ぎて、さすがに受け入れられない。悪いけど俺は出て行く」


――ドォォォン、ドンドンドン!


すると、店のドア付近で何かがぶつかるような大きな音が聞こえた。

海斗は立ち止まり、その場で固まってしまう。


「……ありゃなんだ?」

「結界を破ろうとしてるんだよ。後10分くらいしか持たないかもな」

「熊か牛が体当たりするような音だったぞ」

「貴様は人間が寄生された姿しか見てないだろ。あれは宇宙の原生種(げんせいしゅ)が直接巨大化したものだから、外に出れば一瞬で捕獲(ほかく)されるな」

「嘘だろ……閉じ込められたってことか?」

「いや、この店にあるトイレの換気窓から逃げられる」

「じ、じゃあ逃げようぜ!」

「……まだ私の話が終わってないよ」


女性はテーブルの上に置いたカードを海斗の前に差し出す。


「時間がない。この現実を受け入れるか(いな)かを決めろ。受け入れれば貴様の使命を話してやろう」

「使命って……?」


――その時、背後でバキバキバキッと大きな音が鳴った。


「入って来るぞ……どうする? あれと戦っても良いが、貴様では大量の原生種に寄生され自我を失って終わりだ。数十年は意識が曖昧(あいまい)なまま死人のように彷徨(さまよ)い、苦しみながら死ぬことになるぞ」

「分かった分かったよ! 受け入れるから使命とやらを教えてくれ!」

「ではこのカードを受け取れ」


海斗はカードを手に取ると、書いてある内容に目を通した。

だが複雑な文字が大量に描かれており、何が書いてあるのかサッパリ分からない。


「それは『メモヴェルス』の一部だ。貴様の手に渡ったことが知られれば、善き者も悪しき者も一時は混乱状態に(おちい)る。これで貴様のイーテルヴィータは確定した」


相変わらず何を言っているのか分からないが、このカードに不思議な力があることは理解できた。

海斗はカードをバッグに入れると、女性の指示を待った。


「では行こう。まずはここから逃げるよ!」


女性はそう言うと、店にある男性用のトイレに海斗を案内した。


「ここ……男性用だけど?」

「細かいこと言わない」


女性は換気窓を開けると、器用に体を入れて外へ出た。

海斗も慌てながらそれに続く。


「それじゃ文京区を目指すよ。貴様に会って欲しい人がいる」

「……あのさ、あんたの名前を教えてくれよ」

「名前か? う~ん、あまりこの世界では意味を成さないが、それでも良ければこの娘の名前で統一して『斎条七奈美(さいじょうななみ)』にしておこう」


……意味を成さない? 統一?

七奈美の言葉は不可解なものばかりで、理解するにはかなりの時間を必要としそうだ。


「異変が起こってるのはこの地域だけなのか?」

「いや、おそらく世界中で起こっているはずだ。貴様が思い描く普通の暮らしとやらは二度と訪れないだろうな。今後は生きるか死ぬかだけのシンプルな生き方になる」

「冗談キツいよ……」


海斗はガックリと肩を落とすと、視線の先に七奈美の手を見た。

何故が赤い湯気のようなものが七奈美の指先から発せられ、本人は気付いていない様子だった。


「七奈美さん……それは何? 湯気のようなもんが指先から立ってるけど」


七奈美は海斗の言葉で慌てて自分の手を確認する。


「これは……しまった! ()()()されたっ!」


手を振っても赤い湯気は消えず、その勢いはますます強くなる一方だった。


「だ、大丈夫か? これって血液が沸騰してるのか? それに上書きってどういう意味だよ?」

「……もうこの娘の身体は駄目だ。どうやら善き者たちが過去を上書きしたらしい。貴様だけでも文京区へ行け!」

「そ、そんな……ここ練馬だぜ。交通機関が死んでるから2時間くらいは歩くだろ。こんな危険地帯を一人で進むなんて無理ゲーにもほどがあるぞ」

「私の身体はもうすぐ蒸発して消えてなくなるんだよ! つべこべ言わずに文京区を目指せ、ぶっ飛ばされたいのか!」


海斗は七奈美の迫力に押され渋々頷(しぶしぶうなず)いた。


「それでいい。ここは私が食い止めるから、すぐに立ち去りなさい」

「いやいやいや、放っておけるかよ」

「貴様じゃ私を()()救えない。……安心しろ、死ぬワケではないからまた会える。ただ今の姿ではないだろうけどな」

「どゆこと?」

「いいから行けっ!」


海斗は戸惑いながらも七奈美の指示に従い、一人で文京区へと向かった。


(この娘には悪いことをしたな……許せよ)


七奈美は海斗の姿が消えたのを確認すると、蒸発して失われている自分の右腕を見た。

そして赤い湯気は七奈美の全体を(おお)い隠し、やがてその場からすべてが消え去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ