この世のはじまり
――海斗は心の中で「何言ってんだこのジジイ?」と呟いた。
「……おまえさん、何言ってんだこのジジイと思ったじゃろ」
「い、いえ。そ、そんなこと思ってないでしゅよ」
海斗は心の内を仁翔に見透かされ、しどろもどろの状態になる。
「分かりやすい男じゃな。まあそう思うのも当然ではあるが」
「あ、あの物語って主人公がサタンとかルシファーでしょ。それともアダムとイヴのどちらかですか?」
「サタンがおまえさんだ」
「ひどいな! 俺が悪魔の親玉ってことなの? そんな悪い性格じゃないですよ」
「この世は単純な善悪で判断できるようになっておらん。悪魔の親玉だと思い込まされたのじゃ、神話の物語を通してな。神や悪魔などは人の子の創造の産物であるが故に、真実を言葉で表すにはどうしても限界があるからの」
「俺たちが戦う『善き者』や『悪しき者』は神や悪魔じゃないんですか?」
「前にも言ったがそれは違うぞ。奴らを神や悪魔として扱えば必ず人間側に混乱が生じる。何故なら神や悪魔は人間の世界に深く浸透した概念だからじゃ。だから儂らは『善き者』、『悪しき者』と呼んでおる」
「それとどうして俺は過去に戻る必要があるんですか? 恐らく20年前に存在する、幻異界の核に行けという意味なんでしょうけど」
「幻異界の核は原初の地点じゃ。あそこから世界の創造が始まったと言っていい」
「……言っていることが……よく分かりません」
「この世は生まれてから20年しか経過していないという意味じゃよ。つまり、おまえさんが人間として誕生した瞬間が、人の子が住まう現実世界のスタートラインとなる」
海斗の頭はますます混乱し、仁翔の言っていることがまったく理解できなくなる。
「あの……さすがにそれは……いくらなんでも受け入れられません。だって日本には2千年以上の歴史があるでしょ。その時間はどうなるんですか?」
「おまえさんは織田信長に会ったことはあるか?」
「ないですよ! あるワケないでしょ!」
「じゃあイエス・キリストならどうじゃ? 存在を証明できるか?」
「余計に無理です!」
海斗は次第に苛立ち、眉間に皺が寄った。
そんな不機嫌そうな海斗を横目に、仁翔はさらに質問を投げ掛ける。
「では…… 儂が15分前に何をしていたか説明できるか?」
15分前に海斗はエレベーターに乗っていたため、当然ながら仁翔が何をしていたか知る由もなかった。
「分かりませんよ、その時はエレベーターに乗ってたんで」
「そうじゃろ、過去なんてものは記憶の集合体だからな。実際に目で見ないと記憶は確定されないし、壁一枚隔てれば向こう側で何が起こっているのかも分からない。2千年だろうが20年だろうが根底は同じ。記憶が曖昧だと、人間は1分前の状況でさえ正しく説明できない生き物なんじゃ」
……似たような話を七奈美にも聞かされたことがある。
「過去」とは記憶の集合体であり、確定されたものではないのだと。
その過去を支配する善き者と悪しき者とは、一体どんな存在なのだろうか?
「あの……それと俺がサタンであることにどんな関係が?」
「おまえさんはもともと善き者と悪しき者の一員じゃった。そして思想が合わずに反乱を起こした、自分の創造したものが奴らに利用されると分かってな」
「創造したものって……?」
「人の子……つまり人間じゃよ」
海斗は言葉を失い、しばらく黙ってしまった。
――俺が人間を……?
あまりに飛躍した話なので、海斗はその後どう質問して良いか分からないでいた。
仁翔も煙草をふかしながら海斗の様子を伺っている。
……だがその時、遠くで壁が壊れるような爆発音が施設内に鳴り響いた。
「なんじゃ!?」
「何処かの壁が壊されたみたいですね」
「ボス! 旦那! 大変です、軍がシェルターの壁を壊しました。それに原生種が配管を伝って大量に向かって来やす!」
オロチが大声でこちらに報告すると、抱えていた銃を何丁か海斗に投げ渡した。




